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[インデックス 13740] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のツールチェインの一部であるARMアーキテクチャ向けリンカ cmd/5l における変更です。具体的には、GOARM 環境変数の値をコンパイルされたバイナリ内に runtime.goarm というシンボルとして埋め込む機能を追加しています。これにより、Goプログラムの実行時に、そのバイナリがどのARMバージョン向けにビルドされたかをランタイムが動的に認識できるようになります。

コミット

commit 88ba4de152c8d81f73a3d60f63dc79a140add33a
Author: Shenghou Ma <minux.ma@gmail.com>
Date:   Mon Sep 3 03:51:13 2012 +0800

    cmd/5l: embed $GOARM value into binary as runtime.goarm
    
    R=golang-dev, dave, rsc
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/6449127

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/88ba4de152c8d81f73a3d60f63dc79a140add33a

元コミット内容

このコミットの元の内容は、cmd/5l リンカが $GOARM 環境変数の値をバイナリに runtime.goarm として埋め込むように変更することです。これにより、Goプログラムのランタイムが、ビルド時に指定されたARMアーキテクチャのバージョン(GOARMの値)をプログラム実行時に取得できるようになります。

変更されたファイルは以下の2つです。

  • src/cmd/5l/l.h: goarm という新しいグローバル変数の宣言が追加されました。
  • src/cmd/5l/obj.c: main 関数内で GOARM 環境変数をパースし、その値を goarm 変数に格納するロジックが変更されました。また、この goarm の値を runtime.goarm というシンボルとしてバイナリに埋め込むコードが追加されました。

変更の背景

Go言語はクロスコンパイルを強力にサポートしており、異なるアーキテクチャ向けにバイナリをビルドすることが可能です。ARMアーキテクチャは、組み込みシステムからモバイルデバイスまで幅広く利用されており、そのバージョン(ARMv5, ARMv6, ARMv7など)によってサポートされる命令セットや機能(例: ハードウェア浮動小数点演算器の有無)が異なります。

GOARM 環境変数は、Goコンパイラとリンカに対して、ターゲットとするARMプロセッサのバージョンを指示するために使用されます。これにより、特定のARMバージョンに最適化されたコードを生成したり、そのバージョンで利用可能な特定の機能(例: VFPv3などの浮動小数点ユニット)を活用したりすることが可能になります。

このコミット以前は、リンカが GOARM の値を直接バイナリに埋め込むメカニズムがありませんでした。そのため、Goランタイムが実行時に自身のビルドターゲットARMバージョンを正確に知る方法が限られていました。ランタイムがこの情報を知ることは、特定のアーキテクチャに依存する最適化されたアセンブリコードの選択や、特定のハードウェア機能の利用可否判断など、ランタイムの動作を適切に調整するために重要です。

この変更の背景には、Goプログラムがより多様なARMデバイス上で効率的かつ正確に動作するための基盤を強化するという目的があります。特に、ランタイムが自身のビルド環境を認識することで、より堅牢でパフォーマンスの高い実行が可能になります。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、以下の概念についての基本的な知識が役立ちます。

  1. Go言語のクロスコンパイル: Goは、GOOS (オペレーティングシステム) と GOARCH (アーキテクチャ) 環境変数を設定することで、現在のシステムとは異なるOSやCPUアーキテクチャ向けのバイナリを簡単にビルドできます。GOARM は、GOARCH=arm の場合にさらに詳細なARMバージョンを指定するために使用されます。

  2. リンカ (Linker): リンカは、コンパイラによって生成されたオブジェクトファイル(.o ファイルなど)を結合し、必要なライブラリとリンクして、実行可能なバイナリ(またはライブラリ)を生成するプログラムです。リンカの主な役割は、シンボル解決(あるオブジェクトファイルで定義された関数や変数を、別のオブジェクトファイルから参照できるようにする)と、最終的な実行ファイルのレイアウトを決定することです。cmd/5l はGoツールチェインにおけるARMアーキテクチャ向けのリンカです。

  3. シンボル (Symbol): プログラミングにおいて、シンボルは変数、関数、ラベルなどの名前を表します。コンパイルされたコードでは、これらのシンボルはメモリ上の特定のアドレスやデータに対応付けられます。リンカはこれらのシンボルを解決し、実行ファイル内でそれらがどこに配置されるかを決定します。

