[インデックス 11200] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリにおいて、特にWindows版のパッケージ(net
とos
)に不足していたgodoc
コメントを追加し、ドキュメントの整合性を向上させることを目的としています。既存のUnix系ファイルからコメントをコピーし、プラットフォーム固有の実装の詳細を隠蔽しつつ、公開APIのドキュメントを一元化する変更が含まれています。
コミット
- コミットハッシュ:
994e0646d8f0d79fcf579357c1cf8027fe64a876
- Author: Alex Brainman alex.brainman@gmail.com
- Date: Tue Jan 17 16:51:54 2012 +1100
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/994e0646d8f0d79fcf579357c1cf8027fe64a876
元コミット内容
pkg: add missing godoc comments to windows versions
Mostly copied comments from unix files.
R=rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5533057
変更の背景
Go言語の標準ライブラリは、クロスプラットフォーム対応を重視しており、多くのパッケージがUnix系OSとWindowsで異なる実装を持っています。しかし、初期の段階では、Windows固有の実装に対するgodoc
コメントが不足している場合がありました。godoc
はGoの公式ドキュメンテーションツールであり、コードの可読性と保守性を高める上で非常に重要です。
このコミットの背景には、以下の目的があったと考えられます。
- ドキュメントの整合性向上: Unix系OS向けの実装には既に適切な
godoc
コメントが存在していたため、Windows版にも同様のコメントを追加することで、ドキュメントの一貫性を保つ必要がありました。これにより、開発者やユーザーがプラットフォームに関わらず、同じ品質のドキュメントを参照できるようになります。 - APIの明確化と抽象化: Goでは、パッケージの公開APIは
doc.go
ファイルに集約されることが推奨されます。これにより、ユーザーはプラットフォーム固有の実装の詳細を知ることなく、パッケージが提供する機能の概要と使い方を理解できます。このコミットは、プラットフォーム固有のファイルから公開関数のドキュメントを削除し、それらをdoc.go
に移動することで、APIの明確化と抽象化を推進しています。 - ビルドプロセスの調整:
doc.go
ファイルがパッケージのビルドに含まれるように、ビルドスクリプト(buildscript_*.sh
)とMakefile
が更新されています。
前提知識の解説
Goにおけるgodoc
とドキュメンテーション
godoc
は、Go言語のソースコードから自動的にドキュメントを生成するツールです。Goのドキュメンテーションは、コード内のコメント、特にエクスポートされた(大文字で始まる)関数、変数、定数、型、およびパッケージ宣言の直前にあるコメントから生成されます。
- パッケージコメント:
package
宣言の直前にあるコメントは、パッケージ全体の概要を説明します。通常、doc.go
というファイルに記述されます。 - エクスポートされた識別子のコメント: エクスポートされた関数や型の宣言の直前にあるコメントは、その識別子の機能や使い方を説明します。
- 非エクスポート(プライベート)な識別子: 小文字で始まる識別子はパッケージ内でのみアクセス可能であり、外部からは見えません。これらの識別子に対するコメントは、
godoc
によって公開されるドキュメントには含まれません。
godoc
は、開発者がコードを理解し、適切に使用するために不可欠な情報源となります。
Goにおけるプラットフォーム固有の実装
Go言語は、異なるオペレーティングシステム(OS)やアーキテクチャに対応するために、プラットフォーム固有のコードを記述するメカニズムを提供しています。これは、ファイル名にOS名やアーキテクチャ名を含めることで実現されます(例: file_windows.go
, file_unix.go
, file_linux.go
, file_darwin.go
など)。ビルド時には、現在のターゲットOSとアーキテクチャに対応するファイルのみがコンパイルされます。
これにより、Goの標準ライブラリは、各プラットフォームのネイティブAPIを最大限に活用しつつ、共通のインターフェースを提供することができます。
Makefile
とbuildscript_*.sh
Makefile
:Makefile
は、make
ユーティリティによって使用されるファイルで、ソフトウェアのビルドプロセスを自動化するためのルールを定義します。Goプロジェクトでは、パッケージのコンパイル、テスト、インストールなどのタスクを管理するために使用されます。buildscript_*.sh
: これらのシェルスクリプトは、特定のOSとアーキテクチャ(例:buildscript_windows_386.sh
