[インデックス 19382] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のsyscall
パッケージにおけるLinux AMD64アーキテクチャ向けのビルド問題を修正するものです。具体的には、src/pkg/syscall/syscall_linux_amd64.go
ファイル内のTime
関数におけるエラーハンドリングと型変換の不整合を解消しています。
コミット
commit 4cf79eb80c37dcc6aa2a22ebd242a9db0d28d2c3
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date: Fri May 16 09:30:28 2014 -0700
syscall: fix linux amd64 build
TBR=rsc
TBR=rsc
R=rsc
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/100500047
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/4cf79eb80c37dcc6aa2a22ebd242a9db0d28d2c3
元コミット内容
diff --git a/src/pkg/syscall/syscall_linux_amd64.go b/src/pkg/syscall/syscall_linux_amd64.go
index 1e330dd99c..8915ed83b8 100644
--- a/src/pkg/syscall/syscall_linux_amd64.go
+++ b/src/pkg/syscall/syscall_linux_amd64.go
@@ -73,10 +73,10 @@ func Time(t *Time_t) (tt Time_t, err error) {\n var tv Timeval\n errno := gettimeofday(&tv)\n if errno != 0 {\n-\t\treturn errno\n+\t\treturn 0, errno\n \t}\n \tif t != nil {\n-\t\t*t = tv.Sec\n+\t\t*t = Time_t(tv.Sec)\n \t}\n \treturn Time_t(tv.Sec), nil
変更の背景
このコミットは、Go言語のsyscall
パッケージがLinux AMD64環境でビルドエラーを起こす問題を解決するために導入されました。syscall
パッケージは、オペレーティングシステムの低レベルなシステムコールにアクセスするためのGo言語のインターフェースを提供します。特定のアーキテクチャ(この場合はLinux AMD64)において、gettimeofday
システムコールのラッパー関数Time
の戻り値の扱いと型変換に誤りがあり、これがビルドの失敗につながっていました。
Go言語では、関数が複数の戻り値を返す場合、エラーが発生した際にもすべての戻り値を適切に返す必要があります。また、厳密な型付けが求められるため、異なる型間での代入には明示的な型変換が必要となる場合があります。このコミットは、これらのGo言語の規約に沿うようにコードを修正し、ビルドが成功するようにしました。
興味深いことに、この修正はLinux ARM環境で新たな問題(syscall.Seek
のシンボル重複エラー)を引き起こした可能性が指摘されており、その問題は別のコミット(CL 99320044)で対処されたようです。これは、低レベルなシステムコールラッパーの変更が、異なるアーキテクチャ間で予期せぬ副作用をもたらす可能性があることを示しています。
前提知識の解説
- Go言語の
syscall
パッケージ: Go言語の標準ライブラリの一部で、オペレーティングシステムのシステムコールに直接アクセスするための機能を提供します。これにより、ファイル操作、プロセス管理、ネットワーク通信など、OSレベルの低レベルな操作を行うことができます。このパッケージはOSやアーキテクチャに依存する部分が多く、syscall_linux_amd64.go
のように特定の環境に特化した実装が含まれます。 gettimeofday
システムコール: Unix系OSで時間を取得するためのシステムコールです。通常、エポック(1970年1月1日00:00:00 UTC)からの秒数とマイクロ秒数をstruct timeval
構造体に格納して返します。成功時には0を、エラー時には-1を返し、エラーの詳細はerrno
変数に設定されます。errno
: C言語の標準ライブラリで定義されているグローバル変数で、システムコールやライブラリ関数の実行中に発生したエラーコードを格納します。Go言語のsyscall
パッケージでは、Cのシステムコールをラップする際に、このerrno
の値をGoのエラー型に変換して返すことがよくあります。- Go言語の多値戻り値: Go言語の関数は複数の値を返すことができます。例えば、
(result, error)
のように、操作の結果とエラー情報を同時に返すパターンが一般的です。エラーが発生した場合でも、すべての戻り値(この場合は結果のゼロ値とエラー値)を返す必要があります。 - 型変換(Type Conversion): Go言語は静的型付け言語であり、異なる型間での代入や演算には明示的な型変換が必要となる場合があります。特に、基になる型が同じでも、異なる型エイリアスが定義されている場合には、型安全性を保つために変換が求められます。
Time_t
とTimeval
:syscall
パッケージ内で定義されている型で、C言語のtime_t
やstruct timeval
に対応します。Timeval
は通常、秒とマイクロ秒を保持する構造体であり、Time_t
は秒数を表す整数型です。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、Go言語のsyscall
パッケージがC言語のシステムコールをどのようにラップし、その戻り値と型をGoのセマンティクスに適合させるかという点にあります。