  4. 環境変数: オペレーティングシステムが提供する動的な名前付きの値で、プログラムの動作に影響を与えるために使用されます。GOARM はGoツールチェインが利用する環境変数の一つです。

  5. Goランタイム (Go Runtime): Goプログラムは、Goランタイムと呼ばれる軽量な実行環境上で動作します。ランタイムは、ガベージコレクション、ゴルーチン管理、スケジューリング、メモリ割り当てなど、プログラムの実行に必要な多くの低レベルなタスクを処理します。ランタイムは、実行されるハードウェアの特性を認識し、それに応じて動作を調整することがあります。

  6. ARMアーキテクチャのバージョン: ARMプロセッサは、ARMv5, ARMv6, ARMv7, ARMv8など、複数のバージョンが存在します。これらのバージョンは、命令セット、パイプラインの深さ、浮動小数点ユニット(FPU)の有無や種類(VFPv3など)、SIMD命令(NEONなど)のサポートなど、様々な点で異なります。GOARM の値は、これらのバージョンに対応します(例: GOARM=5 はARMv5、GOARM=7 はARMv7)。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、リンカがビルド時に取得した GOARM の値を、実行可能なバイナリのデータセクションに「シンボル」として埋め込む点にあります。これにより、Goランタイムは実行時にこの埋め込まれた値を読み取り、自身の動作を調整することが可能になります。

具体的な変更点は以下の通りです。

  1. goarm 変数の導入: src/cmd/5l/l.hEXTERN int goarm; が追加されました。これは、GOARM 環境変数からパースされた整数値を保持するためのグローバル変数です。

  2. GOARM 環境変数のパースロジックの変更: src/cmd/5l/obj.cmain 関数内で、getenv("GOARM") を使って環境変数の値を取得する部分が変更されました。

    • 変更前は、GOARMnil でなく、かつ値が "5" である場合にのみ特定のデバッグフラグ (debug['F']) を設定していました。
    • 変更後は、GOARMnil でない場合は atoi(p) を使ってその値を整数に変換し goarm に格納します。GOARM が設定されていない場合は、goarm のデフォルト値を 7 に設定します。その後、goarm の値が 5 である場合にのみ debug['F'] を設定します。これにより、GOARM の値がより柔軟に扱えるようになりました。
  3. runtime.goarm シンボルへの値の埋め込み: src/cmd/5l/obj.cmain 関数内のリンカ処理の後半に、以下のコードが追加されました。

    // embed goarm to runtime.goarm
    s = lookup("runtime.goarm", 0);
    s->dupok = 1;
    adduint8(s, goarm);
    
    • lookup("runtime.goarm", 0): これはリンカの内部関数で、runtime.goarm という名前のシンボルを検索します。もし存在しない場合は新しく作成します。0 はおそらくシンボルのタイプやフラグに関連する引数です。
    • s->dupok = 1;: dupok は "duplicate OK" の略である可能性が高く、このシンボルが複数回定義されてもエラーとしない、またはリンカ自身が定義することを許可するフラグと考えられます。これは、runtime.goarm がGoランタイムのソースコード内で定義されるのではなく、リンカによって動的に生成される特殊なシンボルであることを示唆しています。
    • adduint8(s, goarm);: これは、goarm 変数の値を8ビットの符号なし整数として、s が指すシンボル(runtime.goarm)のデータセクションに追加するリンカの内部関数です。これにより、goarm の値が最終的な実行可能バイナリの一部として埋め込まれます。

この一連の変更により、Goプログラムが起動する際、Goランタイムは自身のバイナリ内の runtime.goarm シンボルから、ビルド時に指定されたARMバージョンを読み取ることができるようになります。この情報は、ランタイムが特定のARMバージョンに特化した最適化されたコードパスを選択したり、特定のハードウェア機能の有無を判断したりするために利用されます。例えば、ハードウェア浮動小数点演算器が利用可能なARMv7向けにビルドされた場合、ランタイムはソフトウェアエミュレーションではなく、より高速なハードウェア浮動小数点演算を使用する決定を下すことができます。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットにおけるコアとなるコードの変更箇所は、src/cmd/5l/obj.c ファイルの main 関数内にある以下の部分です。

