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[インデックス 1368] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラの内部コードベース、具体的にはsrc/cmd/gc/subr.csrc/cmd/gc/walk.cの2つのファイルを修正しています。これらのファイルは、Go言語のコンパイラ(gc)のバックエンド部分を構成しており、型情報の処理やコード生成のウォーク(走査)を担当しています。

コミット

[] fixes

R=ken
OCL=21565
CL=21565

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/92f74ca7e27ba252645ca5ef6fa35aa86605a506

元コミット内容

commit 92f74ca7e27ba252645ca5ef6fa35aa86605a506
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date:   Thu Dec 18 21:11:56 2008 -0800

    [] fixes
    
    R=ken
    OCL=21565
    CL=21565

変更の背景

このコミットのコミットメッセージは非常に簡潔に「[] fixes」とだけ記されており、具体的な修正内容を直接示していません。しかし、変更されたコードの内容と、関連するGoコンパイラの内部動作に関する情報から、以下の2つの主要な問題に対する修正が行われたと推測できます。

  1. 型幅計算の修正: src/cmd/gc/subr.cにおけるdowidthからcheckwidthへの変更は、配列型(TARRAY)の幅(メモリサイズとアライメント)を計算・検証する際のコンパイラの内部処理の改善を示唆しています。dowidthcheckwidthはGoコンパイラ内部で型のメモリレイアウトを決定するために使用される関数であり、これらの関数における問題は、コンパイル時の内部エラーや不正なメモリレイアウトを引き起こす可能性があります。この修正は、配列型の正確なメモリ割り当てとアクセスを保証するためのバグ修正であると考えられます。

  2. マップリテラル処理の改善: src/cmd/gc/walk.cにおけるnewcompat関数内のコードのコメントアウトとmaplit関数内のONEWノードの型修正は、マップリテラル(map[key]value{...})の初期化処理に関するコンパイラの挙動の調整を示しています。特にONEWはヒープ割り当てに関連する内部操作であり、マップリテラルの生成時にメモリがどのように割り当てられるか、そしてその型情報がどのように扱われるかに関する修正が行われたと考えられます。これは、マップの初期化における潜在的なバグや非効率性を解消するための変更である可能性があります。

これらの修正は、Go言語の初期開発段階におけるコンパイラの安定性と正確性を向上させるための、重要な内部的な改善の一部であると言えます。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、Goコンパイラ(gc)の基本的な構造と、コンパイルプロセスにおけるいくつかの概念を理解しておく必要があります。

  • Goコンパイラ (gc): Go言語の公式コンパイラであり、Goのソースコードを機械語に変換する役割を担っています。gcは、フロントエンド(構文解析、意味解析)、ミドルエンド(中間表現の最適化)、バックエンド(コード生成)から構成されます。このコミットで変更されているファイルは、主にバックエンドに近い部分に属します。

  • src/cmd/gc/subr.c: このファイルは、Goコンパイラのバックエンドにおけるサブルーチン(補助関数)を定義しています。型システム、ノード操作、その他のコンパイル時のユーティリティ関数が含まれることが多いです。今回の変更では、配列型の処理に関連する部分が修正されています。

  • src/cmd/gc/walk.c: このファイルは、コンパイラの「ウォーク」フェーズ、つまり中間表現ツリーを走査してコード生成や最適化を行う部分を扱います。walk関数は、抽象構文木(AST)や中間表現(IR)を巡回し、各ノードに対して適切な処理(型チェック、コード生成、最適化など)を実行します。今回の変更では、newcompat関数とmaplit関数が修正されており、それぞれ新しい互換性チェックとマップリテラルの処理に関連しています。

  • Node: Goコンパイラ内部で、プログラムの構造を表すために使用されるデータ構造です。ASTや中間表現の各要素(変数、関数呼び出し、演算子など)はNodeとして表現されます。

  • Type: Goコンパイラ内部で、Go言語の型システムを表すデータ構造です。プリミティブ型、構造体、配列、マップ、関数などの型情報が格納されます。

  • dowidthcheckwidth: これらはGoコンパイラ内部の関数で、型の「幅」(メモリサイズとアライメント)を計算し、検証する役割を担っています。Go言語では、変数のメモリ配置や構造体のレイアウトが厳密に定義されており、これらの関数はコンパイラが正しいメモリレイアウトを生成するために不可欠です。dowidthは幅を計算し、checkwidthは計算された幅が正しいか、または特定の制約を満たしているかを検証する役割を持つ可能性があります。

