[インデックス 15569] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリ container/heap
パッケージにおける整数オーバーフローのバグを修正するものです。具体的には、ヒープの down
操作中に子ノードのインデックス計算で発生しうる負の値へのオーバーフローを検出し、ヒープの整合性が損なわれるのを防ぎます。
コミット
commit d4a020dec1396ec162f95dd834b358da4a519355
Author: Stefan Nilsson <snilsson@nada.kth.se>
Date: Mon Mar 4 10:25:21 2013 -0500
container/heap: fix int overflow bug
R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7450052
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/d4a020dec1396ec162f95dd834b358da4a519355
元コミット内容
container/heap: fix int overflow bug
R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7450052
変更の背景
この変更は、Go言語の container/heap
パッケージにおいて、ヒープ操作中に発生しうる整数オーバーフローの潜在的なバグを修正するために導入されました。ヒープデータ構造では、親ノードと子ノードのインデックスを計算する際に、通常 2*i + 1
や 2*i + 2
のような算術演算が使用されます。Go言語の int
型は、システムアーキテクチャ(32ビットまたは64ビット)によってその最大値が異なります。
問題は、i
の値が非常に大きい場合、2*i + 1
の計算結果が int
型の最大値を超えてしまい、負の値として表現される「整数オーバーフロー」が発生する可能性があったことです。ヒープの down
操作(要素を下に移動させてヒープのプロパティを維持する操作)では、子ノードのインデックス j1
が計算されます。もし j1
がオーバーフローして負の値になった場合、既存の j1 >= n
(ここで n
はヒープのサイズ) という条件だけでは、この不正なインデックスを適切に検出できませんでした。負のインデックスは配列の範囲外アクセスを引き起こし、プログラムのクラッシュや予期せぬ動作につながる可能性があります。
このバグは、非常に大きなヒープサイズを扱う場合にのみ顕在化する可能性がありましたが、堅牢なライブラリとしてはこのようなエッジケースも適切に処理する必要があります。この修正は、このような稀な状況下でのプログラムの安定性と信頼性を向上させることを目的としています。
前提知識の解説
ヒープ (Heap)
ヒープは、ツリーベースのデータ構造であり、ヒーププロパティと呼ばれる特定の条件を満たします。
- 最小ヒープ (Min-Heap): 各ノードの値は、その子ノードの値よりも小さいか等しい。
- 最大ヒープ (Max-Heap): 各ノードの値は、その子ノードの値よりも大きいか等しい。
Go言語の container/heap
パッケージは、最小ヒープとして実装されており、sort.Interface
を満たす任意の型で動作します。ヒープは、優先度キューの実装によく使用されます。
ヒープの操作
ヒープの主要な操作には以下のものがあります。
- Push: ヒープに新しい要素を追加します。
- Pop: ヒープのルート要素(最小値または最大値)を削除し、返します。
- Remove: ヒープから任意の要素を削除します。
- Fix: ヒープ内の要素が変更された場合に、ヒーププロパティを再確立します。
これらの操作の内部では、ヒーププロパティを維持するために up
および down
という補助関数が使用されます。
up
操作: 新しく追加された要素や値が減少した要素が、親ノードよりも小さい(最小ヒープの場合)場合に、その要素をツリーの上方に移動させてヒーププロパティを回復します。down
操作: ルート要素が削除された後や、値が増加した要素が子ノードよりも大きい(最小ヒープの場合)場合に、その要素をツリーの下方に移動させてヒーププロパティを回復します。このコミットで修正されたのは、このdown
操作内のバグです。
整数オーバーフロー (Integer Overflow)
整数オーバーフローは、算術演算の結果が、そのデータ型で表現できる最大値を超えた場合に発生する現象です。多くのプログラミング言語では、整数型は固定されたビット数で表現されます。例えば、32ビット符号付き整数(int32
)の最大値は約20億です。この最大値を超える計算を行うと、値が「ラップアラウンド」して、最小値(負の値)に戻ってしまうことがあります。
例:
int
型が8ビット符号付き整数(-128から127)であると仮定します。
127 + 1
は 128
ですが、8ビット符号付き整数では 127
が最大値なので、オーバーフローして -128
になります。
Go言語の int
型は、実行環境のCPUアーキテクチャに依存し、32ビットシステムでは32ビット、64ビットシステムでは64ビットの符号付き整数として扱われます。そのため、32ビットシステムで非常に大きなインデックスを扱う場合に、2*i + 1
の計算がオーバーフローする可能性がありました。
技術的詳細
このバグは、container/heap
パッケージの down
関数内で、左の子ノードのインデックス j1