  1. GOARM 環境変数のパースと goarm 変数への代入ロジックの変更:

    --- a/src/cmd/5l/obj.c
    +++ b/src/cmd/5l/obj.c
    @@ -89,7 +90,11 @@ main(int argc, char *argv[])
     	
     	p = getenv("GOARM");
    -	if(p != nil && strcmp(p, "5") == 0)
    +	if(p != nil)
    +		goarm = atoi(p);
    +	else
    +		goarm = 7;
    +	if(goarm == 5)
     		debug['F'] = 1;
    
  2. runtime.goarm シンボルへの値の埋め込み:

    --- a/src/cmd/5l/obj.c
    +++ b/src/cmd/5l/obj.c
    @@ -243,6 +248,11 @@ main(int argc, char *argv[])
     	cbp = buf.cbuf;
     	cbc = sizeof(buf.cbuf);
     
    +	// embed goarm to runtime.goarm
    +	s = lookup("runtime.goarm", 0);
    +	s->dupok = 1;
    +	adduint8(s, goarm);
    +
     	addlibpath("command line", "command line", argv[0], "main");
     	loadlib();
    

また、src/cmd/5l/l.hgoarm 変数の宣言が追加されています。

--- a/src/cmd/5l/l.h
+++ b/src/cmd/5l/l.h
@@ -307,6 +307,7 @@ EXTERN	Prog	zprg;
 EXTERN	int	dtype;
 EXTERN	int	tlsoffset;
 EXTERN	int	armsize;
+EXTERN	int	goarm;
 
 extern	char*	anames[];
 extern	Optab	optab[];

コアとなるコードの解説

src/cmd/5l/l.h の変更

EXTERN int goarm; の追加は、goarm という名前の整数型グローバル変数を宣言しています。EXTERN キーワードは、この変数が他のファイルで定義されていることを示唆しており、ここでは obj.c で定義され、他のリンカのモジュールからアクセス可能になることを意図しています。この変数は、GOARM 環境変数から取得したARMバージョン番号を保持するために使用されます。

src/cmd/5l/obj.c の変更

  1. GOARM 環境変数の処理の改善:

    • p = getenv("GOARM");GOARM 環境変数の値を取得します。
    • if(p != nil) goarm = atoi(p); else goarm = 7; の部分で、GOARM が設定されていればその値を整数に変換して goarm に代入します。設定されていなければ、デフォルト値として 7 (ARMv7) を goarm に代入します。これにより、以前の "5" (ARMv5) のみのチェックから、より汎用的な数値のパースとデフォルト値の設定が可能になりました。
    • if(goarm == 5) debug['F'] = 1; は、goarm の値が 5 の場合にのみ特定のデバッグフラグを設定するロジックです。これは、ARMv5に特有のデバッグ動作が必要な場合に対応しています。
  2. runtime.goarm シンボルへの値の埋め込み: このセクションは、Goバイナリに GOARM の値を永続的に埋め込むための最も重要な部分です。

    • s = lookup("runtime.goarm", 0);: リンカの内部関数 lookup を使用して、runtime.goarm という名前のシンボルを検索または作成します。このシンボルは、Goランタイムが実行時に自身のビルドターゲットARMバージョンを識別するために使用されます。
    • s->dupok = 1;: dupok フラグを 1 に設定します。これは、このシンボルがリンカによって生成される特殊なシンボルであり、他の場所で重複して定義されても問題ないことをリンカに指示している可能性があります。これにより、リンカがこのシンボルを適切に処理し、最終的なバイナリに含めることができます。
    • adduint8(s, goarm);: リンカの内部関数 adduint8 を使用して、goarm 変数に格納されているARMバージョン番号を、runtime.goarm シンボルに関連付けられたデータとして追加します。adduint8 は、値を8ビットの符号なし整数として埋め込むことを意味します。これにより、goarm の値がバイナリのデータセクションに格納され、Goランタイムが実行時にこの値を読み取れるようになります。

これらの変更により、Goプログラムはビルド時に指定されたARMバージョン情報をバイナリ内に持ち、実行時にその情報に基づいて適切な動作を選択できるようになります。これは、Goプログラムが多様なARMデバイス上でより効率的かつ正確に動作するための重要な改善です。

関連リンク

  • Go言語のクロスコンパイルに関する公式ドキュメントやブログ記事
  • Go言語のリンカ (cmd/link) に関するドキュメントやソースコード
  • ARMアーキテクチャのバージョンと命令セットに関する情報