)向けのGoのビルドプロセスを詳細に制御するために使用されます。これらは、コンパイラ(8g
,6g
,5g
など、それぞれ386、amd64、armアーキテクチャに対応)に渡すソースファイルリストを定義しており、このコミットではdoc.go
ファイルがこのリストに追加されています。
技術的詳細
このコミットの主要な技術的変更は、Goのパッケージにおけるドキュメンテーションの構造化と、プラットフォーム固有の実装の抽象化に関するものです。
-
doc.go
ファイルの導入と役割の強化:src/pkg/net/doc.go
とsrc/pkg/os/doc.go
という新しいファイルが追加されました。これらのファイルは、それぞれのパッケージの公開API(net.LookupHost
,os.FindProcess
,os.Hostname
,os.Readdir
,os.Readdirnames
など)に対するgodoc
コメントを含んでいます。- これにより、パッケージの公開インターフェースに関するすべてのドキュメントが
doc.go
に集約され、ユーザーはパッケージの機能概要をこのファイルから一目で把握できるようになります。
-
公開関数からプライベート関数への変更:
src/pkg/net/lookup_plan9.go
,src/pkg/net/lookup_unix.go
,src/pkg/net/lookup_windows.go
などのプラットフォーム固有のファイルにおいて、これまで公開されていた関数(例:LookupHost
,LookupIP
,LookupPort
など)が、小文字で始まるプライベート関数(例:lookupHost
,lookupIP
,lookupPort
など)に変更されました。- 同様に、
src/pkg/os/dir_plan9.go
,src/pkg/os/dir_unix.go
,src/pkg/os/dir_windows.go
,src/pkg/os/exec_plan9.go
,src/pkg/os/exec_unix.go
,src/pkg/os/exec_windows.go
,src/pkg/os/file_unix.go
,src/pkg/os/file_windows.go
,src/pkg/os/sys_bsd.go
,src/pkg/os/sys_linux.go
,src/pkg/os/sys_plan9.go
,src/pkg/os/sys_windows.go
でも、Readdir
,Readdirnames
,FindProcess
,Hostname
などの関数がプライベート化されています。 - この変更により、プラットフォーム固有のファイルは、公開APIの具体的な実装詳細を内部に隠蔽し、
doc.go
で定義された公開関数が、内部でこれらのプライベート関数を呼び出す形になります。これは、Goの「カプセル化」の原則に則った設計であり、APIの安定性と保守性を高めます。
-
ビルドスクリプトの更新:
src/buildscript_*.sh
ファイル(Darwin, FreeBSD, Linux, NetBSD, OpenBSD, Plan9, Windowsの各386およびamd64アーキテクチャ向け)が更新され、os
パッケージのビルド時に./doc.go
がコンパイル対象に含まれるようになりました。src/pkg/net/Makefile
とsrc/pkg/os/Makefile
も更新され、GOFILES
変数にdoc.go
が追加されています。これにより、make
コマンドを通じてパッケージをビルドする際に、doc.go
が適切に処理されるようになります。
これらの変更は、Goの標準ライブラリのドキュメンテーション品質と内部構造の整合性を向上させる上で重要なステップでした。
コアとなるコードの変更箇所
このコミットにおけるコアとなるコードの変更は、主に以下のファイル群に集中しています。
-
新規追加された
doc.go
ファイル:src/pkg/net/doc.go
:net
パッケージの公開API(LookupHost
,LookupIP
,LookupPort
,LookupCNAME
,LookupSRV
,LookupMX
,LookupTXT
,LookupAddr
)のgodoc
コメントが追加されました。src/pkg/os/doc.go
:os
パッケージの公開API(FindProcess
,Hostname
,Readdir
,Readdirnames
)のgodoc
コメントが追加されました。
-
プラットフォーム固有ファイルでの関数名の変更:
src/pkg/net/lookup_plan9.go
,src/pkg/net/lookup_unix.go
,src/pkg/net/lookup_windows.go
:LookupHost
,LookupIP
,LookupPort
,LookupCNAME
,LookupSRV
,LookupMX
,LookupTXT
,LookupAddr
といった公開関数が、それぞれlookupHost
,lookupIP
,lookupPort
,lookupCNAME
,lookupSRV
,lookupMX
,lookupTXT
,lookupAddr
というプライベート関数にリネームされました。src/pkg/os/dir_plan9.go
,src/pkg/os/dir_unix.go
