[インデックス 1068] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の初期開発段階における、リフレクションメカニズムとリンカの挙動に関する重要な改善を含んでいます。具体的には、sys.unreflect
という内部的なリフレクション機能において、あらゆる型の利用を許可するように制約を緩和し、同時に6l
リンカが空の型テーブルを適切に処理できるように修正を行っています。これにより、Goプログラムの型システムとリンキングの堅牢性が向上しました。
コミット
commit d6a7cefd1e63dcd9ae8590c36aa0574596075ab9
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date: Wed Nov 5 16:09:12 2008 -0800
allow any type at all in sys.unreflect;
accomodate empty type table in 6l.
R=r
DELTA=10 (2 added, 8 deleted, 0 changed)
OCL=18601
CL=18605
---
src/cmd/6l/go.c | 2 ++\n src/runtime/iface.c | 8 --------
2 files changed, 2 insertions(+), 8 deletions(-)
diff --git a/src/cmd/6l/go.c b/src/cmd/6l/go.c
index 19984336b3..4d2f5ec541 100644
--- a/src/cmd/6l/go.c
+++ b/src/cmd/6l/go.c
@@ -451,6 +451,8 @@ definetypesigs(void)\
prog->to.sym = all[i];
}\n s->value = PtrSize*n;
+\tif(n == 0)\n+\t\ts->value = 1;\t// must have non-zero size or 6l complains
\n // emit count
\ts = lookup(\"ngotypesigs\", 0);
diff --git a/src/runtime/iface.c b/src/runtime/iface.c
index 4a394fc888..07bd325843 100644
--- a/src/runtime/iface.c
+++ b/src/runtime/iface.c
@@ -449,14 +449,6 @@ fakesigt(string type)\
// TODO(rsc): Cache these by type string.
Sigt *sigt;
\n-\t// Must be pointer in order for alg, width to be right.
-\tif(type == nil || type->len == 0 || type->str[0] != \'*\') {\n-\t\t// TODO(rsc): What to do here?
-\t\tprints(\"bad unreflect type: \");
-\t\tsys·printstring(type);
-\t\tprints(\"\\n\");
-\t\tthrow(\"unreflect\");
-\t}\n \tsigt = mal(2*sizeof sigt[0]);
\tsigt[0].name = mal(type->len + 1);
\tmcpy(sigt[0].name, type->str, type->len);
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/d6a7cefd1e63dcd9ae8590c36aa0574596075ab9
元コミット内容
allow any type at all in sys.unreflect;
accomodate empty type table in 6l.
R=r
DELTA=10 (2 added, 8 deleted, 0 changed)
OCL=18601
CL=18605
変更の背景
このコミットは、Go言語の初期の型システムとリンキングプロセスにおける2つの異なるが関連する問題を解決するために行われました。
-
sys.unreflect
における型制約の緩和: Go言語には、実行時に型の情報を取得・操作する「リフレクション」という機能があります。コミット当時のsys.unreflect
という内部的なリフレクションメカニズムは、おそらく特定の型の形式(例えばポインタ型を示す*
で始まる文字列)に限定された処理しか行えませんでした。この制約は、より柔軟なリフレクション操作を妨げ、開発者が意図しないエラー(bad unreflect type
)に遭遇する原因となっていました。このコミットは、この不必要な制約を取り除き、sys.unreflect
が任意の型の文字列を受け入れられるようにすることで、リフレクション機能の汎用性と堅牢性を高めることを目的としています。 -
6l
リンカにおける空の型テーブルの処理:6l
は、Go言語の64ビットアーキテクチャ(amd64)向けのリンカです。リンカは、コンパイルされたオブジェクトファイルを結合し、実行可能ファイルを生成する役割を担います。このプロセスの中で、プログラムが使用する型に関する情報(型テーブル)も処理します。以前の6l