参考にした情報源リンク

このコミットは、Go言語のツールチェインの一部であるARMアーキテクチャ向けリンカ cmd/5l における変更です。具体的には、GOARM 環境変数の値をコンパイルされたバイナリ内に runtime.goarm というシンボルとして埋め込む機能を追加しています。これにより、Goプログラムの実行時に、そのバイナリがどのARMバージョン向けにビルドされたかをランタイムが動的に認識できるようになります。

コミット

commit 88ba4de152c8d81f73a3d60f63dc79a140add33a
Author: Shenghou Ma <minux.ma@gmail.com>
Date:   Mon Sep 3 03:51:13 2012 +0800

    cmd/5l: embed $GOARM value into binary as runtime.goarm
    
    R=golang-dev, dave, rsc
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/6449127

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/88ba4de152c8d81f73a3d60f63dc79a140add33a

元コミット内容

このコミットの元の内容は、cmd/5l リンカが $GOARM 環境変数の値をバイナリに runtime.goarm として埋め込むように変更することです。これにより、Goプログラムのランタイムが、ビルド時に指定されたARMアーキテクチャのバージョン(GOARMの値)をプログラム実行時に取得できるようになります。

変更されたファイルは以下の2つです。

  • src/cmd/5l/l.h: goarm という新しいグローバル変数の宣言が追加されました。
  • src/cmd/5l/obj.c: main 関数内で GOARM 環境変数をパースし、その値を goarm 変数に格納するロジックが変更されました。また、この goarm の値を runtime.goarm というシンボルとしてバイナリに埋め込むコードが追加されました。

変更の背景

Go言語はクロスコンパイルを強力にサポートしており、異なるアーキテクチャ向けにバイナリをビルドすることが可能です。ARMアーキテクチャは、組み込みシステムからモバイルデバイスまで幅広く利用されており、そのバージョン(ARMv5, ARMv6, ARMv7など)によってサポートされる命令セットや機能(例: ハードウェア浮動小数点演算器の有無)が異なります。

GOARM 環境変数は、Goコンパイラとリンカに対して、ターゲットとするARMプロセッサのバージョンを指示するために使用されます。これにより、特定のARMバージョンに最適化されたコードを生成したり、そのバージョンで利用可能な特定の機能(例: VFPv3などの浮動小数点ユニット)を活用したりすることが可能になります。

このコミット以前は、リンカが GOARM の値を直接バイナリに埋め込むメカニズムがありませんでした。そのため、Goランタイムが実行時に自身のビルドターゲットARMバージョンを正確に知る方法が限られていました。ランタイムがこの情報を知ることは、特定のアーキテクチャに依存する最適化されたアセンブリコードの選択や、特定のハードウェア機能の利用可否判断など、ランタイムの動作を適切に調整するために重要です。

この変更の背景には、Goプログラムがより多様なARMデバイス上で効率的かつ正確に動作するための基盤を強化するという目的があります。特に、ランタイムが自身のビルド環境を認識することで、より堅牢でパフォーマンスの高い実行が可能になります。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、以下の概念についての基本的な知識が役立ちます。

  1. Go言語のクロスコンパイル: Goは、GOOS (オペレーティングシステム) と GOARCH (アーキテクチャ) 環境変数を設定することで、現在のシステムとは異なるOSやCPUアーキテクチャ向けのバイナリを簡単にビルドできます。GOARM は、GOARCH=arm の場合にさらに詳細なARMバージョンを指定するために使用されます。

  2. リンカ (Linker): リンカは、コンパイラによって生成されたオブジェクトファイル(.o ファイルなど)を結合し、必要なライブラリとリンクして、実行可能なバイナリ(またはライブラリ)を生成するプログラムです。リンカの主な役割は、シンボル解決(あるオブジェクトファイルで定義された関数や変数を、別のオブジェクトファイルから参照できるようにする)と、最終的な実行ファイルのレイアウトを決定することです。cmd/5l はGoツールチェインにおけるARMアーキテクチャ向けのリンカです。

  3. シンボル (Symbol): プログラミングにおいて、シンボルは変数、関数、ラベルなどの名前を表します。コンパイルされたコードでは、これらのシンボルはメモリ上の特定のアドレスやデータに対応付けられます。リンカはこれらのシンボルを解決し、実行ファイル内でそれらがどこに配置されるかを決定します。

