[インデックス 1067] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の初期開発段階におけるコードベースに対する修正です。具体的には、parser.go
ファイル内のタイプミス(論理的な誤り)を修正し、それに伴い、以前は構文エラーのためにテストがスキップされていたbug118.go
というテストケースを再度有効化しています。この変更は、Go言語のパーサーの堅牢性とテストカバレッジの向上に貢献しています。
コミット
- コミットハッシュ:
b3c983f3a0dde0e6aef085a6e6efeb02c38b5fc3
- Author: Robert Griesemer gri@golang.org
- Date: Wed Nov 5 16:05:36 2008 -0800
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/b3c983f3a0dde0e6aef085a6e6efeb02c38b5fc3
元コミット内容
- fixed typo in parser.go
- re-enabled bug118.go for pretty
R=r
OCL=18604
CL=18604
変更の背景
このコミットは、Go言語のコンパイラまたはツールチェインの一部であるパーサー(parser.go
)に存在していた論理的な誤り("typo"と表現されているが、コードのバグを指す)を修正することを目的としています。このバグにより、特定の構文解析が正しく行われず、bug118.go
というテストファイルが構文エラーとして扱われ、テストスイートから除外されていました。
修正の背景には、Go言語の初期開発における継続的な品質向上とバグ修正の取り組みがあります。パーサーの正確性は、言語の安定性と信頼性の基盤となるため、このような基本的なバグの修正は非常に重要です。bug118.go
の再有効化は、修正が成功し、当該テストケースが期待通りに動作するようになったことを示しています。
pretty
というディレクトリ名から、このパーサーがコードの整形(pretty-printing)ツール、おそらく後のgofmt
のようなものの初期バージョンに関連している可能性が示唆されます。コード整形ツールは、コードを解析し、抽象構文木(AST)を構築する必要があるため、正確なパーサーが不可欠です。
前提知識の解説
1. Go言語の初期開発
このコミットは2008年11月のものであり、Go言語が一般に公開される前の非常に初期の段階に当たります。Go言語は、GoogleでRobert Griesemer、Rob Pike、Ken Thompsonによって設計されました。この時期のコードベースは、現在のGo言語とは異なる構文や内部構造を持つ可能性がありますが、基本的なコンパイラ/ツールチェインの概念は共通しています。
2. コンパイラの基本要素:字句解析器(Scanner)と構文解析器(Parser)
- 字句解析器 (Lexer/Scanner): ソースコードを読み込み、意味のある最小単位(トークン)に分割する役割を担います。例えば、
if
、else
、変数名、数値、演算子などがトークンとして識別されます。このコミットではScanner
というパッケージが言及されており、これが字句解析器に相当します。 - 構文解析器 (Parser): 字句解析器が生成したトークンのストリームを受け取り、言語の文法規則に従ってそれらが正しい構造を形成しているかを確認し、通常は抽象構文木(AST)を構築します。ASTは、ソースコードの構造を木構造で表現したもので、コンパイラの次の段階(意味解析、コード生成など)で利用されます。
3. 抽象構文木 (AST: Abstract Syntax Tree)
ASTは、プログラムのソースコードの抽象的な構文構造を表現する木構造です。各ノードは、ソースコード内の構成要素(式、文、宣言など)を表します。ASTは、コンパイラがコードの意味を理解し、最適化やコード生成を行うための重要な中間表現です。
4. switch
文とcase
句
Go言語(および多くのプログラミング言語)には、複数の条件分岐を扱うためのswitch
文があります。switch
文の中には、特定の値をチェックするためのcase
句が含まれます。このコミットで修正されたParseCommCase
関数は、おそらくswitch
文内のcase
句、特にGoのselect
文やswitch
文で使われるcase
句(case <-ch:
のような通信ケース)の解析に関連していると考えられます。
5. シェルスクリプト (test.sh
)
test.sh
は、Go言語のテストスイートを実行するためのシェルスクリプトです。このようなスクリプトは、コンパイラやツールのビルド、テストケースの実行、結果の検証などを自動化するために広く使用されます。特定のテストファイルをスキップするロジック(skip - files contain syntax errors
)は、既知のバグや未実装の機能のために一時的にテストを無効化する一般的なプラクティスです。
技術的詳細
parser.go
の変更は、ParseCommCase
関数内で行われています。この関数は、switch
文やselect
文におけるcase
句の解析を担当していると推測されます。
元のコードでは、s := AST.NewStat(P.pos, Scanner.CASE);
となっていました。ここでScanner.CASE
は、字句解析器が識別するcase
キーワードのトークンタイプを表す定数です。しかし、パーサーがcase
句を解析する際には、単にcase
キーワードが存在することを確認するだけでなく、そのcase
句がどのような種類のcase
であるか(例えば、式を伴うcase
なのか、チャネル通信を伴うcase
なのかなど)を、現在パーサーが処理している実際のトークンに基づいて判断する必要があります。
P.tok
は、パーサーオブジェクトP
が現在処理しているトークンを保持するフィールドであると推測されます。したがって、s := AST.NewStat(P.pos, P.tok);