の実装では、もしプログラムが型情報を全く持たない場合(例えば、非常に単純なプログラムや、型リフレクションを全く使用しない場合など)、型テーブルが空になることがありました。この「空の型テーブル」の状態がリンカにとって予期せぬものであり、リンカがエラーを報告したり、不正な動作を引き起こしたりする可能性がありました。このコミットは、このようなエッジケースを適切に処理し、リンカが空の型テーブルに対しても安定して動作するようにするための修正です。
これらの変更は、Go言語のコンパイラとランタイムの初期段階における、より堅牢で柔軟な基盤を構築するための一環として行われました。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語の初期の概念とシステムに関する知識が役立ちます。
- Go言語の型システム: Goは静的型付け言語であり、変数は特定の型を持ちます。型情報はコンパイル時に決定され、実行時にも利用されます。
- リフレクション (Reflection):
Go言語におけるリフレクションとは、プログラムが自身の構造(型、フィールド、メソッドなど)を検査し、実行時にそれらを操作する能力を指します。これにより、汎用的なコードや、実行時に型が決定されるような動的な処理が可能になります。このコミット当時の
sys.unreflect
は、現在のreflect
パッケージの前身、あるいは内部的な低レベルなリフレクションメカニズムであったと考えられます。 - Go言語のツールチェインとリンカ (
6l
): Go言語のプログラムは、ソースコードから実行可能ファイルを生成する際に、一連のツールチェインを経由します。- コンパイラ: ソースコードをオブジェクトファイル(機械語)に変換します。
- リンカ: 複数のオブジェクトファイルやライブラリを結合し、最終的な実行可能ファイルを生成します。
6l
は、Go言語の初期に存在した、64ビットアーキテクチャ(amd64)向けのリンカの名前です。Goのリンカは、プログラムのコードだけでなく、ランタイムに必要な情報(例えば、型情報やガベージコレクションに関するデータなど)も埋め込みます。
- Goランタイム (
src/runtime
): Goプログラムは、Goランタイムと呼ばれる小さな実行環境上で動作します。ランタイムは、ガベージコレクション、スケジューリング、インターフェースのディスパッチなど、Go言語のコア機能を提供します。src/runtime/iface.c
は、インターフェースの内部実装や型情報の処理に関連するコードが含まれていたと考えられます。 Sigt
構造体: コミットのコードに登場するSigt
は、"Signature Type"(シグネチャ型)の略である可能性が高いです。これは、Goの型システムにおいて、特定の型のシグネチャ(例えば、関数シグネチャやインターフェースのメソッドシグネチャなど)を表現するための内部的なデータ構造であったと推測されます。mal
とmcpy
: これらは、Goランタイム内部で使用される低レベルのメモリ操作関数です。mal
:malloc
に相当するメモリ割り当て関数。mcpy
:memcpy
に相当するメモリコピー関数。 これらの関数は、C言語で書かれたGoランタイムのコードベースで頻繁に使用されます。
技術的詳細
このコミットは、Go言語のコンパイラとランタイムの低レベルな部分に焦点を当てています。
sys.unreflect
における型制約の緩和 (src/runtime/iface.c
の変更)
変更前のsrc/runtime/iface.c
のfakesigt
関数には、sys.unreflect
に渡されるtype
引数に対する厳格なバリデーションロジックが存在しました。具体的には、以下の条件をチェックしていました。
type
がnil
でないこと。type
の長さが0でないこと。type
の文字列が*
(アスタリスク)で始まること。
もしこれらの条件のいずれかが満たされない場合、エラーメッセージ(bad unreflect type
)を出力し、throw("unreflect")
によってプログラムが異常終了するようになっていました。この*
で始まるという制約は、おそらくsys.unreflect
がポインタ型のリフレクションに特化していたか、あるいは特定の内部的な型表現に依存していたことを示唆しています。
このコミットでは、このバリデーションロジック全体が削除されました。これにより、sys.unreflect
は、*
で始まるポインタ型だけでなく、任意の型の文字列を受け入れて処理できるようになりました。これは、リフレクション機能の柔軟性を大幅に向上させ、より多様な型に対するリフレクション操作を可能にするための重要なステップです。
6l
リンカにおける空の型テーブルの対応 (src/cmd/6l/go.c
の変更)
src/cmd/6l/go.c
のdefinetypesigs
関数は、リンカがプログラムの型シグネチャ(Sigt
)を定義し、それらをリンカのシンボルテーブルに登録する役割を担っていました。この関数内で、n
という変数が型シグネチャの数を表しており、s->value = PtrSize*n;
という行で、型テーブルのサイズを計算していました。
変更前は、もしn
が0、つまりプログラムが型シグネチャを全く持たない場合、s->value
はPtrSize*0
で0
になっていました。リンカ6l
は、おそらくサイズが0
の型テーブルを不正な状態と判断し、エラーを報告するか、予期せぬ動作を引き起こしていました。
