[インデックス 11589] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のコンパイラの一つであるgccgo
が、レシーバ名にブランク識別子(_
)を使用したメソッドを誤ってコンパイルするバグを修正するために、そのバグを再現するテストケースを追加するものです。具体的には、test/fixedbugs/bug405.go
という新しいテストファイルが追加されました。
コミット
commit 1493bf58f3afbd4f27926c442daad76abcafc93d
Author: Ian Lance Taylor <iant@golang.org>
Date: Fri Feb 3 07:19:25 2012 -0800
test: add test for receiver named _
Was miscompiled by gccgo.
R=golang-dev, dsymonds
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5622054
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/1493bf58f3afbd4f27926c442daad76abcafc93d
元コミット内容
test: add test for receiver named _
Was miscompiled by gccgo.
このコミットは、レシーバ名にアンダースコア(_
)が使用されている場合にgccgo
が誤ったコンパイルを行う問題に対応するため、その問題を検出するためのテストを追加します。
変更の背景
Go言語では、メソッドのレシーバに変数を割り当てる必要がない場合、ブランク識別子(_
)を使用することができます。これは、変数を宣言したが使用しない場合にコンパイラがエラーを出すのを避けるための一般的なGoのイディオムです。しかし、このコミットが作成された時点では、Go言語のコンパイラ実装の一つであるgccgo
が、このブランク識別子をレシーバ名として使用したメソッドのコンパイルにおいて、誤ったコードを生成するバグを抱えていました。
このバグは、Goプログラムの正確な実行を妨げる可能性があり、特にgccgo
を使用している開発者にとっては深刻な問題でした。そのため、この問題を特定し、将来的な回帰を防ぐために、この特定のケースをテストする新しいテストケースを追加する必要がありました。このテストケースは、gccgo
が正しくコンパイルできるようになったことを検証し、また将来的に同様のバグが再発した場合にそれを検出するためのものです。
前提知識の解説
Go言語のメソッドとレシーバ
Go言語において、メソッドは特定の型に関連付けられた関数です。メソッドは、その型(レシーバ型)のインスタンスに対して呼び出されます。メソッドの定義は以下のようになります。
func (receiverName ReceiverType) MethodName(parameters) (returnValues) {
// メソッドの本体
}
ここで、receiverName
はレシーバ変数の名前で、ReceiverType
はレシーバの型です。レシーバは、メソッドが操作する値(またはポインタ)を提供します。
ブランク識別子(_
)
Go言語のブランク識別子(_
)は、値を破棄するために使用される特別な識別子です。これは、変数を宣言したが使用しない場合にコンパイラがエラーを出すのを避けるために特に便利です。例えば、複数の戻り値を持つ関数で、一部の戻り値が不要な場合に_
を使用します。
value, _ := someFunction() // someFunctionの2番目の戻り値は不要
このブランク識別子は、メソッドのレシーバ名としても使用できます。これは、メソッド内でレシーバ変数を参照する必要がない場合に、コンパイラが「未使用の変数」として警告やエラーを出すのを避けるために役立ちます。
func (_ MyType) MyMethod() {
// このメソッドはMyTypeのインスタンスに紐付いているが、
// メソッド内でそのインスタンス自体を参照する必要がない
}
gccgo
gccgo
は、GCC(GNU Compiler Collection)のフロントエンドとして実装されたGo言語のコンパイラです。Go言語の公式コンパイラであるgc
とは異なる実装であり、GCCの最適化やバックエンドの恩恵を受けることができます。しかし、異なる実装であるため、gc
とは異なるバグや挙動を示すことがあります。このコミットで修正された問題は、まさにgccgo
特有のコンパイルバグでした。
技術的詳細
このコミットの技術的な詳細は、gccgo
がGo言語の特定の構文(レシーバ名にブランク識別子を使用するケース)を正しく処理できなかったという点に集約されます。Go言語の仕様では、レシーバ名に_
を使用することは完全に合法であり、コンパイラはこれを正しく解釈し、適切な機械語に変換する必要があります。
gccgo
がこのケースで誤ったコンパイルを行ったということは、その内部の構文解析、意味解析、またはコード生成のいずれかの段階で、ブランク識別子を持つレシーバの扱いに関するバグが存在したことを示唆しています。このバグは、おそらくレシーバ変数が実際に使用されない場合に、コンパイラがそのレシーバに関連するメモリ割り当てやレジスタ割り当てを誤って最適化したり、あるいは全く行わなかったりした結果として発生したと考えられます。
追加されたテストケースbug405.go
は、この問題を最小限のコードで再現するように設計されています。S
という空の構造体を定義し、その構造体に対するメソッドF
を定義しています。このF
メソッドのレシーバは_ S
とブランク識別子を使用しており、メソッド自体は引数をそのまま返すだけの非常にシンプルなものです。main
関数では、S
のインスタンスを作成し、そのメソッドF
を呼び出し、結果が期待通りであるかを検証しています。もしgccgo
が誤ったコンパイルを行っていた場合、s.F(c)
の呼び出しが正しく機能せず、i != c
の条件が真となり、panic
が呼び出されることでテストが失敗するようになっています。
このテストの追加は、単にバグを修正するだけでなく、Go言語のコンパイラ開発における重要なプラクティスを示しています。それは、特定のバグが報告された場合、そのバグを再現する最小限のテストケースを作成し、それをリポジトリに追加することで、将来的に同じバグが再発するのを防ぐというものです。これにより、コンパイラの品質と安定性が向上します。
コアとなるコードの変更箇所
diff --git a/test/fixedbugs/bug405.go b/test/fixedbugs/bug405.go
new file mode 100644
index 0000000000..36e8013ea5
--- /dev/null
+++ b/test/fixedbugs/bug405.go
@@ -0,0 +1,24 @@
+// $G $D/$F.go && $L $F.$A && ./$A.out
+//
+// Copyright 2009 The Go Authors. All rights reserved.
