[インデックス 115] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の初期のコンパイラ(gc
)における字句解析器(lexer)のバグ修正に関するものです。具体的には、文字列リテラル内のバックスラッシュエスケープシーケンス \\
の処理が正しく行われていなかった問題を修正しています。
コミット
commit 609cf0c3a77c847ee54a7042f775a7faa67c4eab
Author: Ken Thompson <ken@golang.org>
Date: Fri Jun 6 17:08:21 2008 -0700
fixed \\ secape in strings
SVN=121553
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/609cf0c3a77c847ee54a7042f775a7faa67c4eab
元コミット内容
fixed \\ secape in strings
このコミットメッセージは、文字列内のバックスラッシュエスケープ(\\
)の処理が修正されたことを示しています。secape
は escape
のタイプミスであると考えられます。
変更の背景
Go言語のコンパイラは、ソースコードを解析して実行可能なバイナリに変換する役割を担っています。その最初の段階が字句解析(lexical analysis)であり、ソースコードの文字列をトークン(意味のある最小単位)に分割します。文字列リテラル(例: "Hello, world!"
)は、プログラミング言語において非常に一般的な要素ですが、その中に特殊文字を含める場合、エスケープシーケンスを使用する必要があります。
例えば、C言語やGo言語のような多くのプログラミング言語では、文字列内に引用符("
)や改行(\n
)、タブ(\t
)などの特殊文字を直接記述することはできません。これらを表現するために、バックスラッシュ(\
)に続けて特定の文字を記述する「エスケープシーケンス」が用いられます。
このコミットが行われた2008年6月は、Go言語がまだ開発の初期段階にあった時期です。当時のGoコンパイラ(gc
)はC言語で書かれており、字句解析器もC言語で実装されていました。この時期には、言語仕様やコンパイラの実装において、様々なバグや不完全な点が発見され、日々修正が行われていました。
この特定のバグは、文字列リテラル内でリテラルのバックスラッシュ文字そのものを表現するためのエスケープシーケンス \\
が正しく処理されていなかったことに起因すると考えられます。例えば、Windowsのファイルパスなど、バックスラッシュを多用する文字列を扱う際に問題が発生していた可能性があります。
前提知識の解説
1. コンパイラの字句解析(Lexical Analysis)
コンパイラは、ソースコードを機械語に変換するソフトウェアです。その処理は通常、以下の段階に分かれます。
- 字句解析(Lexical Analysis): ソースコードを読み込み、意味のある最小単位である「トークン」に分割します。この処理を行うプログラムを「字句解析器(lexer)」または「スキャナ(scanner)」と呼びます。例えば、
int x = 10;
というコードは、int
(キーワード)、x
(識別子)、=
(演算子)、10
(整数リテラル)、;
(区切り文字)といったトークンに分割されます。 - 構文解析(Syntax Analysis): トークンの並びが言語の文法規則に合致しているかを検証し、抽象構文木(AST)を構築します。
- 意味解析(Semantic Analysis): 型チェックなど、プログラムの意味的な正当性を検証します。
- 最適化(Optimization): 生成されるコードの効率を向上させます。
- コード生成(Code Generation): 最終的な機械語コードを生成します。
このコミットは、字句解析の段階、特に文字列リテラルの処理に関するものです。
2. エスケープシーケンス(Escape Sequences)
プログラミング言語において、文字列リテラル内に特定の特殊文字(例: "
、\
、改行、タブなど)を直接記述できない場合や、それらに特別な意味を持たせたい場合に用いられる記法です。通常、バックスラッシュ(\
)に続けて特定の文字を記述します。
一般的なエスケープシーケンスの例:
\n
: 改行 (newline)\t
: タブ (tab)\"
: 二重引用符 (double quote)\'
: 一重引用符 (single quote)\\
: バックスラッシュ (backslash)
このコミットで問題となっているのは、最後の \\
です。これは、文字列リテラル内で「バックスラッシュ文字そのもの」を表現するために使用されます。例えば、Go言語で "C:\\Program Files"
と書くと、実際の文字列は C:\Program Files
となります。字句解析器は、この \\
を見て、単一のバックスラッシュ文字として解釈し、後続の構文解析器に渡す必要があります。
3. src/cmd/gc/lex.c
src/cmd/gc/lex.c
は、Go言語の初期のコンパイラである gc
の字句解析器の実装ファイルです。gc
はGo言語自体がまだ成熟していなかった頃に、C言語で書かれました。このファイルには、ソースコードからトークンを読み取るためのロジックが含まれています。case
文が多数含まれていることから、文字を一つずつ読み込み、その文字に応じて適切なトークンを生成するような処理が行われていることが推測されます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、字句解析器が文字列リテラル内で \
文字を処理する際のロジックの欠陥を修正した点にあります。
字句解析器は、ソースコードを文字ストリームとして読み込みます。文字列リテラルを解析する際、"
で囲まれた部分を読み進めます。その途中で \
文字に遭遇した場合、それはエスケープシーケンスの開始であると認識し、\
