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[インデックス 18889] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラ(cmd/gc)における自己参照型配列のエラーチェックに関する修正を扱っています。具体的には、構造体内の配列の長さが、その構造体自身またはそのフィールドを参照している場合に、コンパイラが適切にエラーを検出して報告するように改善されたことを示しています。このコミット自体は、修正されたコンパイラの動作を検証するための新しいテストファイル test/fixedbugs/issue7525.go の追加が主な内容となっています。

コミット

  • コミットハッシュ: 8a511cccb59d1004122004253fca79d1000a7eb7
  • Author: Chris Manghane cmang@golang.org
  • Date: Mon Mar 17 20:26:19 2014 -0700
  • 変更ファイル: test/fixedbugs/issue7525.go (19行追加)

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/8a511cccb59d1004122004253fca79d1000a7eb7

元コミット内容

cmd/gc: fix error check for self-referential array type.

LGTM=gri, iant
R=gri, iant
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/75920044

変更の背景

Go言語において、配列の長さはコンパイル時に決定される定数式である必要があります。しかし、構造体内で配列の長さを定義する際に、その構造体自身やそのフィールドを参照するような式(自己参照型)を使用すると、コンパイラが配列の長さを決定する際に循環参照が発生し、無限ループに陥ったり、誤った型チェックが行われたりする可能性がありました。

このコミットは、このような自己参照型の配列定義に対するコンパイラのエラーチェックが不十分であった問題を修正することを目的としています。具体的には、unsafe.Sizeofunsafe.Offsetofunsafe.Alignoflencapといった関数が、定義中の構造体のフィールドを参照している場合に、コンパイラがこれを循環参照として検出し、適切なエラーメッセージを報告するように改善されました。これにより、コンパイラの堅牢性が向上し、開発者が意図しない、または不正な型定義を早期に発見できるようになります。

前提知識の解説

Goの型システムと構造体

Go言語は静的型付け言語であり、変数は使用前に型が宣言されます。構造体(struct)は、異なる型のフィールドをまとめることができる複合型です。

type MyStruct struct {
    Field1 int
    Field2 string
}

配列型と配列の長さの定義

Goの配列は、同じ型の要素を固定長で格納するデータ構造です。配列の長さは型の一部であり、コンパイル時に決定される定数式である必要があります。

var a [10]int // 長さ10のint型配列
var b [len("hello")]byte // 長さ5のbyte型配列

unsafeパッケージ (Sizeof, Offsetof, Alignof) の役割と使用上の注意点

unsafeパッケージは、Goの型システムを迂回してメモリを直接操作するための機能を提供します。これらの関数は、コンパイル時に評価される定数式として使用されることがあります。

  • unsafe.Sizeof(x): xが占めるメモリのバイト数を返します。
  • unsafe.Offsetof(x.f): 構造体xのフィールドfが、構造体の先頭からどれだけオフセットしているか(バイト単位)を返します。
  • unsafe.Alignof(x): xのメモリ配置におけるアライメント要件(バイト単位)を返します。

これらの関数は強力ですが、Goの型安全性を損なう可能性があるため、慎重に使用する必要があります。特に、コンパイル時の定数として評価されるため、その引数に循環参照が含まれると、コンパイラが無限ループに陥る可能性があります。

lencap組み込み関数の基本的な動作

  • len(v): vの長さ(要素数)を返します。配列、スライス、マップ、チャネル、文字列に対して使用できます。
  • cap(v): vの容量を返します。スライス、チャネルに対して使用できます。

配列に対してlenを使用すると、その配列の固定長が返されます。

コンパイラの型チェックプロセスにおける循環参照の問題

コンパイラは、プログラムの型が正しく定義されているかを検証する「型チェック」というプロセスを実行します。このプロセスでは、各型の定義を解析し、その依存関係を解決していきます。もし、ある型の定義が、その型自身またはまだ完全に定義されていない別の型に依存している場合(循環参照)、コンパイラは無限ループに陥ったり、型を正しく解決できなくなったりする可能性があります。このような状況を避けるため、コンパイラは循環参照を検出し、エラーとして報告する必要があります。

技術的詳細

Goコンパイラ(cmd/gc)は、ソースコードを解析し、抽象構文木(AST)を構築した後、型チェックのフェーズに入ります。このフェーズでは、各識別子(変数、関数、型など)の型を決定し、型の一貫性を検証します。配列の長さはコンパイル時定数である必要があるため、コンパイラは配列型を処理する際に、その長さの式を評価します。

自己参照型の配列、例えば type S struct { A [unsafe.Sizeof(S.B)]int } のような定義は、コンパイラにとって大きな課題となります。unsafe.Sizeof(S.B) を評価するためには、まず S の型が完全に定義されている必要があります。しかし、S の型は A フィールドの定義に依存しており、その A フィールドの定義は S.B のサイズに依存しているため、循環参照が発生します。