このコミットでは、以下の行が追加されました。
if(n == 0)
s->value = 1; // must have non-zero size or 6l complains
この修正により、型シグネチャの数n
が0の場合でも、型テーブルのサイズs->value
が強制的に1
に設定されるようになりました。これは、実際の型情報が存在しないにもかかわらず、リンカが「空ではない」と認識できる最小限のサイズを割り当てることで、6l
がエラーを発生させずに処理を続行できるようにするためのワークアラウンドです。これにより、型情報が少ない、あるいは全くないプログラムのリンキングが安定して行えるようになりました。
コアとなるコードの変更箇所
src/cmd/6l/go.c
--- a/src/cmd/6l/go.c
+++ b/src/cmd/6l/go.c
@@ -451,6 +451,8 @@ definetypesigs(void)
prog->to.sym = all[i];
}
s->value = PtrSize*n;
+ if(n == 0)
+ s->value = 1; // must have non-zero size or 6l complains
// emit count
s = lookup("ngotypesigs", 0);
src/runtime/iface.c
--- a/src/runtime/iface.c
+++ b/src/runtime/iface.c
@@ -449,14 +449,6 @@ fakesigt(string type)
// TODO(rsc): Cache these by type string.
Sigt *sigt;
-\t// Must be pointer in order for alg, width to be right.
-\tif(type == nil || type->len == 0 || type->str[0] != '*') {
-\t\t// TODO(rsc): What to do here?
-\t\tprints("bad unreflect type: ");
-\t\tsys·printstring(type);
-\t\tprints("\n");
-\t\tthrow("unreflect");
-\t}
sigt = mal(2*sizeof sigt[0]);
sigt[0].name = mal(type->len + 1);
mcpy(sigt[0].name, type->str, type->len);
コアとなるコードの解説
src/cmd/6l/go.c
の変更
definetypesigs
関数は、Goプログラムが使用する型シグネチャをリンカが処理する部分です。
- 変更前:
s->value = PtrSize*n;
この行は、n
(型シグネチャの数)とPtrSize
(ポインタのサイズ)を掛けて、型テーブルが占めるべきメモリサイズを計算していました。もしn
が0の場合、s->value
も0になります。 - 追加されたコード:
このif(n == 0) s->value = 1; // must have non-zero size or 6l complains
if
文は、n
が0(つまり、定義すべき型シグネチャが一つもない)という特殊なケースを捕捉します。この場合、s->value
を強制的に1
に設定します。コメントにあるように、これは6l
リンカがサイズ0のテーブルをエラーと見なすのを避けるための措置です。これにより、型情報が全くないプログラムでもリンカが正常に動作するようになります。1
という値は、最小限の非ゼロサイズを提供し、リンカの内部的な要件を満たすためのものです。
src/runtime/iface.c
の変更
fakesigt
関数は、sys.unreflect
というリフレクションメカニズムが、与えられた型文字列から内部的な型シグネチャ(Sigt
)を生成する際に使用されていたと考えられます。
- 削除されたコードブロック:
このブロックは、// Must be pointer in order for alg, width to be right. if(type == nil || type->len == 0 || type->str[0] != '*') { // TODO(rsc): What to do here? prints("bad unreflect type: "); sys·printstring(type); prints("\n"); throw("unreflect"); }
type
文字列がnil
、空、または*
で始まらない場合にエラーを発生させていました。特にtype->str[0] != '*'
のチェックは、sys.unreflect
がポインタ型(Goでは通常*
で始まる)に限定されていたことを強く示唆しています。この制約は、alg
(アラインメント)やwidth
(サイズ)といった型プロパティを正しく扱うために必要だと考えられていたようです。 - 変更の意図:
このコードブロック全体を削除することで、
fakesigt
関数、ひいてはsys.unreflect
は、*
で始まるポインタ型以外の任意の型文字列も受け入れ、処理できるようになりました。これにより、リフレクション機能がより汎用的になり、Goの型システム全体をより柔軟に扱えるようになったと考えられます。TODO(rsc): What to do here?