,src/pkg/os/dir_windows.go
:Readdir
およびReaddirnames
関数が、それぞれreaddir
およびreaddirnames
にリネームされました。src/pkg/os/exec_plan9.go
,src/pkg/os/exec_unix.go
,src/pkg/os/exec_windows.go
:FindProcess
関数がfindProcess
にリネームされました。src/pkg/os/sys_bsd.go
,src/pkg/os/sys_linux.go
,src/pkg/os/sys_plan9.go
,src/pkg/os/sys_windows.go
:Hostname
関数がhostname
にリネームされました。src/pkg/os/file_unix.go
,src/pkg/os/file_windows.go
:Readdir
関数がreaddir
にリネームされました。
-
ビルド関連ファイルの変更:
src/buildscript_*.sh
ファイル群:os
パッケージのコンパイル対象に./doc.go
が追加されました。src/pkg/net/Makefile
およびsrc/pkg/os/Makefile
:GOFILES
変数にdoc.go
が追加されました。
コアとなるコードの解説
このコミットの核心は、Goのパッケージ設計における「公開APIのドキュメンテーションの一元化」と「実装詳細の隠蔽」というベストプラクティスを適用した点にあります。
例えば、net
パッケージのLookupHost
関数を例にとります。
変更前:
src/pkg/net/lookup_windows.go
(Windows版) や src/pkg/net/lookup_unix.go
(Unix版) のようなプラットフォーム固有のファイルに、以下のような公開関数とそれに付随するgodoc
コメントが直接記述されていました。
// LookupHost looks up the given host using the local resolver.
// It returns an array of that host's addresses.
func LookupHost(host string) (addrs []string, err error) {
// ... プラットフォーム固有の実装 ...
}
変更後:
-
src/pkg/net/doc.go
の追加: このファイルに、LookupHost
の公開ドキュメントが記述されました。// LookupHost looks up the given host using the local resolver. // It returns an array of that host's addresses. func LookupHost(host string) (addrs []string, err error) { return lookupHost(host) // 内部でプライベート関数を呼び出す }
-
プラットフォーム固有関数のプライベート化:
src/pkg/net/lookup_windows.go
やsrc/pkg/net/lookup_unix.go
内のLookupHost
関数は、lookupHost
というプライベート関数にリネームされ、そのgodoc
コメントは削除されました。func lookupHost(host string) (addrs []string, err error) { // ... プラットフォーム固有の実装 ... }
この変更により、net.LookupHost
のドキュメントはsrc/pkg/net/doc.go
に一元化され、ユーザーはプラットフォーム固有の実装ファイルを見ることなく、この関数の機能と使い方を理解できるようになりました。また、プラットフォーム固有のファイルは、その内部実装の詳細を外部に公開しない形となり、パッケージの内部構造がよりクリーンになりました。
同様の変更がos
パッケージのReaddir
, Readdirnames
, FindProcess
, Hostname
など、他の多くの公開関数にも適用されています。
ビルドスクリプトとMakefile
の変更は、これらの新しいdoc.go
ファイルがGoのビルドシステムによって正しく認識され、コンパイルプロセスに含まれるようにするためのものです。これにより、godoc
ツールがこれらの新しいドキュメントを適切に処理し、Goの公式ドキュメントサイトに反映されるようになります。
関連リンク
- Go CL 5533057: https://golang.org/cl/5533057
参考にした情報源リンク
- Go Documentation: https://go.dev/doc/effective_go#commentary
- Go Packages: https://pkg.go.dev/
- Go Source Code: https://github.com/golang/go
- Go Build Modes: https://go.dev/cmd/go/#hdr-Build_modes
- Go
os
package: https://pkg.go.dev/os - Go
net
package: https://pkg.go.dev/net