の直後の文字を読み取って、それがどのようなエスケープシーケンスであるかを判断します。
例えば、\n
を見つけたら、それは改行文字(ASCIIコードのLF)として解釈されます。\t
ならタブ文字です。
問題は \\
の場合でした。字句解析器が \
を読み取った後、次に \
を読み取った際に、それを「リテラルのバックスラッシュ文字」として正しく解釈し、その文字に対応する内部表現(例えば、ASCIIコードのバックスラッシュ)を返す必要がありました。
コミット前のコードでは、この \\
のケースが明示的に処理されていなかったため、字句解析器が \\
を不正なエスケープシーケンスとして扱ったり、予期せぬ動作を引き起こしたりしていた可能性があります。これにより、"C:\\path\\to\\file"
のような文字列が正しくパースされず、コンパイルエラーや実行時エラーの原因となっていたと考えられます。
追加された case '\\\\': return '\\\\';
という行は、この問題を解決します。これは、字句解析器が \
の後に再び \
を検出した場合、その結果として単一の \
文字を返すように明示的に指示しています。これにより、文字列リテラル内のリテラルバックスラッシュが正しく解釈されるようになります。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/cmd/gc/lex.c
ファイルの1箇所のみです。
--- a/src/cmd/gc/lex.c
+++ b/src/cmd/gc/lex.c
@@ -749,6 +749,7 @@ loop:
case 'r': return '\r';
case 't': return '\t';
case 'v': return '\v';
+ case '\\\\': return '\\\\';
default:
if(c != e)
追加された行は +case '\\\\': return '\\\\';
です。
コアとなるコードの解説
このコードスニペットは、C言語で書かれた字句解析器の一部であり、おそらく yylex
のような関数内、またはエスケープシーケンスを処理するサブルーチン内に存在します。
loop:
: これはC言語のラベルであり、goto loop;
のような形でループの先頭に戻るために使われることがあります。case 'r': return '\r';
: これは、字句解析器が\r
(キャリッジリターン)エスケープシーケンスを検出した場合に、対応するキャリッジリターン文字を返すことを意味します。case 't': return '\t';
: 同様に、\t
(タブ)エスケープシーケンスに対してタブ文字を返します。case 'v': return '\v';
:\v
(垂直タブ)エスケープシーケンスに対して垂直タブ文字を返します。
そして、このコミットで追加されたのが以下の行です。
case '\\\\': return '\\\\';
:- 最初の
case '\\\\'
は、C言語の文字列リテラルにおける\\
の表現です。これは、字句解析器がソースコード内で\
の後に\
が続くパターン(つまり\\
)を検出した場合にマッチします。 return '\\\\';
も同様に、C言語の文字列リテラルにおける\\
の表現です。これは、字句解析器が\\
エスケープシーケンスを正しく解釈した結果として、単一のバックスラッシュ文字を返すことを意味します。
- 最初の
この追加により、Goコンパイラの字句解析器は、文字列リテラル内のリテラルバックスラッシュ \
を正しく認識し、処理できるようになりました。これにより、"C:\\Users\\Name"
のようなパスや、正規表現などでバックスラッシュをエスケープする必要がある場合に、Goプログラムが正しくコンパイルされるようになりました。
関連リンク
- Go言語の公式ウェブサイト: https://go.dev/
- Go言語の初期の歴史に関する情報(Goのブログなど)
- コンパイラ設計に関する一般的な情報源(例: Dragon Book)
参考にした情報源リンク
- Go言語のGitHubリポジトリ: https://github.com/golang/go
- C言語のエスケープシーケンスに関するドキュメント
- コンパイラの字句解析に関する一般的な教科書やオンラインリソース
- Go言語の初期のコミット履歴(GitHub)
- Ken Thompson氏に関する情報(Go言語の共同開発者の一人)```
[インデックス 115] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の初期のコンパイラ(gc
)における字句解析器(lexer)のバグ修正に関するものです。具体的には、文字列リテラル内のバックスラッシュエスケープシーケンス \\
の処理が正しく行われていなかった問題を修正しています。
コミット
commit 609cf0c3a77c847ee54a7042f775a7faa67c4eab
Author: Ken Thompson <ken@golang.org>
Date: Fri Jun 6 17:08:21 2008 -0700
fixed \\ secape in strings
SVN=121553
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/609cf0c3a77c847ee54a7042f775a7faa67c4eab
元コミット内容
fixed \\ secape in strings
このコミットメッセージは、文字列内のバックスラッシュエスケープ(\\
)の処理が修正されたことを示しています。secape
は escape
のタイプミスであると考えられます。
変更の背景
Go言語のコンパイラは、ソースコードを解析して実行可能なバイナリに変換する役割を担っています。その最初の段階が字句解析(lexical analysis)であり、ソースコードの文字列をトークン(意味のある最小単位)に分割します。文字列リテラル(例: "Hello, world!"