というコメントは、このエラー処理が一時的なものであり、将来的にはより洗練された方法で任意の型を扱えるようにする必要があるという開発者の意図を示しています。このコミットはその「より洗練された方法」への第一歩と言えるでしょう。
関連リンク
- Go言語の初期開発に関する情報源は、現在の公式ドキュメントとは異なる場合があります。当時のGoの設計思想や内部実装に関する情報は、Goのメーリングリストのアーカイブや、初期の設計ドキュメント(もし公開されていれば)に存在する可能性があります。
- Go言語のリフレクションに関する現在の公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/reflect (ただし、このコミット当時の
sys.unreflect
とは直接関係ありません) - Go言語のコンパイラとツールチェインに関する一般的な情報: https://go.dev/doc/
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式GitHubリポジトリ: https://github.com/golang/go
- Go言語の初期のコミット履歴とコードベースの分析。
- Go言語のリンカ(
cmd/link
)およびランタイム(runtime
)の一般的な役割に関する知識。 - C言語におけるメモリ操作関数(
malloc
,memcpy
)の一般的な知識。
[インデックス 1068] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の初期開発段階における、リフレクションメカニズムとリンカの挙動に関する重要な改善を含んでいます。具体的には、sys.unreflect
という内部的なリフレクション機能において、あらゆる型の利用を許可するように制約を緩和し、同時に6l
リンカが空の型テーブルを適切に処理できるように修正を行っています。これにより、Goプログラムの型システムとリンキングの堅牢性が向上しました。
コミット
commit d6a7cefd1e63dcd9ae8590c36aa0574596075ab9
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date: Wed Nov 5 16:09:12 2008 -0800
allow any type at all in sys.unreflect;
accomodate empty type table in 6l.
R=r
DELTA=10 (2 added, 8 deleted, 0 changed)
OCL=18601
CL=18605
---
src/cmd/6l/go.c | 2 ++\n src/runtime/iface.c | 8 --------
2 files changed, 2 insertions(+), 8 deletions(-)
diff --git a/src/cmd/6l/go.c b/src/cmd/6l/go.c
index 19984336b3..4d2f5ec541 100644
--- a/src/cmd/6l/go.c
+++ b/src/cmd/6l/go.c
@@ -451,6 +451,8 @@ definetypesigs(void)
prog->to.sym = all[i];
}\n s->value = PtrSize*n;
+\tif(n == 0)\n+\t\ts->value = 1;\t// must have non-zero size or 6l complains
\n // emit count
\ts = lookup(\"ngotypesigs\", 0);
diff --git a/src/runtime/iface.c b/src/runtime/iface.c
index 4a394fc888..07bd325843 100644
--- a/src/runtime/iface.c
+++ b/src/runtime/iface.c
@@ -449,14 +449,6 @@ fakesigt(string type)\
// TODO(rsc): Cache these by type string.
Sigt *sigt;
\n-\t// Must be pointer in order for alg, width to be right.
-\tif(type == nil || type->len == 0 || type->str[0] != '*') {\n-\t\t// TODO(rsc): What to do here?
-\t\tprints("bad unreflect type: ");
-\t\tsys·printstring(type);
-\t\tprints("\n");
-\t\tthrow("unreflect");
-\t}\n \tsigt = mal(2*sizeof sigt[0]);
\tsigt[0].name = mal(type->len + 1);
\tmcpy(sigt[0].name, type->str, type->len);
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/d6a7cefd1e63dcd9ae8590c36aa0574596075ab9
元コミット内容
allow any type at all in sys.unreflect;
accomodate empty type table in 6l.