このコミット以前のコンパイラは、このような特定の自己参照パターンを適切に検出できず、無限ループに陥ったり、誤った型を推論したりする可能性がありました。修正後のコンパイラは、型チェックの際に依存関係グラフを構築し、循環参照を検出するロジックが強化されたと考えられます。これにより、unsafe.Sizeofunsafe.Offsetofunsafe.Alignoflencapといった関数が、定義中の構造体のフィールドを参照している場合に、コンパイラが「型チェックループ」や「無効な式」といったエラーを正確に報告できるようになりました。

この修正は、コンパイラの堅牢性と正確性を高め、Go言語の型システムにおける潜在的な脆弱性を取り除きます。

コアとなるコードの変更箇所

このコミット自体は、Goコンパイラ(cmd/gc)の内部ロジックの変更を直接示していません。代わりに、コンパイラの修正後の動作を検証するための新しいテストファイル test/fixedbugs/issue7525.go を追加しています。

このテストファイルは、様々な自己参照型の配列定義を意図的に記述し、それぞれがコンパイラによってエラーとして検出されることを期待しています。これは、コンパイラがこれらの不正なパターンを正しく識別し、適切なエラーメッセージを出力できるようになったことを示唆しています。

コアとなるコードの解説

test/fixedbugs/issue7525.go ファイルは、Goコンパイラが自己参照型の配列定義をどのように扱うべきかをテストするために作成されました。

// errorcheck

// Copyright 2014 The Go Authors. All rights reserved.
// Use of this source code is governed by a BSD-style
// license that can be found in the LICENSE file.

// Issue 7525: self-referential array types.

package main

import "unsafe"

var x struct {
	a [unsafe.Sizeof(x.a)]int // ERROR "array bound|typechecking loop|invalid expression"
	b [unsafe.Offsetof(x.b)]int // ERROR "array bound"
	c [unsafe.Alignof(x.c)]int // ERROR "array bound|invalid expression"
	d [len(x.d)]int // ERROR "array bound|invalid array"
	e [cap(x.e)]int // ERROR "array bound|invalid array"
}

このテストファイルは、errorcheck ディレクティブで始まっており、これはGoのテストフレームワークに対して、このファイルがコンパイルエラーを生成することを期待していることを伝えます。各エラーが期待される行には、// ERROR "..." コメントが付加されており、コンパイラが出力すべきエラーメッセージのパターンが指定されています。

var x struct { ... } の定義内で、匿名構造体 x の各フィールド a, b, c, d, e は、配列として定義されていますが、その配列の長さの式が自己参照型になっています。

  1. a [unsafe.Sizeof(x.a)]int:

    • x.a のサイズを unsafe.Sizeof で取得しようとしています。しかし、x.a 自体が定義中の構造体 x の一部であり、そのサイズを決定するためには x 全体のサイズが確定している必要があります。これは循環参照となり、コンパイラは配列の長さを決定できません。
    • 期待されるエラーメッセージは "array bound" (配列の長さの境界に関するエラー)、"typechecking loop" (型チェックの循環参照)、または "invalid expression" (無効な式) のいずれかです。
  2. b [unsafe.Offsetof(x.b)]int:

    • x.b のオフセットを unsafe.Offsetof で取得しようとしています。x.b のオフセットは x のレイアウトに依存しますが、x のレイアウトは x.b の定義に依存するため、これも循環参照です。
    • 期待されるエラーメッセージは "array bound" です。
  3. c [unsafe.Alignof(x.c)]int:

    • x.c のアライメントを unsafe.Alignof で取得しようとしています。同様に、x.c のアライメントは x のレイアウトに依存し、x のレイアウトは x.c の定義に依存するため、循環参照です。
    • 期待されるエラーメッセージは "array bound" または "invalid expression" です。
  4. d [len(x.d)]int:

    • x.d の長さを len で取得しようとしています。x.d はまだ完全に定義されていないため、その長さを取得することはできません。
    • 期待されるエラーメッセージは "array bound" または "invalid array" です。
  5. e [cap(x.e)]int:

    • x.e の容量を cap で取得しようとしています。cap はスライスやチャネルに適用されるものであり、配列には直接適用できません。また、x.e はまだ完全に定義されていないため、その容量を取得することはできません。
    • 期待されるエラーメッセージは "array bound" または "invalid array" です。

これらのテストケースは、Goコンパイラがこれらの不正な自己参照パターンを正確に検出し、開発者に明確なエラーメッセージを提供できるようになったことを示しています。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語の公式ドキュメント
  • Go言語のソースコード(cmd/gc ディレクトリ内の関連ファイル)
  • Go言語のIssueトラッカー(ただし、Issue 7525は直接見つからなかったため、一般的なGoコンパイラの挙動に関する知識を補完的に使用)