  • maplit: 「マップリテラル」の略で、Go言語でマップを初期化するための構文(例: map[string]int{"a": 1, "b": 2})を指します。コンパイラは、このリテラルを解析し、実行時にマップを構築するためのコードを生成します。

  • ONEW: Goコンパイラ内部の操作コード(Opcode)の一つで、ヒープメモリの割り当てに関連します。Goでは、変数が「エスケープ」してヒープに割り当てられる必要がある場合、コンパイラはONEWノードを生成し、これをruntime.newobjectのようなランタイム関数呼び出しに変換してヒープからメモリを要求します。

  • N: Goコンパイラ内部で、nilまたは無効なNodeを意味する定数です。

技術的詳細

このコミットは、Goコンパイラの型システムとメモリ管理の根幹に関わる部分に修正を加えています。

  1. 配列型の幅計算の厳密化: src/cmd/gc/subr.cの変更は、配列型(TARRAY)の幅計算において、dowidth(r)からcheckwidth(r)への呼び出しの変更です。

    • dowidthは型のメモリ幅を計算する関数ですが、checkwidthは計算された幅が正しいか、または特定の制約を満たしているかを検証する役割を持つ可能性があります。
    • この変更は、配列のメモリレイアウトがより厳密にチェックされるようになったことを示唆しています。例えば、配列の要素型がポインタ型である場合や、特定のサイズ制約がある場合に、checkwidthがより適切な検証を行うことで、コンパイル時のエラーを早期に発見したり、より堅牢なコードを生成したりする目的があったと考えられます。Go言語のメモリモデルにおいて、配列の要素が連続したメモリ領域に配置されることを保証するためには、正確な幅計算と検証が不可欠です。
  2. マップリテラル初期化の内部処理の調整: src/cmd/gc/walk.cの変更は、newcompat関数内のコードブロックのコメントアウトと、maplit関数におけるONEWノードの型設定の修正です。

    • newcompat関数内のコメントアウト: newcompat関数は、新しい型と既存の型との互換性をチェックする役割を担っている可能性があります。コメントアウトされたブロックは、ポインタ型(isptr[t->etype])や構造体型(TSTRUCT)に関する互換性チェックのロジックを含んでいました。このコードがコメントアウトされた理由はいくつか考えられます。
      • ロジックの移動または廃止: 当時のコンパイラの設計変更により、この互換性チェックのロジックが別の場所に移されたか、あるいは不要になった可能性があります。
      • バグの修正: このロジック自体にバグがあり、一時的に無効化されたか、より洗練された方法で再実装されるまでの措置であった可能性もあります。
      • 初期開発段階の試行錯誤: Go言語の初期開発段階では、コンパイラの設計が流動的であり、様々なアプローチが試されていた可能性があります。これはその過程で不要になった、あるいは問題を引き起こしたコードの痕跡かもしれません。
    • maplit関数におけるONEWノードの型修正: maplit関数はマップリテラルを処理し、実行時にマップを構築するためのコードを生成します。ONEWノードはヒープ割り当てを意味します。
      • 変更前: a->type = t;
      • 変更後: a->type = t->type; この修正は、ONEWノードに設定される型が、マップリテラル全体の型(t)ではなく、マップの要素の型(t->type)になるように変更されたことを意味します。マップリテラルはmap[K]Vのような構造を持ち、tmap[K]V型を表す場合、t->typeV型(値の型)を指すと考えられます。 この変更の目的は、マップの要素がヒープに割り当てられる際に、その要素の正確な型情報がONEWノードに付与されるようにすることです。これにより、コンパイラはマップの要素に対して正しいメモリ割り当てとガベージコレクションの処理を行うことができるようになります。例えば、マップの値が構造体や他の複合型である場合、その値がヒープに割り当てられる際に、その複合型の正確なサイズとアライメント情報が必要になります。この修正は、マップの内部表現とメモリ管理の正確性を向上させるための重要な変更です。