R=r
DELTA=10 (2 added, 8 deleted, 0 changed)
OCL=18601
CL=18605
変更の背景
このコミットは、Go言語の初期の型システムとリンキングプロセスにおける2つの異なるが関連する問題を解決するために行われました。
-
sys.unreflect
における型制約の緩和: Go言語には、実行時に型の情報を取得・操作する「リフレクション」という機能があります。コミット当時のsys.unreflect
という内部的なリフレクションメカニズムは、おそらく特定の型の形式(例えばポインタ型を示す*
で始まる文字列)に限定された処理しか行えませんでした。この制約は、より柔軟なリフレクション操作を妨げ、開発者が意図しないエラー(bad unreflect type
)に遭遇する原因となっていました。このコミットは、この不必要な制約を取り除き、sys.unreflect
が任意の型の文字列を受け入れられるようにすることで、リフレクション機能の汎用性と堅牢性を高めることを目的としています。 -
6l
リンカにおける空の型テーブルの処理:6l
は、Go言語の64ビットアーキテクチャ(amd64)向けのリンカです。リンカは、コンパイルされたオブジェクトファイルを結合し、実行可能ファイルを生成する役割を担います。このプロセスの中で、プログラムが使用する型に関する情報(型テーブル)も処理します。以前の6l
の実装では、もしプログラムが型情報を全く持たない場合(例えば、非常に単純なプログラムや、型リフレクションを全く使用しない場合など)、型テーブルが空になることがありました。この「空の型テーブル」の状態がリンカにとって予期せぬものであり、リンカがエラーを報告したり、不正な動作を引き起こしたりする可能性がありました。このコミットは、このようなエッジケースを適切に処理し、リンカが空の型テーブルに対しても安定して動作するようにするための修正です。
これらの変更は、Go言語のコンパイラとランタイムの初期段階における、より堅牢で柔軟な基盤を構築するための一環として行われました。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語の初期の概念とシステムに関する知識が役立ちます。
- Go言語の型システム: Goは静的型付け言語であり、変数は特定の型を持ちます。型情報はコンパイル時に決定され、実行時にも利用されます。
- リフレクション (Reflection):
Go言語におけるリフレクションとは、プログラムが自身の構造(型、フィールド、メソッドなど)を検査し、実行時にそれらを操作する能力を指します。これにより、汎用的なコードや、実行時に型が決定されるような動的な処理が可能になります。このコミット当時の
sys.unreflect
は、現在のreflect
パッケージの前身、あるいは内部的な低レベルなリフレクションメカニズムであったと考えられます。Web検索の結果からも、sys.unreflect
というパッケージはGoに存在せず、その機能はGo 1リリース前にreflect
パッケージに統合されたことが示唆されています。 - Go言語のツールチェインとリンカ (
6l
): Go言語のプログラムは、ソースコードから実行可能ファイルを生成する際に、一連のツールチェインを経由します。- コンパイラ: ソースコードをオブジェクトファイル(機械語)に変換します。
- リンカ: 複数のオブジェクトファイルやライブラリを結合し、最終的な実行可能ファイルを生成します。
6l
は、Go言語の初期に存在した、64ビットアーキテクチャ(amd64)向けのリンカの名前です。Goのリンカは、プログラムのコードだけでなく、ランタイムに必要な情報(例えば、型情報やガベージコレクションに関するデータなど)も埋め込みます。
- Goランタイム (
src/runtime
): Goプログラムは、Goランタイムと呼ばれる小さな実行環境上で動作します。ランタイムは、ガベージコレクション、スケジューリング、インターフェースのディスパッチなど、Go言語のコア機能を提供します。src/runtime/iface.c
は、インターフェースの内部実装や型情報の処理に関連するコードが含まれていたと考えられます。 Sigt
構造体: コミットのコードに登場するSigt
は、"Signature Type"(シグネチャ型)の略である可能性が高いです。これは、Goの型システムにおいて、特定の型のシグネチャ(例えば、関数シグネチャやインターフェースのメソッドシグネチャなど)を表現するための内部的なデータ構造であったと推測されます。mal
とmcpy
