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[インデックス 11317] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のテストファイルにおいて、gccgoコンパイラで発生する「未使用変数」エラーを回避するために、明示的に変数をブランク識別子 (_) に代入する変更を導入しています。これにより、テストの本来の目的であるエラー検出を妨げずに、コンパイラの違いによるビルドエラーを防ぐことを目的としています。

コミット

commit 387e7c274249a307f62ed94c8dfdabfe42e3b01c
Author: Ian Lance Taylor <iant@golang.org>
Date:   Sun Jan 22 11:50:45 2012 -0800

    test: explicitly use variables to avoid gccgo "not used" error
    
    I haven't looked at the source, but the gc compiler appears to
    omit "not used" errors when there is an error in the
    initializer.  This is harder to do in gccgo, and frankly I
    think the "not used" error is still useful even if the
    initializer has a problem.  This CL tweaks some tests to avoid
    the error, which is not the point of these tests in any case.
    
    R=golang-dev, r
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/5561059

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/387e7c274249a307f62ed94c8dfdabfe42e3b01c

元コミット内容

このコミットの元々の内容は、Go言語のテストコードにおいて、gccgoコンパイラが「未使用変数」エラーを厳密に報告する挙動に対応するための修正です。gcコンパイラ(Goの公式コンパイラ)は、変数の初期化子にエラーがある場合に「未使用変数」エラーを省略する傾向があるのに対し、gccgoは初期化子に問題があってもこのエラーを報告します。この違いにより、gccgoでビルドする際にテストが失敗する可能性がありました。このコミットは、テストの本来の目的とは関係のないこのエラーを回避するために、影響を受けるテストコードに変数を明示的に使用する(ブランク識別子に代入する)変更を加えています。

変更の背景

Go言語には、主に2つの主要なコンパイラ実装が存在します。一つは公式のGoツールチェインに含まれるgcコンパイラ(Go Compiler)、もう一つはGCC(GNU Compiler Collection)をバックエンドとするgccgoです。これら2つのコンパイラは、Go言語の仕様に準拠していますが、実装の詳細やエラー報告の厳密さにおいて微妙な違いがあることがあります。

このコミットの背景にあるのは、特に「未使用変数」に関するエラー報告の挙動の違いです。Go言語では、宣言されたローカル変数が使用されない場合、コンパイルエラーとなります。これは、デッドコードの検出や、プログラマが意図しない変数を宣言してしまった場合の警告として機能します。

コミットメッセージによると、gcコンパイラは、変数の初期化子自体にコンパイルエラーがある場合、その変数が未使用であっても「未使用変数」エラーを報告しない傾向があったようです。これは、初期化子エラーがより根本的な問題であるため、そちらを優先して報告し、未使用エラーは省略するという判断があったのかもしれません。

しかし、gccgoコンパイラは、初期化子にエラーがあっても、変数が使用されていない場合は「未使用変数」エラーを厳密に報告します。コミットの作者であるIan Lance Taylor氏は、初期化子に問題がある場合でも「未使用変数」エラーが有用であると考えていますが、この違いが既存のテストコードに影響を与えていました。

影響を受けたテストコードは、特定のコンパイルエラー(例えば、不正なパッケージ名、不正な値の使用、オーバーフロー、型不一致など)を意図的に発生させて、コンパイラが正しくエラーを報告するかどうかを検証するためのものでした。これらのテストでは、エラーを発生させるために宣言された変数が、その後のコードで「使用されない」ことがしばしばありました。gcでは問題なかったこれらのテストが、gccgoでは「未使用変数」エラーによって失敗してしまうという問題が発生したため、このコミットで修正が行われました。

この変更の目的は、テストの本来の意図(特定のコンパイルエラーの検出)を損なうことなく、gcgccgoの両方のコンパイラでテストがパスするようにすることでした。

前提知識の解説

Go言語の変数宣言と未使用変数エラー

Go言語では、宣言されたローカル変数は必ず使用されなければなりません。使用されない変数が存在すると、コンパイル時にエラーが発生します。これは、Go言語がコードの品質と可読性を重視しているためです。

例:

func main() {
    var x int // エラー: x declared and not used
    _ = x // OK: x is now "used"
}

ブランク識別子 (_)

Go言語には「ブランク識別子」(blank identifier)_ があります。これは、値が必要だがその値自体は使用しない場合にプレースホルダーとして使用されます。

主な用途:

  1. 複数の戻り値を持つ関数のうち、一部の戻り値を無視する場合:
    func foo() (int, string) {
        return 1, "hello"
    }
    
    func main() {
        _, s := foo() // 最初の戻り値 (int) を無視
        println(s)
    }
    
  2. インポートしたパッケージを直接使用しないが、そのパッケージの副作用(init関数など)を利用したい場合:
    import _ "net/http/pprof" // pprofパッケージをインポートするが、直接は使用しない
    