)は、プログラミング言語において非常に一般的な要素ですが、その中に特殊文字を含める場合、エスケープシーケンスを使用する必要があります。
例えば、C言語やGo言語のような多くのプログラミング言語では、文字列内に引用符("
)や改行(\n
)、タブ(\t
)などの特殊文字を直接記述することはできません。これらを表現するために、バックスラッシュ(\
)に続けて特定の文字を記述する「エスケープシーケンス」が用いられます。
このコミットが行われた2008年6月は、Go言語がまだ開発の初期段階にあった時期です。当時のGoコンパイラ(gc
)はC言語で書かれており、字句解析器もC言語で実装されていました。この時期には、言語仕様やコンパイラの実装において、様々なバグや不完全な点が発見され、日々修正が行われていました。
この特定のバグは、文字列リテラル内でリテラルのバックスラッシュ文字そのものを表現するためのエスケープシーケンス \\
が正しく処理されていなかったことに起因すると考えられます。例えば、Windowsのファイルパスなど、バックスラッシュを多用する文字列を扱う際に問題が発生していた可能性があります。
前提知識の解説
1. コンパイラの字句解析(Lexical Analysis)
コンパイラは、ソースコードを機械語に変換するソフトウェアです。その処理は通常、以下の段階に分かれます。
- 字句解析(Lexical Analysis): ソースコードを読み込み、意味のある最小単位である「トークン」に分割します。この処理を行うプログラムを「字句解析器(lexer)」または「スキャナ(scanner)」と呼びます。例えば、
int x = 10;
というコードは、int
(キーワード)、x
(識別子)、=
(演算子)、10
(整数リテラル)、;
(区切り文字)といったトークンに分割されます。 - 構文解析(Syntax Analysis): トークンの並びが言語の文法規則に合致しているかを検証し、抽象構文木(AST)を構築します。
- 意味解析(Semantic Analysis): 型チェックなど、プログラムの意味的な正当性を検証します。
- 最適化(Optimization): 生成されるコードの効率を向上させます。
- コード生成(Code Generation): 最終的な機械語コードを生成します。
このコミットは、字句解析の段階、特に文字列リテラルの処理に関するものです。
2. エスケープシーケンス(Escape Sequences)
プログラミング言語において、文字列リテラル内に特定の特殊文字(例: "
、\
、改行、タブなど)を直接記述できない場合や、それらに特別な意味を持たせたい場合に用いられる記法です。通常、バックスラッシュ(\
)に続けて特定の文字を記述します。
一般的なエスケープシーケンスの例:
\n
: 改行 (newline)\t
: タブ (tab)\"
: 二重引用符 (double quote)\'
: 一重引用符 (single quote)\\
: バックスラッシュ (backslash)
このコミットで問題となっているのは、最後の \\
です。これは、文字列リテラル内で「バックスラッシュ文字そのもの」を表現するために使用されます。例えば、Go言語で "C:\\Program Files"
と書くと、実際の文字列は C:\Program Files
となります。字句解析器は、この \\
を見て、単一のバックスラッシュ文字として解釈し、後続の構文解析器に渡す必要があります。
3. src/cmd/gc/lex.c
src/cmd/gc/lex.c
は、Go言語の初期のコンパイラである gc
の字句解析器の実装ファイルです。gc
はGo言語自体がまだ成熟していなかった頃に、C言語で書かれました。このファイルには、ソースコードからトークンを読み取るためのロジックが含まれています。case
文が多数含まれていることから、文字を一つずつ読み込み、その文字に応じて適切なトークンを生成するような処理が行われていることが推測されます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、字句解析器が文字列リテラル内で \
文字を処理する際のロジックの欠陥を修正した点にあります。
字句解析器は、ソースコードを文字ストリームとして読み込みます。文字列リテラルを解析する際、"
で囲まれた部分を読み進めます。その途中で \
文字に遭遇した場合、それはエスケープシーケンスの開始であると認識し、\