: これらは、Goランタイム内部で使用される低レベルのメモリ操作関数です。mal
:malloc
に相当するメモリ割り当て関数。mcpy
:memcpy
に相当するメモリコピー関数。 これらの関数は、C言語で書かれたGoランタイムのコードベースで頻繁に使用されます。
技術的詳細
このコミットは、Go言語のコンパイラとランタイムの低レベルな部分に焦点を当てています。
sys.unreflect
における型制約の緩和 (src/runtime/iface.c
の変更)
変更前のsrc/runtime/iface.c
のfakesigt
関数には、sys.unreflect
に渡されるtype
引数に対する厳格なバリデーションロジックが存在しました。具体的には、以下の条件をチェックしていました。
type
がnil
でないこと。type
の長さが0でないこと。type
の文字列が*
(アスタリスク)で始まること。
もしこれらの条件のいずれかが満たされない場合、エラーメッセージ(bad unreflect type
)を出力し、throw("unreflect")
によってプログラムが異常終了するようになっていました。この*
で始まるという制約は、おそらくsys.unreflect
がポインタ型のリフレクションに特化していたか、あるいは特定の内部的な型表現に依存していたことを示唆しています。
このコミットでは、このバリデーションロジック全体が削除されました。これにより、sys.unreflect
は、*
で始まるポインタ型だけでなく、任意の型の文字列を受け入れて処理できるようになりました。これは、リフレクション機能の柔軟性を大幅に向上させ、より多様な型に対するリフレクション操作を可能にするための重要なステップです。
6l
リンカにおける空の型テーブルの対応 (src/cmd/6l/go.c
の変更)
src/cmd/6l/go.c
のdefinetypesigs
関数は、リンカがプログラムの型シグネチャ(Sigt
)を定義し、それらをリンカのシンボルテーブルに登録する役割を担っていました。この関数内で、n
という変数が型シグネチャの数を表しており、s->value = PtrSize*n;
という行で、型テーブルのサイズを計算していました。
変更前は、もしn
が0、つまりプログラムが型シグネチャを全く持たない場合、s->value
はPtrSize*0
で0
になっていました。リンカ6l
は、おそらくサイズが0
の型テーブルを不正な状態と判断し、エラーを報告するか、予期せぬ動作を引き起こしていました。
このコミットでは、以下の行が追加されました。
if(n == 0)
s->value = 1; // must have non-zero size or 6l complains
この修正により、型シグネチャの数n
が0の場合でも、型テーブルのサイズs->value
が強制的に1
に設定されるようになりました。これは、実際の型情報が存在しないにもかかわらず、リンカが「空ではない」と認識できる最小限のサイズを割り当てることで、6l
がエラーを発生させずに処理を続行できるようにするためのワークアラウンドです。これにより、型情報が少ない、あるいは全くないプログラムのリンキングが安定して行えるようになりました。
コアとなるコードの変更箇所
src/cmd/6l/go.c
--- a/src/cmd/6l/go.c
+++ b/src/cmd/6l/go.c
@@ -451,6 +451,8 @@ definetypesigs(void)
prog->to.sym = all[i];
}
s->value = PtrSize*n;
+ if(n == 0)
+ s->value = 1; // must have non-zero size or 6l complains
// emit count
s = lookup("ngotypesigs", 0);
src/runtime/iface.c
--- a/src/runtime/iface.c
+++ b/src/runtime/iface.c
@@ -449,14 +449,6 @@ fakesigt(string type)
// TODO(rsc): Cache these by type string.
Sigt *sigt;
-\t// Must be pointer in order for alg, width to be right.
-\tif(type == nil || type->len == 0 || type->str[0] != '*') {
-\t\t// TODO(rsc): What to do here?