への変更は、AST.NewStat
関数に、固定のScanner.CASE
トークンタイプではなく、パーサーが現在読み込んでいる実際のトークンを渡すように修正したことを意味します。これは、パーサーがcase
句の具体的な種類を正しく識別し、それに基づいてASTノードを構築するために不可欠な修正です。
この「typo」は、単なるスペルミスではなく、パーサーのロジックにおける誤り、すなわち、常にcase
トークンを期待するのではなく、現在のトークンが何であるかを正確に参照すべき場所で固定値を誤って使用していたバグであったと考えられます。
test.sh
の変更は、bug118.go
がskip - files contain syntax errors
というコメントと共にスキップ対象から削除されたことを示しています。これは、parser.go
の修正によってbug118.go
がもはや構文エラーを含まなくなった(または、パーサーがその構文を正しく処理できるようになった)ため、テストスイートに再度組み込まれたことを意味します。これにより、テストカバレッジが向上し、修正が正しく機能していることが確認されます。
コアとなるコードの変更箇所
usr/gri/pretty/parser.go
--- a/usr/gri/pretty/parser.go
+++ b/usr/gri/pretty/parser.go
@@ -1181,7 +1181,7 @@ func (P *Parser) ParseSwitchStat() *AST.Stat {
func (P *Parser) ParseCommCase() *AST.Stat {\
P.Trace("CommCase");
- s := AST.NewStat(P.pos, Scanner.CASE);
+ s := AST.NewStat(P.pos, P.tok);
if P.tok == Scanner.CASE {
P.Next();
x := P.ParseExpression(1);
usr/gri/pretty/test.sh
--- a/usr/gri/pretty/test.sh
+++ b/usr/gri/pretty/test.sh
@@ -22,7 +22,7 @@ apply1() {
#echo $1 $2
case `basename $F` in
selftest1.go | func3.go | bug014.go | bug029.go | bug032.go | bug050.go | \
- bug068.go | bug088.go | bug083.go | bug106.go | bug118.go ) ;; # skip - files contain syntax errors
+ bug068.go | bug088.go | bug083.go | bug106.go ) ;; # skip - files contain syntax errors
* ) $1 $2; count ;;\
esac
}
コアとなるコードの解説
parser.go
の変更
func (P *Parser) ParseCommCase() *AST.Stat
関数は、Go言語のswitch
文やselect
文におけるcase
句(特に通信ケース、CommCase
という名前から推測)を解析するパーサーのメソッドです。
-
変更前:
s := AST.NewStat(P.pos, Scanner.CASE);
- ここでは、新しいASTノード(
Stat
はStatementの略か)を作成する際に、そのノードのタイプとしてScanner.CASE
という固定のトークンタイプを渡していました。これは、case
キーワード自体は認識できるものの、そのcase
句が具体的にどのような種類の構文要素であるかを、現在のパーサーの状態(P.tok
)から動的に判断するのではなく、静的にcase
キーワードであると決めつけてしまっていたことを示唆します。
- ここでは、新しいASTノード(
-
変更後:
s := AST.NewStat(P.pos, P.tok);
- 修正後は、
P.tok
、つまりパーサーが現在処理している実際のトークンをASTノードのタイプとして渡しています。これにより、ParseCommCase
関数は、case
キーワードに続く具体的な構文要素(例えば、チャネルの送受信操作など)を正確にASTに反映できるようになります。この修正は、パーサーがより柔軟かつ正確に構文を解析し、正しいASTを構築するために不可欠です。
- 修正後は、
test.sh
の変更
test.sh
スクリプト内のcase
文は、特定のGoソースファイルが構文エラーを含むため、テスト実行時にスキップされるリストを管理しています。
-
変更前:
bug068.go | bug088.go | bug083.go | bug106.go | bug118.go ) ;; # skip - files contain syntax errors
bug118.go
が、構文エラーのためにスキップされるファイルリストに含まれていました。
-
変更後:
bug068.go | bug088.go | bug083.go | bug106.go ) ;; # skip - files contain syntax errors
bug118.go
がこのリストから削除されました。これは、parser.go
の修正によってbug118.go
がもはや構文エラーとして扱われなくなり、正常に解析・テストできるようになったことを意味します。この変更は、parser.go
の修正が意図した通りに機能し、関連するバグが解決されたことの直接的な証拠となります。
関連リンク
- Go言語の公式ウェブサイト: https://golang.org/
- Go言語の初期のコミット履歴は、現在のGitHubリポジトリの履歴を遡ることで確認できます。
参考にした情報源リンク
- Go言語のコンパイラ設計に関する一般的な知識
- 抽象構文木(AST)の概念
- 字句解析と構文解析の基本原則
- Gitのdiff形式の解釈