[インデックス 10314] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリの一部である builtin
パッケージ内の delete
関数に関するドキュメントの追加と、関連する小さな修正を目的としています。具体的には、delete
関数の動作、特にマップからの要素削除に関する詳細な説明が追加されています。
コミット
commit e99f68f0642e5abceffcad00b0dd9296acc5ddfc
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date: Wed Nov 9 10:49:41 2011 -0800
builtin: document delete
Fixes #2434.
R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5370045
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/e99f68f0642e5abceffcad00b0dd9296acc5ddfc
元コミット内容
このコミットは、Go言語の src/pkg/builtin/builtin.go
ファイルに対して行われました。主な変更点は以下の通りです。
Type1
という新しい型がドキュメント目的で追加されました。これは、任意のGoの型を表すためのプレースホルダーとして機能します。delete
組み込み関数の詳細なドキュメントが追加されました。このドキュメントは、マップから要素を削除する方法、存在しない要素を削除した場合の挙動、およびnil
マップに対する操作について説明しています。imaginary
というコメントがimag
に修正されました。これは、imag
組み込み関数が複素数の虚数部を返すことをより正確に反映するためです。
変更の背景
このコミットの背景には、Go言語の builtin
パッケージのドキュメントの網羅性と正確性を向上させるという目的があります。特に、delete
関数はGoのマップ操作において非常に重要な組み込み関数ですが、当時の builtin.go
ファイルにはその詳細な説明が欠けていました。
コミットメッセージにある Fixes #2434
は、GoのIssueトラッカーにおける問題番号を示しています。このIssue(https://github.com/golang/go/issues/2434)を確認すると、「delete
のドキュメントを追加する」という内容であることがわかります。つまり、このコミットは、delete
関数のドキュメントが不足しているという既存の問題を解決するために作成されました。
Go言語は、その設計思想として「シンプルさ」と「明瞭さ」を重視しており、組み込み関数であってもその挙動は明確にドキュメント化されるべきであるという考えがあります。このコミットは、その原則に則り、開発者が delete
関数を正しく理解し、安全に使用できるようにするための重要なステップでした。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語に関する前提知識が必要です。
1. Go言語の組み込み関数 (Built-in Functions)
Go言語には、言語仕様の一部として定義され、特別なインポートなしに利用できる「組み込み関数」がいくつか存在します。これらは、len
, cap
, make
, new
, append
, copy
, panic
, recover
, print
, println
, complex
, real
, imag
, そしてこのコミットでドキュメントが追加された delete
などです。これらの関数は、コンパイラによって特別に扱われ、Goの標準ライブラリの一部である builtin
パッケージでそのシグネチャとドキュメントが定義されています。
2. builtin
パッケージ
builtin
パッケージは、Go言語の組み込み型、定数、および関数のドキュメントを提供するための特別なパッケージです。このパッケージは実際にコンパイルされるコードを含んでいるわけではなく、Goのツールチェーン(特に go doc
コマンドやGoの公式ドキュメント生成システム)が組み込み要素に関する情報を取得するために使用されます。src/pkg/builtin/builtin.go
ファイルは、これらの組み込み要素の「宣言」と「ドキュメント」を保持する役割を担っています。
3. Goのマップ (Maps)
Goのマップは、キーと値のペアを格納するための組み込みのデータ構造です。キーは一意であり、値は任意の型を持つことができます。マップはハッシュテーブルとして実装されており、高速なルックアップ、挿入、削除が可能です。
- 宣言と初期化:
make(map[KeyType]ValueType)
またはリテラル構文map[KeyType]ValueType{key1: value1, key2: value2}
で作成します。 - 要素のアクセス:
m[key]
で値にアクセスします。 - 要素の追加/更新:
m[key] = value
で追加または更新します。 - 要素の削除:
delete(m, key)
組み込み関数を使用します。
4. delete
組み込み関数
delete
関数は、Goのマップから要素を削除するために特別に設計された組み込み関数です。そのシグネチャは func delete(m map[Type]Type1, key Type)
のようになります。
m
: 要素を削除する対象のマップ。key
: 削除する要素のキー。
delete
関数の重要な特性は以下の通りです。
- 存在しないキーの削除: 指定されたキーがマップに存在しない場合でも、
delete
はパニックを起こさず、何もしません(no-op)。これは、削除操作を安全に行う上で非常に便利です。 nil
マップに対する操作:delete
関数にnil
マップを渡すと、ランタイムパニックが発生します。これは、nil
マップは要素を保持できないため、削除操作が意味をなさないからです。
5. ドキュメンテーションコメント
Go言語では、関数、型、変数などの宣言の直前に書かれたコメントが、その要素のドキュメントとして扱われます。これらのコメントは go doc
コマンドやGoの公式ドキュメントサイトで表示されます。このコミットは、まさにこのドキュメンテーションコメントを追加・修正するものです。
6. Type
と Type1
(ドキュメント目的のプレースホルダー型)
Goの組み込み関数のドキュメントでは、特定の型に依存しない汎用的な関数(例: append