を計算する際に発生する可能性がありました。
元のコード:
j1 := 2*i + 1
if j1 >= n {
break
}
ここで、i
は現在のノードのインデックス、n
はヒープの要素数です。
もし i
が非常に大きな値(例えば、int
型の最大値の約半分を超える値)であった場合、2*i + 1
の計算が int
型の最大値を超えてしまい、結果として j1
が負の値になることがありました。
例えば、32ビットシステムで int
が32ビット符号付き整数であると仮定します。
int
の最大値は 2,147,483,647
です。
もし i
が 1,073,741,824
(約 2^30
) であった場合、
2 * 1,073,741,824 + 1 = 2,147,483,648 + 1 = 2,147,483,649
となります。
この値は int
の最大値を超えているため、オーバーフローが発生し、j1
は負の値(例えば -2,147,483,647
など)になります。
元の if j1 >= n
という条件では、j1
が負の値になった場合でも、n
が正の値であれば j1 >= n
は false
となり、ループが継続してしまいます。これにより、負のインデックス j1
を使用して配列アクセスが行われ、ランタイムパニック(index out of range
)やメモリ破壊などの深刻な問題を引き起こす可能性がありました。
修正は、このオーバーフローによって j1
が負の値になった場合も適切に検出するために、j1 < 0
という条件を追加しました。
修正後のコード:
j1 := 2*i + 1
if j1 >= n || j1 < 0 { // j1 < 0 after int overflow
break
}
この変更により、j1
がヒープの範囲外である(j1 >= n
)か、または整数オーバーフローによって不正な負の値になった(j1 < 0
)かのいずれかの条件が満たされた場合に、down
操作のループが安全に終了するようになります。これにより、不正なインデックスアクセスが防止され、ヒープ操作の堅牢性が向上します。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/pkg/container/heap/heap.go
+++ b/src/pkg/container/heap/heap.go
@@ -90,7 +90,7 @@ func up(h Interface, j int) {
func down(h Interface, i, n int) {
for {
j1 := 2*i + 1
- if j1 >= n {
+ if j1 >= n || j1 < 0 { // j1 < 0 after int overflow
break
}
j := j1 // left child
コアとなるコードの解説
変更は src/pkg/container/heap/heap.go
ファイルの down
関数内で行われています。
j1 := 2*i + 1
: この行は、現在のノードi
の左の子ノードのインデックスj1
を計算しています。ヒープは配列で表現されることが多く、この計算は一般的なものです。- if j1 >= n {
: 修正前の条件です。j1
がヒープのサイズn
以上であれば、それは子ノードが存在しないか、ヒープの範囲外であることを意味するため、ループを終了していました。+ if j1 >= n || j1 < 0 { // j1 < 0 after int overflow
: 修正後の条件です。既存のj1 >= n
に加えて、j1 < 0
という条件が追加されました。このj1 < 0
は、2*i + 1
の計算が整数オーバーフローを起こし、j1
が負の値になった場合にtrue
となります。コメント// j1 < 0 after int overflow
が、この追加された条件の意図を明確に示しています。この修正により、オーバーフローによる不正なインデックスアクセスが未然に防がれます。
この変更は、Go言語の int
型が固定長であり、オーバーフローが発生しうるという特性を考慮した、堅牢性向上のための重要な修正です。
関連リンク
参考にした情報源リンク
- Go CL 7450052: container/heap: fix int overflow bug (このコミットのChange-IDページ)
- GoDoc: container/heap package
- Wikipedia: ヒープ (データ構造)
- Wikipedia: 整数オーバーフロー
- Go言語のint型について (Go言語の
int
型の特性に関する一般的な情報) [WebFetchTool] Full response for prompt "Summarize the content of https://golang.org/cl/745...": { "candidates": [ { "content": { "role": "model", "parts": [ { "text": "I am sorry, but I was unable to access the content of the provided URL. This could be due to various reasons such as paywalls, login requirements, or other access restrictions." } ] }, "finishReason": "STOP", "groundingMetadata": {}, "urlContextMetadata": { "urlMetadata": [ { "retrievedUrl": "https://golang.org/cl/7450052", "urlRetrievalStatus": "URL_RETRIEVAL_STATUS_ERROR" } ] } } ], "usageMetadata": { "promptTokenCount": 4216, "candidatesTokenCount": 37, "totalTokenCount": 4332, "trafficType": "PROVISIONED_THROUGHPUT", "promptTokensDetails": [ { "modality": "TEXT", "tokenCount": 4216 } ], "candidatesTokensDetails": [ { "modality": "TEXT", "tokenCount": 37 } ], "toolUsePromptTokenCount": 50, "thoughtsTokenCount": 79 } }
[インデックス 15569] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリ container/heap
パッケージにおける整数オーバーフローのバグを修正するものです。具体的には、ヒープの down
操作中に子ノードのインデックス計算で発生しうる負の値へのオーバーフローを検出し、ヒープの整合性が損なわれるのを防ぎます。
コミット
commit d4a020dec1396ec162f95dd834b358da4a519355
Author: Stefan Nilsson <snilsson@nada.kth.se>
Date: Mon Mar 4 10:25:21 2013 -0500
container/heap: fix int overflow bug
R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7450052
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/d4a020dec1396ec162f95dd834b358da4a519355
元コミット内容
container/heap: fix int overflow bug
R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7450052
変更の背景
この変更は、Go言語の container/heap
パッケージにおいて、ヒープ操作中に発生しうる整数オーバーフローの潜在的なバグを修正するために導入されました。ヒープデータ構造では、親ノードと子ノードのインデックスを計算する際に、通常 2*i + 1
や 2*i + 2
のような算術演算が使用されます。Go言語の int
型は、システムアーキテクチャ(32ビットまたは64ビット)によってその最大値が異なります。
問題は、i
の値が非常に大きい場合、2*i + 1
の計算結果が int
型の最大値を超えてしまい、負の値として表現される「整数オーバーフロー」が発生する可能性があったことです。ヒープの down
操作(要素を下に移動させてヒープのプロパティを維持する操作)では、子ノードのインデックス j1
が計算されます。もし j1
がオーバーフローして負の値になった場合、既存の j1 >= n
(ここで n
はヒープのサイズ) という条件だけでは、この不正なインデックスを適切に検出できませんでした。負のインデックスは配列の範囲外アクセスを引き起こし、プログラムのクラッシュや予期せぬ動作につながる可能性があります。
このバグは、非常に大きなヒープサイズを扱う場合にのみ顕在化する可能性がありましたが、堅牢なライブラリとしてはこのようなエッジケースも適切に処理する必要があります。この修正は、このような稀な状況下でのプログラムの安定性と信頼性を向上させることを目的としています。
前提知識の解説
ヒープ (Heap)
ヒープは、ツリーベースのデータ構造であり、ヒーププロパティと呼ばれる特定の条件を満たします。
- 最小ヒープ (Min-Heap): 各ノードの値は、その子ノードの値よりも小さいか等しい。
- 最大ヒープ (Max-Heap): 各ノードの値は、その子ノードの値よりも大きいか等しい。
Go言語の container/heap
パッケージは、最小ヒープとして実装されており、sort.Interface
を満たす任意の型で動作します。ヒープは、優先度キューの実装によく使用されます。
ヒープの操作
ヒープの主要な操作には以下のものがあります。
- Push: ヒープに新しい要素を追加します。
- Pop: ヒープのルート要素(最小値または最大値)を削除し、返します。
- Remove: ヒープから任意の要素を削除します。
- Fix: ヒープ内の要素が変更された場合に、ヒーププロパティを再確立します。
これらの操作の内部では、ヒーププロパティを維持するために up
および down
という補助関数が使用されます。
up
操作: 新しく追加された要素や値が減少した要素が、親ノードよりも小さい(最小ヒープの場合)場合に、その要素をツリーの上方に移動させてヒーププロパティを回復します。down
操作: ルート要素が削除された後や、値が増加した要素が子ノードよりも大きい(最小ヒープの場合)場合に、その要素をツリーの下方に移動させてヒーププロパティを回復します。このコミットで修正されたのは、このdown
操作内のバグです。
整数オーバーフロー (Integer Overflow)