  4. 環境変数: オペレーティングシステムが提供する動的な名前付きの値で、プログラムの動作に影響を与えるために使用されます。GOARM はGoツールチェインが利用する環境変数の一つです。

  5. Goランタイム (Go Runtime): Goプログラムは、Goランタイムと呼ばれる軽量な実行環境上で動作します。ランタイムは、ガベージコレクション、ゴルーチン管理、スケジューリング、メモリ割り当てなど、プログラムの実行に必要な多くの低レベルなタスクを処理します。ランタイムは、実行されるハードウェアの特性を認識し、それに応じて動作を調整することがあります。

  6. ARMアーキテクチャのバージョン: ARMプロセッサは、ARMv5, ARMv6, ARMv7, ARMv8など、複数のバージョンが存在します。これらのバージョンは、命令セット、パイプラインの深さ、浮動小数点ユニット(FPU)の有無や種類(VFPv3など)、SIMD命令(NEONなど)のサポートなど、様々な点で異なります。GOARM の値は、これらのバージョンに対応します(例: GOARM=5 はARMv5、GOARM=7 はARMv7)。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、リンカがビルド時に取得した GOARM の値を、実行可能なバイナリのデータセクションに「シンボル」として埋め込む点にあります。これにより、Goランタイムは実行時にこの埋め込まれた値を読み取り、自身の動作を調整することが可能になります。

具体的な変更点は以下の通りです。

  1. goarm 変数の導入: src/cmd/5l/l.hEXTERN int goarm; が追加されました。これは、GOARM 環境変数からパースされた整数値を保持するためのグローバル変数です。

  2. GOARM 環境変数のパースロジックの変更: src/cmd/5l/obj.cmain 関数内で、getenv("GOARM") を使って環境変数の値を取得する部分が変更されました。

    • 変更前は、GOARMnil でなく、かつ値が "5" である場合にのみ特定のデバッグフラグ (debug['F']) を設定していました。
    • 変更後は、GOARMnil でない場合は atoi(p) を使ってその値を整数に変換し goarm に格納します。GOARM が設定されていない場合は、goarm のデフォルト値を 7 に設定します。その後、goarm の値が 5 である場合にのみ debug['F'] を設定します。これにより、GOARM の値がより柔軟に扱えるようになりました。
  3. runtime.goarm シンボルへの値の埋め込み: src/cmd/5l/obj.cmain 関数内のリンカ処理の後半に、以下のコードが追加されました。

    // embed goarm to runtime.goarm
    s = lookup("runtime.goarm", 0);
    s->dupok = 1;
    adduint8(s, goarm);
    
    • lookup("runtime.goarm", 0): これはリンカの内部関数で、runtime.goarm という名前のシンボルを検索します。もし存在しない場合は新しく作成します。0 はおそらくシンボルのタイプやフラグに関連する引数です。
    • s->dupok = 1;: dupok は "duplicate OK" の略である可能性が高く、このシンボルが複数回定義されてもエラーとしない、またはリンカ自身が定義することを許可するフラグと考えられます。これは、runtime.goarm がGoランタイムのソースコード内で定義されるのではなく、リンカによって動的に生成される特殊なシンボルであることを示唆しています。
    • adduint8(s, goarm);: これは、goarm 変数の値を8ビットの符号なし整数として、s が指すシンボル(runtime.goarm)のデータセクションに追加するリンカの内部関数です。これにより、goarm の値が最終的な実行可能バイナリの一部として埋め込まれます。

この一連の変更により、Goプログラムが起動する際、Goランタイムは自身のバイナリ内の runtime.goarm シンボルから、ビルド時に指定されたARMバージョンを読み取ることができるようになります。この情報は、ランタイムが特定のARMバージョンに特化した最適化されたコードパスを選択したり、特定のハードウェア機能の有無を判断したりするために利用されます。例えば、ハードウェア浮動小数点演算器が利用可能なARMv7向けにビルドされた場合、ランタイムはソフトウェアエミュレーションではなく、より高速なハードウェア浮動小数点演算を使用する決定を下すことができます。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットにおけるコアとなるコードの変更箇所は、src/cmd/5l/obj.c ファイルの main 関数内にある以下の部分です。