func Time(t *Time_t) (tt Time_t, err error)
という関数シグネチャは、Time_t
型の値とerror
型の値を返すことを期待しています。
-
エラーハンドリングの修正: 変更前:
if errno != 0 { return errno }
変更後:if errno != 0 { return 0, errno }
gettimeofday(&tv)
は、Cのシステムコールと同様に、成功時には0を、エラー時には非ゼロのerrno
値を返します。GoのTime
関数は(Time_t, error)
という2つの戻り値を期待しているため、エラーが発生した場合でも両方の値を返す必要があります。 元のコードでは、エラー時にerrno
(整数型)のみを返しており、これはTime_t
とerror
の2つの戻り値の期待に合致していませんでした。Goコンパイラは、このような型と戻り値の数の不一致をビルドエラーとして検出します。 修正後は、Time_t
のゼロ値(この場合は0
)とerrno
を返すことで、関数のシグネチャに適合させ、ビルドエラーを解消しています。Goでは、syscall.Errno
型がerror
インターフェースを実装しているため、errno
を直接error
として返すことができます。 -
明示的な型変換の追加: 変更前:
*t = tv.Sec
変更後:*t = Time_t(tv.Sec)
tv.Sec
はTimeval
構造体のフィールドであり、通常はint64
のような整数型です。一方、t
は*Time_t
型であり、Time_t
はint64
の型エイリアスである可能性がありますが、Goでは型エイリアスであっても異なる型として扱われるため、明示的な型変換が必要となる場合があります。 この修正は、tv.Sec
の値をTime_t
型に明示的にキャストすることで、型安全性を確保し、コンパイラが型不一致を検出するのを防ぎます。これにより、Time_t
型のポインタt
が指すメモリ位置に、正しい型の値が代入されることが保証されます。
これらの変更は、Go言語の厳格な型システムと多値戻り値のセマンティクスにコードを適合させるためのものであり、特定のアーキテクチャ(Linux AMD64)でのビルド問題を解決するために不可欠でした。
コアとなるコードの変更箇所
変更はsrc/pkg/syscall/syscall_linux_amd64.go
ファイル内のTime
関数に集中しています。
func Time(t *Time_t) (tt Time_t, err error) {
var tv Timeval
errno := gettimeofday(&tv)
if errno != 0 {
- return errno // 変更前: 戻り値の数が不一致
+ return 0, errno // 変更後: Time_tのゼロ値とerrnoを返す
}
if t != nil {
- *t = tv.Sec // 変更前: 明示的な型変換がない
+ *t = Time_t(tv.Sec) // 変更後: Time_t型への明示的なキャスト
}
return Time_t(tv.Sec), nil
}
コアとなるコードの解説
Time
関数は、gettimeofday
システムコールを呼び出して現在の時刻を取得し、それをTime_t
型で返します。また、引数t
がnil
でなければ、そのポインタが指す場所にも時刻を格納します。
-
errno := gettimeofday(&tv)
:gettimeofday
は、Timeval
構造体へのポインタを受け取り、システムコールを実行します。この関数は、Cのシステムコールと同様に、成功時には0
を、エラー時にはerrno
値を返します。このerrno
はGoのsyscall.Errno
型に変換され、エラー情報として扱われます。 -
if errno != 0 { return 0, errno }
:gettimeofday
がエラーを返した場合(errno
が0
でない場合)、Time
関数はエラーを呼び出し元に伝播させる必要があります。Goの関数シグネチャ(tt Time_t, err error)
に従い、tt
にはTime_t
のゼロ値である0
を、err
にはerrno
を返します。これにより、関数が期待されるすべての戻り値を返し、型システムに適合します。 -
*t = Time_t(tv.Sec)
:tv.Sec
はTimeval
構造体から取得した秒数です。これをTime_t
型のポインタt
が指すメモリ位置に代入する際、Time_t(tv.Sec)
と明示的に型変換を行うことで、tv.Sec
の値をTime_t
型として扱います。これにより、Goの型チェックがパスし、コンパイルエラーが回避されます。 -
return Time_t(tv.Sec), nil
:gettimeofday
が成功した場合、Time
関数はTime_t(tv.Sec)
を結果として返し、エラーがないことを示すnil
を返します。ここでもtv.Sec
はTime_t
型に明示的に変換されています。
これらの変更により、Time
関数はGo言語の型システムとエラーハンドリングの規約に完全に準拠し、Linux AMD64環境でのビルドが可能になりました。
関連リンク
- Go言語の
syscall
パッケージのドキュメント: https://pkg.go.dev/syscall gettimeofday
システムコール (manページ): https://man7.org/linux/man-pages/man2/gettimeofday.2.html
参考にした情報源リンク
- Go Gerrit Code Review 100500047: https://golang.org/cl/100500047
- Go Gerrit Code Review 99320044 (関連するARMの問題): https://golang.org/cl/99320044
- Go言語の公式ドキュメント (型、関数、エラーハンドリングなど)
- Linuxシステムコールに関する一般的な知識