[インデックス 19241] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のmisc/cgo/test/backdoor
ディレクトリに、gccgo
コンパイラ向けのbackdoor
関数のバージョンを追加するものです。具体的には、Issue7695
というGo関数がgc
コンパイラではruntime.c
で定義されているのに対し、gccgo
では適切なpkgpath
を取得する方法がないため、このテストがgccgo
にとって重要ではないという判断のもと、gccgo
専用のスタブ実装を提供しています。
コミット
commit 9fc6c0598bc57099a792ffdd5c4e7bfc913f875d
Author: Ian Lance Taylor <iant@golang.org>
Date: Sat Apr 26 22:31:32 2014 -0700
misc/cgo/test/backdoor: add gccgo version of backdoor function
For the gc compiler the Go function Issue7695 is defined in
runtime.c, but there is no way to do that for gccgo, because
there is no way to get the correct pkgpath. The test is not
important for gccgo in any case.
LGTM=bradfitz
R=golang-codereviews, bradfitz
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/93870044
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/9fc6c0598bc57099a792ffdd5c4e7bfc913f875d
元コミット内容
misc/cgo/test/backdoor: add gccgo version of backdoor function
gc
コンパイラでは、Go関数Issue7695
はruntime.c
で定義されていますが、gccgo
では正しいpkgpath
を取得する方法がないため、これは不可能です。いずれにせよ、このテストはgccgo
にとって重要ではありません。
変更の背景
Go言語には、公式のコンパイラであるgc
(Go Compiler)と、GCC(GNU Compiler Collection)をバックエンドとして利用するgccgo
という2つの主要なコンパイラが存在します。これらはそれぞれ異なる実装を持ち、特にランタイムやCgo(GoとC言語の相互運用機能)の扱いにおいて差異があります。
このコミットの背景には、gc
コンパイラ向けに書かれた特定のテストケース(Issue7695
に関連するものと推測されます)が、gccgo
のアーキテクチャと互換性がなかったという問題があります。具体的には、gc
コンパイラではC言語のソースファイル(runtime.c
)内でGo関数を定義し、それをGoコードから利用するような特殊なメカニズムが用いられていたようです。しかし、gccgo
ではこのような「C言語側からGo関数を定義し、Go側から参照する」というパターンにおいて、Goパッケージのパス(pkgpath
)を正しく解決できないという制約がありました。
テストの目的は、特定の機能やバグの再現性を確認することにありますが、このIssue7695
に関連するテストは、gccgo
の機能性や安定性にとって本質的に重要ではないと判断されました。そのため、テストスイート全体がgccgo
で実行される際に、この互換性のないテストがビルドエラーや実行時エラーを引き起こすのを避けるために、gccgo
専用の代替実装(スタブ)を提供する必要が生じました。
前提知識の解説
- Goコンパイラ (
gc
): Go言語の公式かつ主要なコンパイラです。Go言語で書かれたコードを直接機械語にコンパイルします。ランタイム(ガベージコレクション、スケジューラなど)もGo言語とC言語の組み合わせで実装されています。 - gccgo: GCCのフロントエンドとしてGo言語をサポートするコンパイラです。GoコードをGCCの中間表現に変換し、GCCの最適化パスとバックエンドを利用して機械語を生成します。
gc
とは異なるランタイム実装やCgoのメカニズムを持つことがあります。 - Cgo: Go言語とC言語のコードを相互に呼び出すためのメカニズムです。GoプログラムからC関数を呼び出したり、CプログラムからGo関数を呼び出したりすることができます。Cgoは、Goのビルドプロセスにおいて、GoとCのコードを適切にリンクするために重要な役割を果たします。
runtime.c
: Go言語のランタイムの一部をC言語で実装しているファイルです。Goのガベージコレクタ、スケジューラ、メモリ管理などの低レベルな機能の一部がC言語で書かれており、Goコードからこれらの機能が利用されます。pkgpath
(パッケージパス): Go言語において、パッケージを一意に識別するためのパスです。例えば、"fmt"
や"net/http"
などがパッケージパスです。Cgoを通じてGo関数をC言語側から参照する場合など、コンパイラがGo関数の正しい定義を見つけるためには、このパッケージパスが正確に解決される必要があります。- ビルドタグ (
+build
): Goのソースファイルに記述される特殊なコメント行で、特定の条件(OS、アーキテクチャ、コンパイラなど)に基づいてファイルのコンパイルを制御します。例えば、+build gccgo
は、そのファイルがgccgo
コンパイラを使用する場合にのみビルドされることを意味します。これにより、コンパイラごとに異なる実装を提供することが可能になります。 - スタブ関数: 実際の処理を行わず、最小限の機能(例えば、空の関数本体)を提供する関数です。主に、開発中の機能のプレースホルダーとして、または特定の環境で不要な機能を無効化するために使用されます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、gc
コンパイラとgccgo
コンパイラ間でのCgoの挙動、特にC言語側からGo関数を参照する際のpkgpath
解決メカニズムの違いにあります。
gc
コンパイラでは、runtime.c
のようなC言語のファイル内でGo関数(この場合はIssue7695
)を定義し、Goのランタイムと連携させることが可能です。これは、gc
