[インデックス 18862] ファイルの概要
このコミットで変更されたファイルは src/pkg/debug/macho/file.go
です。このファイルはGo言語の標準ライブラリの一部であり、macOS(旧OS X)やiOSなどで使用されるMach-O実行可能ファイル形式のデバッグ情報を扱うためのパッケージ debug/macho
に属しています。
コミット
commit 4c6d2d6aa8aff8876a511882dd2a1facf4965667
Author: Keith Randall <khr@golang.org>
Date: Thu Mar 13 14:04:29 2014 -0700
debug/macho: handle missing __debug_str section
debug/elf does the same thing, use []byte{} for
any missing sections.
Fixes #7510
LGTM=rsc
R=golang-codereviews, iant
CC=golang-codereviews, rsc
https://golang.org/cl/75230043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/4c6d2d6aa8aff8876a511882dd2a1facf4965667
元コミット内容
debug/macho: handle missing __debug_str section
このコミットは、debug/macho
パッケージにおいて、__debug_str
セクションが欠落しているMach-Oファイルを適切に処理するように変更を加えるものです。debug/elf
パッケージが同様の状況で欠落しているセクションに対して空のバイトスライス ([]byte{}
) を使用しているのと同様のアプローチを採用しています。これにより、Issue #7510 が修正されます。
変更の背景
この変更の背景には、Mach-O形式の実行可能ファイルが必ずしもすべてのデバッグセクション(特に __debug_str
)を持っているとは限らないという現実があります。以前の実装では、__debug_str
セクションが見つからない場合にエラーを返していました。しかし、これはデバッグ情報の解析において不必要な厳格さであり、セクションが欠落している場合でも、他のデバッグ情報(例えば、__debug_info
や __debug_abbrev
など)が有効であれば、それらを処理し続けるべきです。
コミットメッセージにある「debug/elf
does the same thing」という記述は、ELF形式(Linuxなどで使用される実行可能ファイル形式)を扱う debug/elf
パッケージが既に同様の柔軟な挙動を示していることを示唆しています。つまり、欠落したデバッグセクションに対してエラーを返すのではなく、空のデータとして扱い、処理を続行するというパターンが、Goのデバッグパッケージにおける望ましい挙動として確立されていたと考えられます。
この変更は、特定のデバッグセクションの欠落によってデバッグ情報の読み込み全体が失敗するのを防ぎ、より堅牢なデバッグ情報解析を可能にすることを目的としています。
前提知識の解説
Mach-O (Mach Object)
Mach-Oは、macOS、iOS、watchOS、tvOSなどのApple製オペレーティングシステムで使用される実行可能ファイル、オブジェクトコード、共有ライブラリ、ダイナミックロード可能バンドル、およびコアダンプのファイル形式です。Mach-Oファイルは、ヘッダ、ロードコマンド、およびセグメント(セクションを含む)で構成されます。デバッグ情報は通常、特定のセクションに格納されます。
DWARF (Debugging With Attributed Record Formats)
DWARFは、ソースレベルデバッガがプログラムの実行可能コードをデバッグするために必要な情報をエンコードするための標準的なデバッグファイル形式です。これは、変数名、型情報、関数名、ソースコードの行番号と実行可能コードのアドレスのマッピングなど、デバッグに必要な多くの情報を提供します。DWARF情報は、通常、実行可能ファイル内の特定のデバッグセクションに格納されます。
デバッグセクション
実行可能ファイルには、プログラムの実行に必要なコードやデータだけでなく、デバッグを支援するための追加情報が格納されるセクションが含まれることがあります。DWARFデバッグ情報の場合、以下のようなセクションが一般的です(Mach-Oでは通常 __debug_
プレフィックスが付きます):
__debug_info
: デバッグ情報エントリ (DIEs) を格納し、プログラムの構造(変数、関数、型など)を記述します。__debug_abbrev
:__debug_info
セクション内のDIEsの共通属性を省略するための略語テーブルを格納します。__debug_str
: 文字列定数を格納します。これには、変数名、型名、ファイル名などが含まれます。このセクションは、__debug_info
セクションから参照されます。__debug_line
: ソースコードの行番号と実行可能コードのアドレスのマッピングを格納します。
__debug_str
セクションの役割
__debug_str
セクションは、DWARFデバッグ情報内で使用される文字列(例えば、変数名、関数名、ファイルパスなど)を効率的に格納するために存在します。これらの文字列は、__debug_info
セクション内のデバッグ情報エントリからオフセットによって参照されます。このセクションが欠落している場合、デバッガは文字列情報を解決できず、デバッグ体験に影響を与える可能性があります。
debug/elf
パッケージ
