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[インデックス 1369] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラの初期段階におけるsrc/cmd/gc/walk.cファイルに対する変更です。src/cmd/gc/walk.cは、Goコンパイラの「walk」フェーズを担う重要なコンポーネントでした。Goコンパイラが主にC言語で書かれていた時期に、このファイルはコンパイラのミドルエンドにおいて、以下の主要な役割を担っていました。

  • 分解 (Decomposition): 複雑なステートメントをより単純な個々のステートメントに分解し、評価順序を管理し、必要に応じて一時変数を導入します。
  • 脱糖 (Desugaring): switchステートメント、マップ操作、チャネル操作などの高レベルなGo言語の構文を、より基本的な低レベルの操作やGoランタイムへの呼び出しに変換します。

このファイルは、コンパイル中にprint呼び出しをprintstringprintifaceのような特定の関数に変換するプロセスにも関与していました。現在、GoコンパイラはC言語からGo言語に大部分が翻訳されていますが、「walk」フェーズの概念と機能は引き継がれており、主にsrc/cmd/compile/internal/walk/のようなディレクトリ内のGoファイルで実装されています。

コミット

commit 78fc888e643eebbe812460506b978a052e930568
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date:   Thu Dec 18 21:15:26 2008 -0800

    another [] fix
    
    R=ken
    OCL=21566
    CL=21566

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/78fc888e643eebbe812460506b978a052e930568

元コミット内容

another [] fix

変更の背景

コミットメッセージ「another [] fix」は、この変更が配列またはスライスに関連する以前の修正の続きであることを示唆しています。Go言語の初期段階では、配列やスライスの型推論、メモリ割り当て、およびそれらの操作に関するコンパイラの挙動に、まだ多くの調整が必要でした。特に、コンパイラの「walk」フェーズでは、高レベルな言語構造を低レベルな中間表現に変換する際に、型の一貫性と正確性が極めて重要になります。

この特定の修正は、おそらく配列またはスライスに関連する一時変数の型が正しく設定されていなかった問題に対処しています。コンパイラが一時変数を導入する際、その変数の型が、それが表す元の式の型と正確に一致していることを保証する必要があります。もし型が誤っていると、後続のコンパイルフェーズで型ミスマッチエラーが発生したり、不正なコードが生成されたりする可能性があります。このコミットは、このような型関連の不整合を解消し、コンパイラの堅牢性を向上させることを目的としています。

前提知識の解説

Goコンパイラの「walk」フェーズ

Goコンパイラの「walk」フェーズは、コンパイルプロセスのミドルエンドに位置し、抽象構文木 (AST) を走査しながら、高レベルなGoの構文をより低レベルな中間表現に変換する役割を担います。このフェーズでは、以下のような処理が行われます。

  • 複雑な式の分解: 複数の操作を含む複雑な式を、より単純な一連の操作に分解します。例えば、a[i] = b + cのような式は、b + cを計算して一時変数に格納し、その一時変数をa[i]に代入するといった複数のステップに分解されます。
  • 一時変数の導入: 上記の分解処理や、関数呼び出しの引数評価順序の保証などのために、コンパイラが内部的に使用する一時変数を導入します。
  • 言語機能の脱糖: for-rangeループ、selectステートメント、マップ操作、チャネル操作など、Go言語の特定の高レベルな機能を、より基本的な操作やランタイム関数呼び出しに変換します。
  • 型チェックと型伝播: 式や変数の型が正しいことを確認し、必要に応じて型情報を伝播させます。

src/cmd/gc/walk.c

このファイルは、Goコンパイラの初期バージョンにおいて、上記の「walk」フェーズのロジックを実装していました。gcは「Go compiler」の略であり、cmdはコマンドラインツールを意味します。walk.cはC言語で書かれており、Go言語のソースコードを解析して生成されたASTを操作し、最終的な機械語コード生成のための準備を行っていました。

Goにおける配列とスライス

Go言語には、固定長で値型の「配列 (array)」と、可変長で参照型の「スライス (slice)」という2つの主要なシーケンス型があります。

  • 配列: [N]Tのように宣言され、要素数Nがコンパイル時に固定されます。配列は値型であり、代入や関数への引数渡しでは値がコピーされます。
  • スライス: []Tのように宣言され、基盤となる配列の一部を参照します。スライスは参照型であり、長さ (length)、容量 (capacity)、および基盤配列へのポインタから構成されます。スライスは動的なサイズ変更が可能であり、Goプログラミングにおいて配列よりも頻繁に使用されます。

コンパイラは、これらの型の特性を正確に理解し、適切なコードを生成する必要があります。特に、スライス操作(インデックスアクセス、スライス作成、追加など)は、内部的に複雑なポインタ操作やメモリ管理を伴うため、コンパイラによる正確な処理が不可欠です。

コンパイラにおける型システムと型推論

コンパイラは、プログラムの各変数や式の型を追跡し、型規則に違反がないかを確認します。Goのような静的型付け言語では、コンパイル時に型が決定されるため、型の一貫性はプログラムの正しさを保証する上で非常に重要です。コンパイラは、明示的な型宣言だけでなく、文脈から型を推論する能力(型推論)も持っています。一時変数を導入する際も、その変数がどのような型の値を保持するのかを正確に決定し、その型を割り当てる必要があります。

技術的詳細

このコミットは、src/cmd/gc/walk.c内のloopラベルが付いたコードブロック内で、一時変数の型設定に関する修正を行っています。

変更前のコード:

nnew->type = nvar->type;

変更後のコード:

nnew->type = n->left->type;