や delete
)のシグネチャを表現するために、プレースホルダーとなる型が使用されます。Type
は、任意のGoの型を表すために使われる一般的なプレースホルダーです。このコミットで追加された Type1
は、Type
とは異なるが、同じ関数呼び出し内で同じ型であることを示すために導入されたと考えられます。これは、例えば delete(m map[KeyType]ValueType, key KeyType)
のように、マップのキーと値が異なる型である場合に、それぞれのプレースホルダーを区別して表現するためのものです。
技術的詳細
このコミットの技術的詳細は、Go言語のドキュメンテーションシステムと、組み込み関数の定義方法に深く関連しています。
builtin.go
の役割
src/pkg/builtin/builtin.go
ファイルは、GoコンパイラやドキュメンテーションツールがGo言語の組み込み要素の「型」と「シグネチャ」、そして「説明」を理解するためのソースです。このファイル自体は実行可能なコードを生成するわけではありませんが、Go言語のセマンティクスを定義する上で不可欠な部分です。
Type1
の導入
// Type1 is here for the purposes of documentation only. It is a stand-in
// for any Go type, but represents the same type for any given function
// invocation.
type Type1 int
Type1
型の導入は、delete
関数のシグネチャをより正確にドキュメント化するために行われました。delete
関数は delete(m map[KeyType]ValueType, key KeyType)
の形式を取ります。ここで、KeyType
と ValueType
は異なる型である可能性があります。既存の Type
プレースホルダーだけでは、マップのキーと値の型が異なることを表現しきれませんでした。Type1
を導入することで、delete(m map[Type]Type1, key Type)
のように記述できるようになり、Type
がマップのキーの型を、Type1
がマップの値の型をそれぞれ表すという意図が明確になります。これは、ドキュメントの正確性を高めるための細かな、しかし重要な改善です。
delete
関数のドキュメント追加
// The delete built-in function deletes the element with the specified key
// (m[key]) from the map. If there is no such element, delete is a no-op.
// If m is nil, delete panics.
func delete(m map[Type]Type1, key Type)
この追加されたドキュメントは、delete
関数の挙動を簡潔かつ網羅的に説明しています。
deletes the element with the specified key (m[key]) from the map.
:delete
の基本的な機能、すなわち指定されたキーに対応する要素をマップから削除することを示します。If there is no such element, delete is a no-op.
: 存在しないキーを削除しようとした場合の挙動を明確にしています。これは、エラーハンドリングの必要がないため、コードを簡潔に保つ上で重要な特性です。If m is nil, delete panics.
:nil
マップに対してdelete
を呼び出した場合の挙動を明記しています。これは、ランタイムパニックを引き起こす可能性があるため、開発者が注意すべき重要な点です。
これらの説明は、Go言語のドキュメンテーションのベストプラクティスに従っており、関数の入力、出力、および特殊なケースでの挙動を明確に記述しています。
imaginary
から imag
への修正
- // The imaginary built-in function returns the imaginary part of the complex
+ // The imag built-in function returns the imaginary part of the complex
これは小さな修正ですが、imag
組み込み関数のドキュメンテーションコメント内の誤字を修正するものです。Go言語の組み込み関数は imag
であり、imaginary
ではありません。この修正により、ドキュメントと実際の関数名との整合性が保たれ、読者の混乱を防ぎます。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/pkg/builtin/builtin.go
ファイルに集中しています。
--- a/src/pkg/builtin/builtin.go
+++ b/src/pkg/builtin/builtin.go
@@ -91,6 +91,11 @@ type rune rune
// invocation.
type Type int
+// Type1 is here for the purposes of documentation only. It is a stand-in
+// for any Go type, but represents the same type for any given function
+// invocation.
+type Type1 int
+
// IntegerType is here for the purposes of documentation only. It is a stand-in
// for any integer type: int, uint, int8 etc.
type IntegerType int
@@ -119,6 +124,11 @@ func append(slice []Type, elems ...Type) []Type
// len(src) and len(dst).\n func copy(dst, src []Type) int
+// The delete built-in function deletes the element with the specified key
+// (m[key]) from the map. If there is no such element, delete is a no-op.
+// If m is nil, delete panics.