  3. ループのインデックスや値を無視する場合:
    for _, value := range slice { // インデックスを無視
        println(value)
    }
    
  4. 今回のように、変数を「使用済み」としてマークし、未使用変数エラーを回避する場合: _ = variable の形式で、変数の値をブランク識別子に代入することで、その変数が「使用された」とコンパイラに認識させ、未使用変数エラーを抑制します。これは、変数の値自体は不要だが、コンパイラエラーを回避したい場合に用いられます。

Goコンパイラ gcgccgo

  • gc (Go Compiler): Go言語の公式ツールチェインに同梱されている標準のコンパイラです。Go言語の進化に合わせて開発され、Goのランタイムと密接に連携しています。通常、go buildコマンドを使用すると、このgcコンパイラが使用されます。

  • gccgo: GCC(GNU Compiler Collection)のフロントエンドとして実装されたGoコンパイラです。GCCの最適化バックエンドを利用できるため、特定のプラットフォームや最適化のシナリオで利点がある場合があります。しかし、gcとは独立して開発されているため、エラー報告の厳密さや特定の言語機能の解釈において、わずかな違いが生じることがあります。

このコミットは、これら2つのコンパイラ間の「未使用変数」エラー報告の挙動の違いを吸収するためのものです。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、Go言語のコンパイラが「未使用変数」エラーをどのように扱うか、特に変数の初期化子にエラーがある場合の挙動の違いにあります。

Go言語の仕様では、ローカル変数が宣言されたが使用されない場合、コンパイルエラーとなることが明確に定められています。これは、プログラマが意図しない変数を残したり、論理的な誤りがある場合に早期に検出するための重要なメカニズムです。

しかし、コンパイラの実装には、エラー報告の優先順位やタイミングに関する微妙な差異が生じることがあります。コミットメッセージが示唆するように、gcコンパイラは、変数の初期化式自体が不正である(つまり、その変数が有効な値で初期化できない)場合、その変数が未使用であっても「未使用変数」エラーを報告しないという挙動を示していました。これは、初期化エラーがより深刻な問題であり、そちらを先に解決すべきであるという設計判断に基づいている可能性があります。例えば、var x = someUndefinedFunction() のような場合、someUndefinedFunction が未定義であるというエラーが優先され、x が未使用であるというエラーは報告されない、といった具合です。

一方、gccgoコンパイラは、初期化子にエラーがあろうとなかろうと、変数がコード内で明示的に使用されていない限り、「未使用変数」エラーを報告する、より厳密なアプローチを取っていました。これは、gccgoがGCCの一般的なエラー報告フレームワークに統合されているため、Go言語特有の「未使用変数」チェックが、初期化エラーとは独立して行われる結果かもしれません。

この違いが問題となるのは、Goのテストスイートにおいて、特定のコンパイルエラー(例えば、型エラー、構文エラー、オーバーフローなど)を意図的に引き起こすことを目的としたテストケースが存在する場合です。これらのテストでは、エラーをトリガーするために変数を宣言しますが、その変数がテストの目的上、後続のコードで実際に使用されることはありません。gcではこれらのテストはパスしましたが、gccgoでは「未使用変数」エラーが発生し、テストが失敗する原因となっていました。

このコミットの解決策は、_ = variable という形式で、影響を受けるテストファイル内の変数を明示的にブランク識別子に代入することです。この操作は、変数の値をどこにも保存せず、計算結果を破棄することを意味しますが、コンパイラにとっては「変数が使用された」と認識されます。これにより、gccgoの厳密な未使用変数チェックを回避し、テストが両方のコンパイラで期待通りに動作するようになります。

この変更は、Go言語のテストインフラストラクチャの堅牢性を高め、異なるコンパイラ実装間での互換性を確保するために重要です。また、Go言語のコンパイラ開発における、エラー報告のバランスと厳密さに関する考慮事項を示しています。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットでは、以下の7つのテストファイルが変更されています。変更内容はすべて、既存の変数宣言の後に _ = 変数名 の形式でブランク識別子への代入を追加し、未使用変数エラーを回避するものです。

  1. test/blank1.go

    --- a/test/blank1.go
    +++ b/test/blank1.go
    @@ -9,4 +9,5 @@ package _	// ERROR "invalid package name _"
     func main() {
      	_()\t// ERROR "cannot use _ as value"
      	x := _+1\t// ERROR "cannot use _ as value"
    +\t_ = x
     }
    

    x が宣言されているが使用されていないため、_ = x を追加。

  2. test/fixedbugs/bug014.go

    --- a/test/fixedbugs/bug014.go
    +++ b/test/fixedbugs/bug014.go
    @@ -11,4 +11,5 @@ func main() {
      	var c01 uint8 = '\07';  // ERROR "oct|char"
      	var cx0 uint8 = '\x0';  // ERROR "hex|char"
      	var cx1 uint8 = '\x';  // ERROR "hex|char"
    +\t_, _, _, _ = c00, c01, cx0, cx1
     }
    

