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[インデックス 19549] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の標準ライブラリであるnetパッケージ内のDNSクライアント実装において、SRVレコードのシャッフル処理の効率を改善するものです。具体的には、配列要素を移動させるためにcopy関数を使用していた箇所を、より効率的な要素のスワップ(交換)に置き換えることで、不要なメモリコピーを削減し、パフォーマンスを向上させています。

コミット

38eea5b2ad6a6bf108cf4445506559118e34d782

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/38eea5b2ad6a6bf108cf4445506559118e34d782

元コミット内容

net: avoid array copy when shuffling SRV records

We don't need to shift array elements to shuffle them.
We just have to swap a selected element with 0th element.

LGTM=bradfitz
R=golang-codereviews, bradfitz
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/91750044

変更の背景

この変更の背景には、Go言語のnetパッケージがDNSのSRV (Service) レコードを処理する際のパフォーマンス最適化があります。SRVレコードは、特定のサービスを提供するサーバーのホスト名とポート番号をDNS上で指定するために使用されます。複数のSRVレコードが存在する場合、それらは通常、優先度(Priority)と重み(Weight)に基づいてクライアント側で選択され、接続の負荷分散やフェイルオーバーに利用されます。

特に、同じ優先度を持つ複数のSRVレコードがある場合、それらのレコードは重みに応じてランダムに選択(シャッフル)される必要があります。従来のGoのnetパッケージの実装では、このシャッフル処理において、選択された要素を配列の先頭に移動させる際に、copy関数を使って他の要素をシフトさせていました。しかし、このcopyによる要素のシフトは、不要なメモリコピーを発生させ、特に要素数が多い場合にパフォーマンスのオーバーヘッドとなる可能性がありました。

コミットメッセージが示唆するように、このシャッフル処理の目的は、単に「選択された要素を配列の先頭に持ってくる」ことであり、配列全体の順序を維持しながら要素をシフトさせる必要はありませんでした。そのため、より効率的な要素の直接交換(スワップ)に置き換えることで、このオーバーヘッドを解消し、DNSルックアップのパフォーマンスを向上させることが変更の動機となりました。

前提知識の解説

1. DNS SRVレコード (Service Record)

SRVレコードは、DNS (Domain Name System) のリソースレコードの一種で、特定のサービス(例: SIP、XMPP、LDAPなど)を提供するサーバーのホスト名とポート番号を定義します。通常のAレコードやAAAAレコードがホスト名とIPアドレスを紐付けるのに対し、SRVレコードはサービスとサーバーを紐付けます。

SRVレコードには以下のフィールドが含まれます:

  • Service: サービスの名前(例: _sip_xmpp-client)。
  • Proto: プロトコル(例: _tcp_udp)。
  • Name: ドメイン名。
  • TTL: Time To Live。レコードがキャッシュされる期間。
  • Class: クラス(通常はIN)。
  • Type: レコードタイプ(SRV)。
  • Priority: 優先度。数値が小さいほど優先度が高い。クライアントは最も低い優先度のサーバーから接続を試みます。
  • Weight: 重み。同じ優先度を持つレコード間で、相対的な負荷分散の割合を示します。重みが大きいほど、そのサーバーが選択される確率が高くなります。
  • Port: サービスが提供されるポート番号。
  • Target: サービスを提供するホストのドメイン名。

クライアントはSRVレコードを解決する際、まず優先度の低いサーバーを優先し、同じ優先度のサーバー群に対しては、重みに応じたランダムな選択(シャッフル)を行います。これにより、複数のサーバー間で負荷を分散させたり、プライマリサーバーが利用できない場合にセカンダリサーバーに自動的にフェイルオーバーしたりする仕組みが実現されます。

2. Go言語におけるスライス (Slice) と配列 (Array) の操作

Go言語では、スライスは配列のセグメントを参照するデータ構造です。スライスは動的なサイズ変更が可能であり、Goプログラムで最も一般的に使用されるシーケンス型です。

  • 配列 (Array): 固定長で、要素の型が同じであるシーケンスです。[N]Tのように宣言され、Nは配列の長さ、Tは要素の型です。
  • スライス (Slice): 配列への参照であり、長さと容量を持ちます。[]Tのように宣言され、基になる配列の一部を「ビュー」として提供します。

Goには、スライスや配列の要素を操作するためのいくつかの組み込み関数や構文があります。

  • copy(dst, src []T) int: srcスライスからdstスライスに要素をコピーします。コピーされる要素数は、srcdstの長さの小さい方になります。この関数は、メモリブロック全体を効率的にコピーするために最適化されています。
  • 多重代入によるスワップ: Goでは、a, b = b, aという構文を使って、2つの変数の値を効率的に交換できます。これは、スライスや配列の要素に対しても適用でき、slice[i], slice[j] = slice[j], slice[i]のように記述することで、i番目の要素とj番目の要素を直接交換できます。この操作は、一時的な変数を使用せずに、コンパイラによって最適化された方法で実行されるため、非常に高速です。

このコミットの文脈では、copy関数が複数の要素をシフトさせるために使われていたのに対し、目的は単一の要素を先頭に移動させることだったため、多重代入によるスワップの方がはるかに効率的であるという点が重要です。