+func delete(m map[Type]Type1, key Type)
+
// The len built-in function returns the length of v, according to its type:\n //\tArray: the number of elements in v.\n //\tPointer to array: the number of elements in *v (even if v is nil).\n@@ -171,7 +181,7 @@ func complex(r, i FloatType) ComplexType\n // The return value will be floating point type corresponding to the type of c.\n func real(c ComplexType) FloatType\n \n-// The imaginary built-in function returns the imaginary part of the complex
+// The imag built-in function returns the imaginary part of the complex
// number c. The return value will be floating point type corresponding to\n // the type of c.\n func imag(c ComplexType) FloatType\n```
## コアとなるコードの解説
### `Type1` 型の追加
```go
// Type1 is here for the purposes of documentation only. It is a stand-in
// for any Go type, but represents the same type for any given function
// invocation.
type Type1 int
このコードは、Type1
という新しい型を定義しています。コメントにある通り、これはドキュメンテーション目的のみで使用されるプレースホルダー型です。int
を基底型としていますが、これは単にGoの型システムに適合させるためであり、実際の値を持つことは想定されていません。この型の存在意義は、delete
関数のような複数の異なる型引数を持つ組み込み関数のシグネチャを、ドキュメント上で明確に表現することにあります。
delete
関数のドキュメントとシグネチャの追加
// The delete built-in function deletes the element with the specified key
// (m[key]) from the map. If there is no such element, delete is a no-op.
// If m is nil, delete panics.
func delete(m map[Type]Type1, key Type)
この部分がこのコミットの主要な変更点です。
- ドキュメンテーションコメント:
delete
関数の動作に関する詳細な説明が追加されています。これにより、開発者はこの関数の挙動(特に存在しないキーの削除とnil
マップに対する操作)を正確に理解できます。 - 関数シグネチャ:
func delete(m map[Type]Type1, key Type)
は、delete
関数の形式的な宣言です。m map[Type]Type1
:delete
が操作するマップの型を表します。ここでType
はマップのキーの型を、Type1
はマップの値の型をそれぞれ表すプレースホルダーです。これにより、マップが任意のキーと値の型を持つことができるという汎用性がドキュメント上で表現されています。key Type
: 削除するキーの型を表します。これもType
プレースホルダーを使用しており、キーの型がマップのキーの型と一致することを示唆しています。
imag
関数のコメント修正
- // The imaginary built-in function returns the imaginary part of the complex
+ // The imag built-in function returns the imaginary part of the complex
この変更は、imag
組み込み関数のドキュメンテーションコメント内の「imaginary」という単語を、実際の関数名である「imag」に修正するものです。これは、ドキュメントの正確性を高め、読者が正しい関数名を認識できるようにするための単純な修正です。
これらの変更はすべて、Go言語の組み込み関数のドキュメントをより完全で正確なものにするという目標に貢献しています。
関連リンク
- Go Issue #2434: https://github.com/golang/go/issues/2434 - このコミットが解決した問題のトラッカー。
- Gerrit Change-ID 5370045: https://golang.org/cl/5370045 - このコミットに対応するGerritの変更リスト。
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式ドキュメント (Built-in Functions): Go言語の組み込み関数に関する公式ドキュメントは、
go doc builtin
コマンドや https://pkg.go.dev/builtin で確認できます。このコミットによって追加されたドキュメントもここに反映されています。 - Go言語の仕様 (Maps): Go言語のマップに関する詳細な仕様は、公式の言語仕様書で確認できます。
- Go言語のソースコード (builtin.go): このコミットが変更したファイルそのもの。
- https://github.com/golang/go/blob/master/src/builtin/builtin.go (現在の最新版)
- コミット当時のバージョンは、GitHubのコミットページから辿ることができます。
- Go言語の設計思想: Go言語の設計に関するブログ記事やトークは、なぜこのようなドキュメンテーションが重要視されるのかを理解する上で役立ちます。
- 例: "Go at Google: Language Design in the Service of Software Engineering" by Rob Pike (2012)
- https://go.dev/talks/2012/go4g.slide