これらの変更は、Goコンパイラの堅牢性と正確性を高め、Goプログラムの実行時の安定性を保証するために不可欠な、低レベルの修正です。

コアとなるコードの変更箇所

src/cmd/gc/subr.c

--- a/src/cmd/gc/subr.c
+++ b/src/cmd/gc/subr.c
@@ -440,7 +440,7 @@ aindex(Node *b, Type *t)
 	r = typ(TARRAY);
 	r->type = t;
 	r->bound = bound;
-	dowidth(r);
+	checkwidth(r);
 	return r;
 }

src/cmd/gc/walk.c

--- a/src/cmd/gc/walk.c
+++ b/src/cmd/gc/walk.c
@@ -1995,6 +1995,7 @@ newcompat(Node *n)
 	if(t == T)
 		goto bad;
 
+/*
 	if(isptr[t->etype]) {
 		if(t->type == T)
 			goto bad;
@@ -2012,12 +2013,13 @@ newcompat(Node *n)
 		r->type = n->type;
 		goto ret;
 	}
+*/
 
 	switch(t->etype) {
 	default:
-\t\tgoto bad;
-\n-\tcase TSTRUCT:\n+//\t\tgoto bad;\n+//\n+//\tcase TSTRUCT:\n 	\tif(n->left != N)
 	\t\tyyerror("dont know what new(,e) means");
 
@@ -3510,7 +3512,7 @@ maplit(Node *n)
 	tempname(var, t);
 
 	a = nod(ONEW, N, N);
-	a->type = t;
+	a->type = t->type;
 	a = nod(OAS, var, a);
 	addtop = list(addtop, a);

コアとなるコードの解説

src/cmd/gc/subr.c の変更

aindex関数は、配列型(TARRAY)を構築する際に呼び出されます。この関数内で、配列型の幅を計算・検証する部分が変更されました。

  • 変更前: dowidth(r);
    • dowidthは、Goコンパイラ内部で型のメモリ幅を計算する関数です。ここでは、新しく作成された配列型rの幅を計算していました。
  • 変更後: checkwidth(r);
    • checkwidthは、型の幅が正しく計算されているか、または特定の制約を満たしているかを検証する関数です。この変更により、配列型の幅が計算された後、その幅がより厳密にチェックされるようになりました。これは、配列のメモリレイアウトに関する潜在的な問題を早期に発見し、コンパイラの堅牢性を高めるための修正と考えられます。

src/cmd/gc/walk.c の変更

newcompat 関数内の変更

newcompat関数は、新しい型と既存の型との互換性をチェックする役割を担っている可能性があります。

  • コメントアウトされたブロック: 変更前は、ポインタ型や構造体型に関する互換性チェックのロジックが含まれていました。このブロック全体がコメントアウトされました。
    • if(isptr[t->etype]) { ... } は、型tがポインタ型である場合の処理です。
    • case TSTRUCT: は、型tが構造体型である場合の処理です。
  • 影響: この変更は、これらの特定の型に関する互換性チェックのロジックが、コンパイラの別の場所に移動されたか、あるいは設計変更により不要になったことを示唆しています。Go言語の初期開発段階では、コンパイラの内部構造が頻繁に進化していたため、このようなコードの再編成や削除は珍しくありません。

maplit 関数内の変更

maplit関数は、Go言語のマップリテラル(例: map[string]int{"key": 1})を処理し、実行時にマップを構築するためのコードを生成します。この関数内で、ヒープ割り当てに関連するONEWノードの型設定が修正されました。

  • a = nod(ONEW, N, N);: これは、新しいオブジェクトをヒープに割り当てるための内部ノードONEWを作成する部分です。ONEWは、コンパイル時にヒープ割り当てが必要な場合に生成され、後にruntime.newobjectなどのランタイム関数呼び出しに変換されます。
  • 変更前: a->type = t;
    • ONEWノードaの型を、マップリテラル全体の型t(例: map[string]int)に設定していました。
  • 変更後: a->type = t->type;
    • ONEWノードaの型を、マップリテラル全体の型tの「要素の型」(t->type、例: int)に設定するように変更されました。
  • 影響: この修正は非常に重要です。マップの要素がヒープに割り当てられる際、その要素自体の正確な型情報がONEWノードに付与されるようになりました。これにより、コンパイラはマップの各要素に対して正しいメモリサイズとアライメントを考慮したヒープ割り当てを行い、ガベージコレクションも正確に動作するようになります。例えば、マップの値が構造体や他の複合型である場合、この変更によってそれらの値が正しくヒープに配置されることが保証されます。これは、マップの内部実装の正確性と効率性を向上させるための重要なバグ修正または改善です。

関連リンク

参考にした情報源リンク