技術的詳細

このコミットは、src/pkg/net/dnsclient.goファイル内のbyPriorityWeight型に定義されているshuffleByWeight()メソッドの内部ロジックを変更しています。このメソッドは、SRVレコードのリストを重みに基づいてシャッフルする役割を担っています。

元の実装では、重みに基づいて選択されたSRVレコード(addrs[i])をスライスの先頭(addrs[0])に移動させるために、以下の3行のコードを使用していました。

t := addrs[i]
copy(addrs[1:i+1], addrs[0:i])
addrs[0] = t

このコードは、以下の処理を行っています。

  1. addrs[i]の値を一時変数tに保存します。
  2. addrs[0]からaddrs[i-1]までの要素を、それぞれaddrs[1]からaddrs[i]の位置にコピー(シフト)します。これにより、addrs[0]の位置が空き、addrs[1]からaddrs[i]までの要素が1つずつ右にずれます。
  3. 一時変数tに保存しておいたaddrs[i]の元の値をaddrs[0]に代入します。

この一連の操作は、addrs[i]addrs[0]に移動させつつ、その間にあった要素の相対的な順序を保つ場合に有効です。しかし、shuffleByWeight()の目的は、単に選択された要素を先頭に持ってくることであり、その間の要素の相対的な順序を保つ必要はありませんでした。

新しい実装では、この3行のコードが以下の1行に置き換えられました。

addrs[0], addrs[i] = addrs[i], addrs[0]

この1行のコードは、Go言語の多重代入の機能を利用して、addrs[0]addrs[i]の値を直接交換(スワップ)します。この操作は、一時変数を使用せず、コンパイラによって最適化されたアセンブリコードに変換されるため、非常に効率的です。

パフォーマンスへの影響:

  • メモリコピーの削減: 従来のcopy関数は、i個の要素をメモリ上で物理的に移動させる必要がありました。これは、要素の数に比例するコスト(O(i))がかかります。特に、addrsスライスが多数のSRVレコードを含み、iが大きい場合に、このコピー操作は顕著なオーバーヘッドとなります。
  • CPUサイクルの削減: copy関数は、内部的にループ処理やメモリ操作を伴いますが、直接スワップは通常、数CPUサイクルで完了します。
  • キャッシュ効率の向上: 不要なメモリコピーがなくなることで、CPUキャッシュの利用効率も向上する可能性があります。

この変更により、SRVレコードのシャッフル処理がより高速になり、結果としてDNSルックアップ全体のパフォーマンスが向上します。これは、特に多数のSRVレコードを扱うシステムや、頻繁にDNSルックアップを行うアプリケーションにおいて、顕著な改善をもたらす可能性があります。

コアとなるコードの変更箇所

変更はsrc/pkg/net/dnsclient.goファイル内のfunc (addrs byPriorityWeight) shuffleByWeight()関数内で行われています。

--- a/src/pkg/net/dnsclient.go
+++ b/src/pkg/net/dnsclient.go
@@ -196,9 +196,7 @@ func (addrs byPriorityWeight) shuffleByWeight() {
 		ts += int(addrs[i].Weight)
 		if s > n {
 			if i > 0 {
-				t := addrs[i]
-				copy(addrs[1:i+1], addrs[0:i])
-				addrs[0] = t
+				addrs[0], addrs[i] = addrs[i], addrs[0]
 			}
 			break
 		}

具体的には、if i > 0ブロック内の3行が1行に置き換えられています。

コアとなるコードの解説

変更されたコードは、byPriorityWeight型のshuffleByWeight()メソッドの一部です。このメソッドは、SRVレコードのリスト(addrs)を、その重みに基づいてランダムにシャッフルするロジックを含んでいます。

元のコードでは、重み付けされた選択ロジックによってi番目の要素が選ばれた場合、その要素をスライスの先頭(インデックス0)に移動させていました。この移動は、以下のように行われていました。

  1. t := addrs[i]:選択された要素addrs[i]を一時変数tに退避。
  2. copy(addrs[1:i+1], addrs[0:i]):インデックス0からi-1までの要素を、それぞれインデックス1からiの位置にコピー。これにより、addrs[0]が空になり、addrs[1]からaddrs[i]までの要素が一つずつ右にシフトします。
  3. addrs[0] = t:退避しておいたtの値をaddrs[0]に代入。

この一連の操作は、addrs[i]addrs[0]に移動させつつ、その間の要素の相対的な順序を保つ「挿入」のような動作をします。しかし、SRVレコードのシャッフルにおいては、単に選択された要素を先頭に持ってくることが目的であり、その間の要素の相対的な順序を保つ必要はありませんでした。

新しいコードでは、この3行が以下の1行に置き換えられました。

addrs[0], addrs[i] = addrs[i], addrs[0]

これはGo言語の多重代入構文を利用した、非常に簡潔で効率的なスワップ操作です。この1行で、addrs[0]addrs[i]の要素が直接交換されます。これにより、不要なメモリコピー(copy関数による要素のシフト)が完全に排除され、シャッフル処理のパフォーマンスが大幅に向上します。

この変更は、Goの標準ライブラリが細部にわたってパフォーマンス最適化を追求している良い例であり、適切なアルゴリズムとGo言語のイディオム(この場合は多重代入によるスワップ)を使用することの重要性を示しています。

関連リンク

参考にした情報源リンク