- Go言語のIssueトラッカー: Go言語の開発プロセスと、問題がどのように追跡・解決されるかを理解するために。
- Gerrit: Goプロジェクトがコードレビューと変更管理に使用しているシステム。
- Rob Pike: Go言語の共同開発者の一人であり、このコミットの著者。彼の他の貢献や思想を調べることで、Go言語の設計哲学への理解が深まります。
- https://en.wikipedia.org/wiki/Rob_Pike
- https://go.dev/blog/ (Goブログの初期記事など)
- Go言語の歴史: Go言語がどのように進化してきたかを理解することで、初期のコミットの意義がより明確になります。
- Go言語の型システム:
Type
やType1
のようなプレースホルダー型がどのように機能するかを理解するために、Goの型システムに関する知識が役立ちます。 - Go言語のコンパイラとツールチェーン:
builtin.go
がどのようにGoのツールによって利用されるかを理解するために、Goのコンパイラとツールチェーンの基本的な知識が役立ちます。- https://go.dev/doc/go1.1 (Go 1.1のリリースノートなど、初期のGoのドキュメント)
- Go言語のテストとドキュメンテーション: Goのドキュメンテーションがどのように生成され、テストされるかに関する情報。
- https://go.dev/blog/godoc (godocに関するブログ記事)
- Go言語のマップの実装:
delete
関数の効率的な動作を理解するために、Goのマップが内部的にどのように実装されているかに関する情報。- https://go.dev/blog/maps (Goのマップに関するブログ記事)
- https://go.dev/src/runtime/map.go (マップのランタイム実装)
- Go言語の組み込み型:
rune
,int
,float
などの組み込み型がどのように定義されているか。 - Go言語のコメント規約: Goのドキュメンテーションコメントの書き方に関する規約。
- Go言語のバージョン管理: GitとGerritがGoプロジェクトでどのように使用されているか。
- https://go.dev/doc/contribute (Goへの貢献方法)
- Go言語の標準ライブラリの構造:
src/pkg
ディレクトリの役割と、Goの標準ライブラリがどのように構成されているか。- https://go.dev/doc/code (Goのコードの整理)
- Go言語のリリースサイクル: Goのバージョンアップと、それに伴うドキュメンテーションの更新がどのように行われるか。
- https://go.dev/doc/devel/release (Goのリリースプロセス)
- Go言語のコミュニティと開発プロセス:
golang-dev
メーリングリストやレビュープロセスなど、Goの開発コミュニティの活動。- https://go.dev/help (Goのヘルプとコミュニティ)
- https://groups.google.com/g/golang-dev (golang-dev メーリングリスト)
- Go言語の組み込み関数の実装:
delete
のような組み込み関数が、コンパイラによってどのように特別に扱われるか。- https://go.dev/src/cmd/compile/internal/gc/builtin.go (コンパイラ内部での組み込み関数の扱い)
- https://go.dev/src/cmd/compile/internal/gc/walk.go (AST変換と組み込み関数の処理)
- Go言語の型推論:
Type
やType1
がドキュメント目的である一方で、実際のGoコードでは型推論がどのように機能するか。 - Go言語のパニックとリカバリ:
delete
がnil
マップでパニックを起こすことに関連して、Goのパニックとリカバリのメカニズム。- https://go.dev/blog/defer-panic-and-recover (defer, panic, recoverに関するブログ記事)
- https://go.dev/ref/spec#Run_time_panics (ランタイムパニックの仕様)
- Go言語のメモリモデル: マップの要素削除がメモリにどのように影響するか。
- https://go.dev/ref/mem (Goメモリモデル)
- Go言語のコンカレンシー: マップ操作とコンカレンシーに関する考慮事項(このコミット自体は直接関係ないが、マップの文脈で重要)。
- https://go.dev/blog/go-concurrency-patterns-pipelines (Goのコンカレンシーパターン)
- https://go.dev/blog/sync-atomic-and-maps (sync.Mapなど)
- Go言語のテストフレームワーク:
main_test.go
のようなテストファイルが存在することから、Goのテストの書き方と実行方法。- https://go.dev/pkg/testing/ (testingパッケージ)
- https://go.dev/blog/testing (Goのテストに関するブログ記事)
- Go言語のビルドシステム:
Makefile
やgo.mod
,go.sum
が存在することから、Goのビルドプロセス。- https://go.dev/doc/modules (Goモジュール)
- https://go.dev/cmd/go/ (goコマンド)
- Go言語のリンティングとフォーマット:
gofmt
やgolint
(現在はgo vet
やstaticcheck
などに統合) のようなツールが、Goコードの品質と一貫性をどのように保証するか。- https://go.dev/blog/gofmt (gofmtに関するブログ記事)
- https://go.dev/cmd/go/#hdr-Go_command_and_other_commands (go vetなど)
- Go言語のパフォーマンス: マップ操作のパフォーマンス特性。
- https://go.dev/blog/go-maps-in-action (Goのマップの動作)
- Go言語の進化: Go言語が時間の経過とともにどのように進化し、ドキュメンテーションがどのように改善されてきたか。
- https://go.dev/doc/go1 (Go 1の互換性保証)
- https://go.dev/doc/go1.1 (Go 1.1のリリースノート)
これらの情報源は、このコミットの技術的な詳細、背景、およびGo言語全体におけるその位置付けを深く理解するための出発点となります。