-\t\tprints("bad unreflect type: ");
-\t\tsys·printstring(type);
-\t\tprints("\n");
-\t\tthrow("unreflect");
-\t}
sigt = mal(2*sizeof sigt[0]);
sigt[0].name = mal(type->len + 1);
mcpy(sigt[0].name, type->str, type->len);
コアとなるコードの解説
src/cmd/6l/go.c
の変更
definetypesigs
関数は、Goプログラムが使用する型シグネチャをリンカが処理する部分です。
- 変更前:
s->value = PtrSize*n;
この行は、n
(型シグネチャの数)とPtrSize
(ポインタのサイズ)を掛けて、型テーブルが占めるべきメモリサイズを計算していました。もしn
が0の場合、s->value
も0になります。 - 追加されたコード:
このif(n == 0) s->value = 1; // must have non-zero size or 6l complains
if
文は、n
が0(つまり、定義すべき型シグネチャが一つもない)という特殊なケースを捕捉します。この場合、s->value
を強制的に1
に設定します。コメントにあるように、これは6l
リンカがサイズ0のテーブルをエラーと見なすのを避けるための措置です。これにより、型情報が全くないプログラムでもリンカが正常に動作するようになります。1
という値は、最小限の非ゼロサイズを提供し、リンカの内部的な要件を満たすためのものです。
src/runtime/iface.c
の変更
fakesigt
関数は、sys.unreflect
というリフレクションメカニズムが、与えられた型文字列から内部的な型シグネチャ(Sigt
)を生成する際に使用されていたと考えられます。
- 削除されたコードブロック:
このブロックは、// Must be pointer in order for alg, width to be right. if(type == nil || type->len == 0 || type->str[0] != '*') { // TODO(rsc): What to do here? prints("bad unreflect type: "); sys·printstring(type); prints("\n"); throw("unreflect"); }
type
文字列がnil
、空、または*
で始まらない場合にエラーを発生させていました。特にtype->str[0] != '*'
のチェックは、sys.unreflect
がポインタ型(Goでは通常*
で始まる)に限定されていたことを強く示唆しています。この制約は、alg
(アラインメント)やwidth
(サイズ)といった型プロパティを正しく扱うために必要だと考えられていたようです。 - 変更の意図:
このコードブロック全体を削除することで、
fakesigt
関数、ひいてはsys.unreflect
は、*
で始まるポインタ型以外の任意の型文字列も受け入れ、処理できるようになりました。これにより、リフレクション機能がより汎用的になり、Goの型システム全体をより柔軟に扱えるようになったと考えられます。TODO(rsc): What to do here?
というコメントは、このエラー処理が一時的なものであり、将来的にはより洗練された方法で任意の型を扱えるようにする必要があるという開発者の意図を示しています。このコミットはその「より洗練された方法」への第一歩と言えるでしょう。
関連リンク
- Go言語の初期開発に関する情報源は、現在の公式ドキュメントとは異なる場合があります。当時のGoの設計思想や内部実装に関する情報は、Goのメーリングリストのアーカイブや、初期の設計ドキュメント(もし公開されていれば)に存在する可能性があります。
- Go言語のリフレクションに関する現在の公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/reflect (ただし、このコミット当時の
sys.unreflect
とは直接関係ありません) - Go言語のコンパイラとツールチェインに関する一般的な情報: https://go.dev/doc/
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式GitHubリポジトリ: https://github.com/golang/go
- Go言語の初期のコミット履歴とコードベースの分析。
- Go言語のリンカ(
cmd/link
)およびランタイム(runtime
)の一般的な役割に関する知識。 - C言語におけるメモリ操作関数(
malloc
,memcpy
)の一般的な知識。 - Web検索結果:
sys.unreflect
というパッケージはGoに存在せず、その機能はGo 1リリース前にreflect
パッケージに統合された。- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQEzh-DFdelNTiAbL4OhUL5fYUyJWF3qIn2fcmi5m2FF6EDoTqmITLOY8KTj5ASmEdn98RbhGZS8uC1wyHusIJUeR3TjJPusj0kxsTaKYRlznA==
- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQFZl8JEE-ne31DG1lY3ao3xoEe32tUtiphV6elQRjqa5rlotZyBJUZSgcdx3xNfCNJyPg0LvdKPxX-GKEeLIi-FkcFQwm60gzDxTxMnqFLIDSPbWP5zwLfCmPiDukGRBEsCD8Epf_S6QEqUIs4v