Go言語の標準ライブラリには、ELF形式の実行可能ファイルを解析するための debug/elf
パッケージが存在します。このパッケージは、ELFファイルからセクション、シンボルテーブル、デバッグ情報などを読み取る機能を提供します。コミットメッセージで debug/elf
が参照されているのは、デバッグセクションの欠落に対する処理方法のベストプラクティスとして、その挙動が参考にされたためです。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、debug/macho
パッケージが DWARF()
メソッド内でデバッグセクションを検索し、読み込む際の挙動の変更にあります。
以前の実装では、DWARF()
メソッドが __debug_str
のような特定のデバッグセクションを検索し、そのセクションが見つからない場合 (s == nil
) には、errors.New("missing Mach-O section " + name)
というエラーを即座に返していました。これは、デバッグ情報の読み込み処理全体を中断させる挙動でした。
この変更により、__debug_str
セクションが見つからない場合でも、エラーを返す代わりに continue
ステートメントが実行されるようになりました。これにより、ループの次のイテレーションに進み、他のデバッグセクションの処理を続行します。つまり、__debug_str
セクションが欠落していても、__debug_info
や __debug_abbrev
といった他の重要なデバッグセクションが存在すれば、それらの情報を引き続き解析できるようになります。
このアプローチは、debug/elf
パッケージが欠落しているセクションに対して空のバイトスライス ([]byte{}
) を使用するのと概念的に似ています。セクションが存在しない場合でも、処理を続行し、そのセクションからのデータが必要な場合には空のデータとして扱うことで、より堅牢なデバッグ情報解析を実現します。
また、この変更に伴い、errors
パッケージのインポートが不要になったため、その行が削除されています。これは、コードのクリーンアップと、実際に使用されていない依存関係の削除を意味します。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/pkg/debug/macho/file.go
ファイルの DWARF()
メソッド内で行われています。
--- a/src/pkg/debug/macho/file.go
+++ b/src/pkg/debug/macho/file.go
@@ -11,7 +11,6 @@ import (
"bytes"
"debug/dwarf"
"encoding/binary"
- "errors"
"fmt"
"io"
"os"
@@ -481,7 +480,7 @@ func (f *File) DWARF() (*dwarf.Data, error) {
name = "__debug_" + name
s := f.Section(name)
if s == nil {
- return nil, errors.New("missing Mach-O section " + name)
+ continue
}
b, err := s.Data()
if err != nil && uint64(len(b)) < s.Size {
コアとなるコードの解説
変更前
if s == nil {
return nil, errors.New("missing Mach-O section " + name)
}
このコードは、f.Section(name)
が nil
を返した場合、つまり指定されたデバッグセクション(例: __debug_str
)がMach-Oファイル内に見つからなかった場合に実行されます。以前は、この条件が真になると、errors.New
を使って新しいエラーオブジェクトを作成し、それを返していました。これにより、DWARF()
メソッドの実行が即座に終了し、デバッグ情報の読み込み処理全体が中断されていました。
変更後
if s == nil {
continue
}
変更後、セクションが見つからない場合 (s == nil
) には、continue
ステートメントが実行されます。continue
は、現在のループの残りの部分をスキップし、次のイテレーションに進むGoの制御フローキーワードです。これにより、__debug_str
セクションが欠落していても、DWARF()
メソッドはエラーを返さずに処理を続行し、他のデバッグセクション(__debug_info
など)の検索と読み込みを試みます。
errors
パッケージの削除
- "errors"
errors.New
の呼び出しが削除されたため、errors
パッケージのインポートも不要になりました。これは、コードベースの依存関係を減らし、クリーンさを保つための良いプラクティスです。
この変更は、Mach-Oファイルがすべてのデバッグセクションを常に含むとは限らないという現実に対応し、デバッグ情報解析の堅牢性を向上させます。特定のセクションが欠落していても、利用可能な他のデバッグ情報から可能な限り多くの情報を抽出できるようになります。
関連リンク
- Go CL (Code Review) リンク: https://golang.org/cl/75230043
参考にした情報源リンク
- Go issue #7510: このコミットメッセージで参照されている
Fixes #7510
について、現在のGoの公式GitHubリポジトリでは該当するIssueが見つかりませんでした。これは、コミットが2014年に行われたものであり、当時のIssueトラッキングシステムやIssue番号の採番方法が現在とは異なっていた可能性を示唆しています。あるいは、内部的なIssue番号である可能性も考えられます。