+// Use of this source code is governed by a BSD-style
+// license that can be found in the LICENSE file.
+//
+// Test using _ receiver. Failed with gccgo.
+//
+package main
+
+type S struct {}
+
+func (_ S) F(i int) int {
+ return i
+}
+
+func main() {
+ s := S{}
+ const c = 123
+ i := s.F(c)
+ if i != c {
+ panic(i)
+ }
+}
コアとなるコードの解説
追加されたtest/fixedbugs/bug405.go
ファイルは、以下の要素で構成されています。
-
テスト実行コマンドのコメント:
// $G $D/$F.go && $L $F.$A && ./$A.out
これはGoのテストシステムがこのファイルをどのようにコンパイル・実行するかを示すコメントです。$G
はGoコンパイラ、$D/$F.go
は現在のファイル、$L
はリンカ、$F.$A
は実行可能ファイル名、./$A.out
はその実行を意味します。これにより、コンパイルから実行までの一連の流れがテストされます。 -
著作権表示: Goプロジェクトの標準的な著作権表示が含まれています。
-
テストの目的を示すコメント:
// Test using _ receiver. Failed with gccgo.
このコメントは、このテストの目的がレシーバに_
を使用するケースをテストすることであり、それがgccgo
で失敗したことを明確に示しています。 -
main
パッケージ:package main
実行可能なプログラムであることを示します。 -
空の構造体
S
の定義:type S struct {}
これは、メソッドのレシーバ型として使用されるシンプルな型です。フィールドを持たないため、インスタンスのサイズは最小限です。
-
レシーバに
_
を使用したメソッドF
の定義:func (_ S) F(i int) int { return i }
これがこのテストの核心部分です。
(_ S)
:S
型のレシーバを定義していますが、レシーバ変数名にはブランク識別子_
を使用しています。これは、メソッド内でS
のインスタンス自体を参照する必要がないことを示します。F(i int) int
:F
という名前のメソッドで、int
型の引数i
を受け取り、int
型の値を返します。return i
: 引数i
をそのまま返します。このシンプルなロジックは、コンパイラがレシーバの処理を誤った場合に、結果がすぐにi
と異なることでバグを検出できるようにするためです。
-
main
関数:func main() { s := S{} const c = 123 i := s.F(c) if i != c { panic(i) } }
s := S{}
:S
型の新しいインスタンスs
を作成します。const c = 123
: テストに使用する定数c
を定義します。i := s.F(c)
:s
のメソッドF
を呼び出し、c
を引数として渡します。この呼び出しがgccgo
で誤ってコンパイルされていた部分です。if i != c { panic(i) }
: メソッドF
が期待通りにc
を返さなかった場合(つまり、i
がc
と異なる場合)、panic
を発生させます。これにより、テストが失敗し、バグが検出されます。
このテストケースは、レシーバにブランク識別子を使用するメソッドが正しくコンパイルされ、期待通りの動作をすることを確認するための、簡潔かつ効果的な検証メカニズムを提供しています。
関連リンク
- Go言語のブランク識別子に関する公式ドキュメントやチュートリアル:
- Go言語のメソッドに関する公式ドキュメントやチュートリアル:
gccgo
に関する情報:
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式ドキュメント
- Go言語のGitHubリポジトリ
- Go言語のコードレビューシステム (Gerrit) (コミットメッセージに記載されている
https://golang.org/cl/5622054
は、このコミットのGerrit上の変更リストへのリンクです。) - GCCの公式ウェブサイト
- Wikipedia: GNU Compiler Collection
- Wikipedia: Go (プログラミング言語)