    c00, c01, cx0, cx1 が宣言されているが使用されていないため、まとめてブランク識別子に代入。

  3. test/fixedbugs/bug108.go

    --- a/test/fixedbugs/bug108.go
    +++ b/test/fixedbugs/bug108.go
    @@ -7,4 +7,5 @@
     package main
     func f() {
      	v := 1 << 1025;\t\t// ERROR "overflow|stupid shift"
    +\t_ = v
     }
    

    v が宣言されているが使用されていないため、_ = v を追加。

  4. test/fixedbugs/bug175.go

    --- a/test/fixedbugs/bug175.go
    +++ b/test/fixedbugs/bug175.go
    @@ -10,5 +10,5 @@ func f() (int, bool) { return 0, true }
     
     func main() {
      	x, y := f(), 2;\t// ERROR "multi"
    +\t_, _ = x, y
     }
    -\ndiff --git a/test/fixedbugs/bug363.go b/test/fixedbugs/bug363.go
    

    x, y が宣言されているが使用されていないため、まとめてブランク識別子に代入。

  5. test/fixedbugs/bug363.go

    --- a/test/fixedbugs/bug363.go
    +++ b/test/fixedbugs/bug363.go
    @@ -17,5 +17,5 @@ func main() {
      	println(b)
     
      	var c int64 = (1<<i) + 4.0  // ok - it's all int64
    -\tprintln(b)
    +\tprintln(c)
     }
    

    このファイルのみ、println(b)println(c) に変更されています。これは、おそらく以前のコードが誤ってbを出力しており、cが未使用になっていたため、cを使用するように修正されたものと思われます。結果的にcが使用されることで未使用エラーが回避されます。

  6. test/func4.go

    --- a/test/func4.go
    +++ b/test/func4.go
    @@ -11,4 +11,5 @@ var notmain func()\n func main() {\n      	var x = &main\t\t// ERROR "address of|invalid"\n      	main = notmain\t// ERROR "assign to|invalid"\n    +\t_ = x\n     }
    

    x が宣言されているが使用されていないため、_ = x を追加。

  7. test/indirect1.go

    --- a/test/indirect1.go
    +++ b/test/indirect1.go
    @@ -65,4 +65,5 @@ func f() {\n      	\tcap(b2)+\t// ERROR "illegal|invalid|must be"\n      	\tcap(b3)+\n      	\tcap(b4)\t// ERROR "illegal|invalid|must be"\n    +\t_ = x\n     }
    

    x が宣言されているが使用されていないため、_ = x を追加。

コアとなるコードの解説

このコミットのコアとなるコード変更は、Go言語のブランク識別子 (_) を利用して、変数を「使用済み」としてコンパイラに認識させるテクニックです。具体的には、_ = 変数名 という形式の代入文が追加されています。

Go言語のコンパイラは、宣言されたローカル変数がそのスコープ内で一度も読み取られたり、何らかの形で利用されたりしない場合に、「未使用変数」エラーを報告します。これは、コードの品質を保ち、潜在的なバグを防ぐためのGo言語の設計思想の一部です。

しかし、テストコードのように、特定のコンパイルエラーを意図的に発生させる目的で変数を宣言し、その変数がテストの性質上、後続のロジックで実際に使用されない場合があります。このような状況で、gccgoのような厳密なコンパイラが「未使用変数」エラーを報告すると、テストが失敗してしまいます。

_ = 変数名 という代入は、以下の効果をもたらします。

  1. 変数の「使用」: コンパイラは、変数の値がブランク識別子に代入されたことをもって、その変数が「使用された」と判断します。これにより、「未使用変数」エラーが抑制されます。
  2. 値の破棄: ブランク識別子に代入された値は、実際にはどこにも保存されず、破棄されます。これは、変数の値自体には関心がなく、単にコンパイラエラーを回避したい場合に非常に有効です。
  3. 副作用の回避: この代入は、変数の値を取得する以外の副作用を持ちません。例えば、関数呼び出しの結果をブランク識別子に代入する場合、その関数は実行されますが、戻り値は破棄されます。今回のケースでは、変数の値を取得するだけなので、追加の副作用は発生しません。

test/fixedbugs/bug363.go の変更は少し異なり、println(b)println(c) に変更されています。これは、おそらく以前のコードが誤ってbを出力しており、その結果cが未使用になっていたため、cを正しく使用するように修正されたものと考えられます。この変更も結果的にcの未使用エラーを回避する効果があります。

これらの変更は、Go言語のテストスイートが異なるコンパイラ実装(gcgccgo)間で一貫して動作するようにするための、実用的な対応策です。テストの本来の目的であるエラー検出ロジックには影響を与えず、コンパイラの挙動の差異に起因するビルドエラーを解消しています。

関連リンク

参考にした情報源リンク