この変更は、nnewという新しいノード(おそらく一時変数を表す)の型を設定する際に、nvarの型ではなく、n->leftの型を使用するように修正しています。

  • n: 現在処理中の抽象構文木 (AST) のノード。
  • n->left: nノードの左の子ノード。文脈から、これは配列またはスライスのインデックスアクセス(例: a[i]aの部分)や、何らかのポインタ操作の基底となる式を表している可能性が高いです。
  • nvar: tempname関数によって生成された一時変数を表すノード。tempnameは、一時変数の名前と型を生成する関数です。ptrto(n->left->type)は、n->leftの型へのポインタ型を生成していることを示唆しています。
  • nnew: nod(ONEW, N, N)によって作成された新しいノード。ONEWは、新しいメモリ割り当てまたは新しいオブジェクトの作成に関連する操作を表すオペレータである可能性があります。このnnewノードは、n->leftが指すデータ構造の新しいインスタンス、またはその要素を表す一時的な値を保持するために使用されると考えられます。

問題は、nnewの型をnvarの型(つまり、n->leftの型へのポインタ型)に設定していた点にありました。しかし、nnewが実際に保持すべきは、ポインタが指す先の値、つまりn->leftが表す元の式の型そのものでした。

例えば、a[i]のような配列/スライス要素へのアクセスを考えてみましょう。 n->lefta(配列/スライス変数)を表し、その型が[]int(整数のスライス)であるとします。 nvarは、aへのポインタ型(例: *[]int)を持つ一時変数として生成されるかもしれません。 しかし、nnewが表すのは、a[i]というインデックスアクセスによって得られる「要素」の値(この場合はint型)です。

したがって、nnew->type = nvar->type;とすると、nnewの型が*[]intのようなポインタ型になってしまい、int型であるべきa[i]の要素の型とミスマッチが発生します。 これをnnew->type = n->left->type;に修正することで、nnewの型が[]int(スライス型)となり、newcompat関数によって、スライスの要素型(int)に適切に調整されるか、あるいはnnewがスライスそのものを表す場合に正しい型が設定されるようになります。

newcompat(nnew)は、ノードnnewの型を、そのコンテキストで互換性のある型に調整する関数であると推測されます。この関数は、型推論や型変換のロジックの一部として機能し、最終的な型の一貫性を保証します。

この修正により、Goコンパイラは配列やスライスに関連する一時変数の型をより正確に処理できるようになり、結果としてより堅牢で正しいコード生成が可能になりました。

コアとなるコードの変更箇所

--- a/src/cmd/gc/walk.c
+++ b/src/cmd/gc/walk.c
@@ -962,7 +962,7 @@ loop:
 			tempname(nvar, ptrto(n->left->type));
 
 			nnew = nod(ONEW, N, N);
-			nnew->type = nvar->type;
+			nnew->type = n->left->type;
 			nnew = newcompat(nnew);
 
 			nas = nod(OAS, nvar, nnew);

コアとなるコードの解説

変更はsrc/cmd/gc/walk.cファイルの964行目で行われています。

  • tempname(nvar, ptrto(n->left->type));:

    • tempname関数は、一時変数を作成するために使用されます。
    • nvarは、作成される一時変数を表すノードです。
    • ptrto(n->left->type)は、n->leftが持つ型へのポインタ型を生成します。これは、nvarn->leftが指すデータ構造へのポインタを保持するための一時変数であることを示唆しています。
  • nnew = nod(ONEW, N, N);:

    • nod関数は、新しいASTノードを作成します。
    • ONEWは、新しいオブジェクトの割り当てや初期化に関連するコンパイラ内部のオペレータです。
    • N, Nは、このノードが子ノードを持たないことを示します。
    • nnewは、この新しいノードへのポインタです。このノードは、n->leftが指すデータ構造の新しいインスタンス、またはその要素を表す一時的な値を保持するために使用されると考えられます。
  • - nnew->type = nvar->type; (変更前):

    • この行では、nnewノードの型を、一時変数nvarの型に設定していました。
    • 前述の通り、nvarの型はn->leftの型へのポインタ型(例: *[]int)であるため、nnewの型もポインタ型になってしまいます。これは、nnewが実際に保持すべき値の型(例: int)とは異なります。
  • + nnew->type = n->left->type; (変更後):

    • この行では、nnewノードの型を、n->leftノードの型に直接設定するように変更されました。
    • これにより、nnewの型は、n->leftが表す元の式(例えば、配列やスライスそのもの、またはその要素)の型と一致するようになります。例えば、n->left[]int型であれば、nnewの型も[]intとなります。これは、nnewがスライス要素の値を保持する場合や、スライス自体を操作する場合に正しい型を提供します。
  • nnew = newcompat(nnew);:

    • newcompat関数は、nnewノードの型を、そのコンテキストで互換性のある型に調整します。このステップは、型推論や型変換のロジックの一部として機能し、最終的な型の一貫性を保証します。例えば、nnewがスライス型として設定された後、newcompatがその要素型を考慮してさらに調整を行う可能性があります。
  • nas = nod(OAS, nvar, nnew);:

    • nod(OAS, ...)は、代入操作を表すASTノードを作成します。
    • OASは、代入オペレータです。
    • nvarnnewの値を代入する操作を表しています。これは、一時変数nvarに、nnewが表す値(おそらく新しいインスタンスや要素の値)を格納していることを示唆しています。

この修正は、Goコンパイラが配列やスライスに関連する一時変数の型を正確に推論し、設定するための重要なステップでした。これにより、コンパイラが生成するコードの型安全性が向上し、潜在的なバグが回避されました。

関連リンク

参考にした情報源リンク