の直後の文字を読み取って、それがどのようなエスケープシーケンスであるかを判断します。
例えば、\n
を見つけたら、それは改行文字(ASCIIコードのLF)として解釈されます。\t
ならタブ文字です。
問題は \\
の場合でした。字句解析器が \
を読み取った後、次に \
を読み取った際に、それを「リテラルのバックスラッシュ文字」として正しく解釈し、その文字に対応する内部表現(例えば、ASCIIコードのバックスラッシュ)を返す必要がありました。
コミット前のコードでは、この \\
のケースが明示的に処理されていなかったため、字句解析器が \\
を不正なエスケープシーケンスとして扱ったり、予期せぬ動作を引き起こしたりしていた可能性があります。これにより、"C:\\path\\to\\file"
のような文字列が正しくパースされず、コンパイルエラーや実行時エラーの原因となっていたと考えられます。
追加された case '\\\\': return '\\\\';
という行は、この問題を解決します。これは、字句解析器が \
の後に再び \
を検出した場合、その結果として単一の \
文字を返すように明示的に指示しています。これにより、文字列リテラル内のリテラルバックスラッシュが正しく解釈されるようになります。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/cmd/gc/lex.c
ファイルの1箇所のみです。
--- a/src/cmd/gc/lex.c
+++ b/src/cmd/gc/lex.c
@@ -749,6 +749,7 @@ loop:
case 'r': return '\r';
case 't': return '\t';
case 'v': return '\v';
+ case '\\\\': return '\\\\';
default:
if(c != e)
追加された行は +case '\\\\': return '\\\\';
です。
コアとなるコードの解説
このコードスニペットは、C言語で書かれた字句解析器の一部であり、おそらく yylex
のような関数内、またはエスケープシーケンスを処理するサブルーチン内に存在します。
loop:
: これはC言語のラベルであり、goto loop;
のような形でループの先頭に戻るために使われることがあります。case 'r': return '\r';
: これは、字句解析器が\r
(キャリッジリターン)エスケープシーケンスを検出した場合に、対応するキャリッジリターン文字を返すことを意味します。case 't': return '\t';
: 同様に、\t
(タブ)エスケープシーケンスに対してタブ文字を返します。case 'v': return '\v';
:\v
(垂直タブ)エスケープシーケンスに対して垂直タブ文字を返します。
そして、このコミットで追加されたのが以下の行です。
case '\\\\': return '\\\\';
:- 最初の
case '\\\\'
は、C言語の文字列リテラルにおける\\
の表現です。これは、字句解析器がソースコード内で\
の後に\
が続くパターン(つまり\\
)を検出した場合にマッチします。 return '\\\\';
も同様に、C言語の文字列リテラルにおける\\
の表現です。これは、字句解析器が\\
エスケープシーケンスを正しく解釈した結果として、単一のバックスラッシュ文字を返すことを意味します。
- 最初の
この追加により、Goコンパイラの字句解析器は、文字列リテラル内のリテラルバックスラッシュ \
を正しく認識し、処理できるようになりました。これにより、"C:\\Users\\Name"
のようなパスや、正規表現などでバックスラッシュをエスケープする必要がある場合に、Goプログラムが正しくコンパイルされるようになりました。
関連リンク
- Go言語の公式ウェブサイト: https://go.dev/
- Go言語の初期の歴史に関する情報(Goのブログなど)
- コンパイラ設計に関する一般的な情報源(例: Dragon Book)
参考にした情報源リンク
- Go言語のGitHubリポジトリ: https://github.com/golang/go
- C言語のエスケープシーケンスに関するドキュメント
- コンパイラの字句解析に関する一般的な教科書やオンラインリソース
- Go言語の初期のコミット履歴(GitHub)
- Ken Thompson氏に関する情報(Go言語の共同開発者の一人)