コンパイラがGoとCのコードを統合する独自のリンケージメカニズムを持っているためです。しかし、gccgo
はGCCのフレームワークを利用するため、GoのパッケージシステムとGCCのシンボル解決が完全に一致しない場合があります。特に、C言語のコンテキストからGoの特定のパッケージに属する関数を参照しようとすると、gccgo
がそのGo関数の正しいpkgpath
を解決できず、ビルドエラーとなる可能性がありました。
コミットメッセージにある「there is no way to get the correct pkgpath」という記述は、このgccgo
の制約を明確に示しています。Issue7695
という関数が、gc
コンパイラではruntime.c
というC言語のファイル内で定義されているにもかかわらず、Goの関数として振る舞うという特殊なケースであったため、gccgo
ではそのGo関数がどのGoパッケージに属するのかを特定できず、結果としてリンクエラーが発生していたと考えられます。
この問題を解決するために、開発者はgccgo
コンパイラを使用する場合にのみビルドされる新しいGoソースファイルbackdoor_gccgo.go
を追加しました。このファイルには、Issue7695
という名前の空の関数が定義されています。
// +build gccgo
package backdoor
func Issue7695(x1, x2, x3, x4, x5, x6, x7, x8 uintptr) {}
// +build gccgo
: このビルドタグにより、このファイルはgccgo
コンパイラでビルドされる場合にのみコンパイルされます。gc
コンパイラでビルドされる際には無視されます。package backdoor
: このファイルがbackdoor
パッケージに属することを示します。func Issue7695(...) {}
:gc
コンパイラでruntime.c
に定義されていたIssue7695
関数と同じシグネチャを持つ空の関数を定義しています。これにより、gccgo
がこの関数を必要とする際に、シンボル解決の要件を満たすことができます。関数本体が空であることから、この関数が実際の処理を行うことを意図しておらず、単にリンケージエラーを回避するためのスタブであることがわかります。
このアプローチにより、gccgo
はIssue7695
というシンボルを見つけることができるようになり、テストスイートのビルドが成功するようになります。同時に、このテストがgccgo
にとって重要ではないという判断に基づき、実際の機能は実装せず、最小限の変更で互換性の問題を解決しています。
コアとなるコードの変更箇所
変更は、misc/cgo/test/backdoor/backdoor_gccgo.go
という新しいファイルの追加です。
--- /dev/null
+++ b/misc/cgo/test/backdoor/backdoor_gccgo.go
@@ -0,0 +1,11 @@
+// Copyright 2014 The Go Authors. All rights reserved.
+// Use of this source code is governed by a BSD-style
+// license that can be found in the LICENSE file.
+
+// This is the gccgo version of the stub in runtime.c.
+
+// +build gccgo
+
+package backdoor
+
+func Issue7695(x1, x2, x3, x4, x5, x6, x7, x8 uintptr) {}
コアとなるコードの解説
追加されたbackdoor_gccgo.go
ファイルは、以下の要素で構成されています。
- 著作権表示: Goプロジェクトの標準的な著作権ヘッダが含まれています。
- コメント:
// This is the gccgo version of the stub in runtime.c.
というコメントがあり、このファイルがruntime.c
内のスタブのgccgo
版であることを明示しています。これは、gc
コンパイラとgccgo
コンパイラで同じ論理的な機能(この場合はIssue7695
関数)が異なる方法で実装されていることを示唆しています。 - ビルドタグ:
// +build gccgo
は、このファイルがgccgo
コンパイラを使用する場合にのみビルドされることを保証します。これにより、gc
コンパイラを使用するビルドではこのファイルが無視され、既存のruntime.c
内の定義が使用されます。 - パッケージ宣言:
package backdoor
は、このファイルがbackdoor
パッケージの一部であることを示します。これは、テストスイートの構造に合わせています。 - 関数定義:
func Issue7695(x1, x2, x3, x4, x5, x6, x7, x8 uintptr) {}
は、Issue7695
という名前のGo関数を定義しています。- この関数は8つの
uintptr
型の引数を取りますが、関数本体は空です。これは、この関数が実際の処理を行うことを意図しておらず、単にgccgo
がこのシンボルを解決できるようにするためのプレースホルダー(スタブ)であることを明確に示しています。 uintptr
型は、ポインタを保持できる整数型であり、GoのポインタとCのポインタの間で値をやり取りする際によく使用されます。引数の数と型は、おそらくgc
コンパイラ側のruntime.c
で定義されている元のIssue7695
関数のシグネチャと一致させていると考えられます。
- この関数は8つの
この変更により、gccgo
でビルドする際にIssue7695
関数が見つからないというリンケージエラーが解消され、テストスイートが正常に動作するようになります。
関連リンク
- Go言語のCgoに関する公式ドキュメント: https://go.dev/blog/c-go-cgo
- Go言語のビルドタグに関するドキュメント: https://go.dev/cmd/go/#hdr-Build_constraints
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式ドキュメント
- GCCGoのドキュメント(GCCのウェブサイトなど)
- Go言語のソースコード(特に
runtime
パッケージとmisc/cgo
ディレクトリ) - コミットメッセージと差分情報