整数オーバーフローは、算術演算の結果が、そのデータ型で表現できる最大値を超えた場合に発生する現象です。多くのプログラミング言語では、整数型は固定されたビット数で表現されます。例えば、32ビット符号付き整数(int32
)の最大値は約20億です。この最大値を超える計算を行うと、値が「ラップアラウンド」して、最小値(負の値)に戻ってしまうことがあります。
例:
int
型が8ビット符号付き整数(-128から127)であると仮定します。
127 + 1
は 128
ですが、8ビット符号付き整数では 127
が最大値なので、オーバーフローして -128
になります。
Go言語の int
型は、実行環境のCPUアーキテクチャに依存し、32ビットシステムでは32ビット、64ビットシステムでは64ビットの符号付き整数として扱われます。そのため、32ビットシステムで非常に大きなインデックスを扱う場合に、2*i + 1
の計算がオーバーフローする可能性がありました。
技術的詳細
このバグは、container/heap
パッケージの down
関数内で、左の子ノードのインデックス j1
を計算する際に発生する可能性がありました。
元のコード:
j1 := 2*i + 1
if j1 >= n {
break
}
ここで、i
は現在のノードのインデックス、n
はヒープの要素数です。
もし i
が非常に大きな値(例えば、int
型の最大値の約半分を超える値)であった場合、2*i + 1
の計算が int
型の最大値を超えてしまい、結果として j1
が負の値になることがありました。
例えば、32ビットシステムで int
が32ビット符号付き整数であると仮定します。
int
の最大値は 2,147,483,647
です。
もし i
が 1,073,741,824
(約 2^30
) であった場合、
2 * 1,073,741,824 + 1 = 2,147,483,648 + 1 = 2,147,483,649
となります。
この値は int
の最大値を超えているため、オーバーフローが発生し、j1
は負の値(例えば -2,147,483,647
など)になります。
元の if j1 >= n
という条件では、j1
が負の値になった場合でも、n
が正の値であれば j1 >= n
は false
となり、ループが継続してしまいます。これにより、負のインデックス j1
を使用して配列アクセスが行われ、ランタイムパニック(index out of range
)やメモリ破壊などの深刻な問題を引き起こす可能性がありました。
修正は、このオーバーフローによって j1
が負の値になった場合も適切に検出するために、j1 < 0
という条件を追加しました。
修正後のコード:
j1 := 2*i + 1
if j1 >= n || j1 < 0 { // j1 < 0 after int overflow
break
}
この変更により、j1
がヒープの範囲外である(j1 >= n
)か、または整数オーバーフローによって不正な負の値になった(j1 < 0
)かのいずれかの条件が満たされた場合に、down
操作のループが安全に終了するようになります。これにより、不正なインデックスアクセスが防止され、ヒープ操作の堅牢性が向上します。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/pkg/container/heap/heap.go
+++ b/src/pkg/container/heap/heap.go
@@ -90,7 +90,7 @@ func up(h Interface, j int) {
func down(h Interface, i, n int) {
for {
j1 := 2*i + 1
- if j1 >= n {
+ if j1 >= n || j1 < 0 { // j1 < 0 after int overflow
break
}
j := j1 // left child
コアとなるコードの解説
変更は src/pkg/container/heap/heap.go
ファイルの down
関数内で行われています。
j1 := 2*i + 1
: この行は、現在のノードi
の左の子ノードのインデックスj1
を計算しています。ヒープは配列で表現されることが多く、この計算は一般的なものです。- if j1 >= n {
: 修正前の条件です。j1
がヒープのサイズn
以上であれば、それは子ノードが存在しないか、ヒープの範囲外であることを意味するため、ループを終了していました。+ if j1 >= n || j1 < 0 { // j1 < 0 after int overflow
: 修正後の条件です。既存のj1 >= n
に加えて、j1 < 0
という条件が追加されました。このj1 < 0
は、2*i + 1
の計算が整数オーバーフローを起こし、j1
が負の値になった場合にtrue
となります。コメント// j1 < 0 after int overflow
が、この追加された条件の意図を明確に示しています。この修正により、オーバーフローによる不正なインデックスアクセスが未然に防がれます。
この変更は、Go言語の int
型が固定長であり、オーバーフローが発生しうるという特性を考慮した、堅牢性向上のための重要な修正です。
関連リンク
参考にした情報源リンク
- Go CL 7450052: container/heap: fix int overflow bug (このコミットのChange-IDページ)
- GoDoc: container/heap package
- Wikipedia: ヒープ (データ構造)
- Wikipedia: 整数オーバーフロー
- Go言語のint型について (Go言語の
int
型の特性に関する一般的な情報)