  1. GOARM 環境変数のパースと goarm 変数への代入ロジックの変更:

    --- a/src/cmd/5l/obj.c
    +++ b/src/cmd/5l/obj.c
    @@ -89,7 +90,11 @@ main(int argc, char *argv[])
     	
     	p = getenv("GOARM");
    -	if(p != nil && strcmp(p, "5") == 0)
    +	if(p != nil)
    +		goarm = atoi(p);
    +	else
    +		goarm = 7;
    +	if(goarm == 5)
     		debug['F'] = 1;
    
  2. runtime.goarm シンボルへの値の埋め込み:

    --- a/src/cmd/5l/obj.c
    +++ b/src/cmd/5l/obj.c
    @@ -243,6 +248,11 @@ main(int argc, char *argv[])
     	cbp = buf.cbuf;
     	cbc = sizeof(buf.cbuf);
     
    +	// embed goarm to runtime.goarm
    +	s = lookup("runtime.goarm", 0);
    +	s->dupok = 1;
    +	adduint8(s, goarm);
    +
     	addlibpath("command line", "command line", argv[0], "main");
     	loadlib();
    

また、src/cmd/5l/l.hgoarm 変数の宣言が追加されています。

--- a/src/cmd/5l/l.h
+++ b/src/cmd/5l/l.h
@@ -307,6 +307,7 @@ EXTERN	Prog	zprg;
 EXTERN	int	dtype;
 EXTERN	int	tlsoffset;
 EXTERN	int	armsize;
+EXTERN	int	goarm;
 
 extern	char*	anames[];
 extern	Optab	optab[];

コアとなるコードの解説

src/cmd/5l/l.h の変更

EXTERN int goarm; の追加は、goarm という名前の整数型グローバル変数を宣言しています。EXTERN キーワードは、この変数が他のファイルで定義されていることを示唆しており、ここでは obj.c で定義され、他のリンカのモジュールからアクセス可能になることを意図しています。この変数は、GOARM 環境変数から取得したARMバージョン番号を保持するために使用されます。

src/cmd/5l/obj.c の変更

  1. GOARM 環境変数の処理の改善:

    • p = getenv("GOARM");GOARM 環境変数の値を取得します。
    • if(p != nil) goarm = atoi(p); else goarm = 7; の部分で、GOARM が設定されていればその値を整数に変換して goarm に代入します。設定されていなければ、デフォルト値として 7 (ARMv7) を goarm に代入します。これにより、以前の "5" (ARMv5) のみのチェックから、より汎用的な数値のパースとデフォルト値の設定が可能になりました。
    • if(goarm == 5) debug['F'] = 1; は、goarm の値が 5 の場合にのみ特定のデバッグフラグを設定するロジックです。これは、ARMv5に特有のデバッグ動作が必要な場合に対応しています。
  2. runtime.goarm シンボルへの値の埋め込み: このセクションは、Goバイナリに GOARM の値を永続的に埋め込むための最も重要な部分です。

    • s = lookup("runtime.goarm", 0);: リンカの内部関数 lookup を使用して、runtime.goarm という名前のシンボルを検索または作成します。このシンボルは、Goランタイムが実行時に自身のビルドターゲットARMバージョンを識別するために使用されます。
    • s->dupok = 1;: dupok フラグを 1 に設定します。これは、このシンボルがリンカによって生成される特殊なシンボルであり、他の場所で重複して定義されても問題ないことをリンカに指示している可能性があります。これにより、リンカがこのシンボルを適切に処理し、最終的なバイナリに含めることができます。
    • adduint8(s, goarm);: リンカの内部関数 adduint8 を使用して、goarm 変数に格納されているARMバージョン番号を、runtime.goarm シンボルに関連付けられたデータとして追加します。adduint8 は、値を8ビットの符号なし整数として埋め込むことを意味します。これにより、goarm の値がバイナリのデータセクションに格納され、Goランタイムが実行時にこの値を読み取れるようになります。

これらの変更により、Goプログラムはビルド時に指定されたARMバージョン情報をバイナリ内に持ち、実行時にその情報に基づいて適切な動作を選択できるようになります。これは、Goプログラムが多様なARMデバイス上でより効率的かつ正確に動作するための重要な改善です。

関連リンク

  • Go言語のクロスコンパイルに関する公式ドキュメントやブログ記事
  • Go言語のリンカ (cmd/link) に関するドキュメントやソースコード
  • ARMアーキテクチャのバージョンと命令セットに関する情報

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