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コミット
commit 1a427a697e9fce8bd3a12ae233bc6f751a406b9d
Author: Robert Griesemer <gri@golang.org>
Date: Thu Mar 28 08:46:17 2013 -0700
cmd/godoc: don't crash if there's no documentation
Fixes regression introduced by CL 7860049.
R=golang-dev, kamil.kisiel, dave
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/8069044
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/1a427a697e9fce8bd3a12ae233bc6f751a406b9d
元コミット内容
このコミットは、cmd/godoc
ツールがドキュメントが存在しない場合にクラッシュする問題を修正します。具体的には、以前の変更 (CL 7860049) によって導入されたリグレッションを修正することを目的としています。
変更の背景
Go言語の godoc
ツールは、Goのソースコードからドキュメントを生成し、表示するための非常に重要なユーティリティです。開発者はこれを使って、パッケージ、関数、型などのドキュメントを簡単に参照できます。
このコミットの背景には、godoc
が特定の条件下で予期せぬクラッシュを引き起こすという問題がありました。コミットメッセージによると、この問題は CL 7860049
という変更によって導入されたリグレッション(退行バグ)です。リグレッションとは、以前は正しく動作していた機能が、新しい変更によって動作しなくなることを指します。
godoc
は、指定されたパッケージやディレクトリのドキュメント情報を取得し、それを表示します。このプロセスにおいて、ドキュメント情報が全く存在しない、あるいは部分的にしか存在しないといったエッジケースが発生する可能性があります。以前の CL 7860049
は、おそらくドキュメント情報の処理ロジックに何らかの変更を加えた結果、このようなエッジケースで godoc
が適切にエラーを処理できず、クラッシュに至るようになったと考えられます。
このコミットは、godoc
の堅牢性を向上させ、ドキュメントが存在しない状況でも安定して動作するようにするための修正です。
前提知識の解説
godoc
ツール: Go言語に標準で付属するツールで、Goのソースコードからドキュメントを抽出し、HTML形式で表示したり、コマンドラインで参照したりするために使用されます。Goの標準ライブラリのドキュメントもgodoc
によって生成されています。CL
(Change List): Goプロジェクトにおける変更の単位です。Gitのコミットに相当しますが、Goプロジェクトでは Gerrit をコードレビューシステムとして使用しており、Gerrit上での変更のまとまりをChange-ID
と共にCL
と呼びます。CL 7860049
やCL 8069044
は、それぞれ特定の変更セットを指します。- リグレッション (Regression): ソフトウェア開発において、新しい変更が既存の機能に悪影響を与え、以前は正しく動作していた部分が動作しなくなるバグのことです。
info
およびcinfo
(ingodoc
):godoc
の内部で、info
とcinfo
はそれぞれ異なる種類のドキュメント情報を保持する構造体(またはそれに準ずるもの)であると推測されます。info
: おそらく、指定されたパス(ディレクトリまたはパッケージ)に関する主要なドキュメント情報(パッケージのAST、ドキュメントコメントなど)を保持します。cinfo
: おそらく、補完的な情報、例えばコマンドライン引数から得られる情報や、特定のコンテキストに依存する情報などを保持します。 これらはgodoc
がドキュメントを解析し、表示する際に、どの情報源を優先的に使用するかを決定するために用いられます。
IsEmpty()
メソッド:info
やcinfo
のようなドキュメント情報構造体が持つメソッドで、その構造体が有効なドキュメント情報を何も持っていない(空である)かどうかを判定するために使用されます。nil
(Go言語): Go言語におけるnil
は、ポインタ、インターフェース、マップ、スライス、チャネル、関数などのゼロ値を表します。ポインタがnil
であるということは、それが何も指していない状態を意味します。log.Fatalf()
: Go言語のlog
パッケージに含まれる関数で、フォーマットされた文字列を標準エラー出力に出力し、その後にos.Exit(1)
を呼び出してプログラムを終了させます。これは通常、回復不可能なエラーが発生した場合に使用されます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、godoc
がドキュメント情報を取得する際の nil
ポインタのチェックと、IsEmpty()
メソッドの呼び出し順序の変更にあります。
godoc
は、info
と cinfo
という2つの変数を使ってドキュメント情報を管理しています。これらの変数は、それぞれ異なるソースから取得されたドキュメント情報を表していると考えられます。
変更前のコードでは、info.IsEmpty()
や cinfo.IsEmpty()
のように、変数が nil
であるかどうかをチェックせずに直接 IsEmpty()
メソッドを呼び出していました。Go言語では、nil
ポインタに対してメソッドを呼び出すと、ランタイムパニック(クラッシュ)が発生します。
このリグレッションは、CL 7860049
が info
または cinfo
が nil
になる可能性のある新しいコードパスを導入したために発生したと考えられます。例えば、特定のパッケージやディレクトリにドキュメントが全く存在しない場合、info
や cinfo
が nil
のまま初期化されることがあったのかもしれません。その結果、IsEmpty()
が呼び出された際に nil
ポインタデリファレンスが発生し、godoc
がクラッシュしていました。
このコミットでは、この問題を解決するために、IsEmpty()
を呼び出す前に info == nil
または cinfo != nil
のチェックを追加しています。これにより、nil
ポインタに対してメソッドが呼び出されることを防ぎ、安全に処理を進めることができるようになります。
また、最後に if info == nil
のチェックを追加し、info
が最終的に nil
のままであれば、指定されたディレクトリやパッケージが存在しないことを示すエラーメッセージを出力して log.Fatalf
でプログラムを終了させるように変更されています。これは、ドキュメントが見つからないという状況を明確にエラーとして扱うための改善です。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/cmd/godoc/main.go
ファイルに集中しています。
--- a/src/cmd/godoc/main.go
+++ b/src/cmd/godoc/main.go
@@ -388,12 +388,12 @@ func main() {
}\n
// determine what to use
-\tif info.IsEmpty() {\n-\t\tif !cinfo.IsEmpty() {\n+\tif info == nil || info.IsEmpty() {\n+\t\tif cinfo != nil && !cinfo.IsEmpty() {\n \t\t\t// only cinfo exists - switch to cinfo
\t\t\tinfo = cinfo
\t\t}\n-\t} else if !cinfo.IsEmpty() {\n+\t} else if cinfo != nil && !cinfo.IsEmpty() {\n \t\t// both info and cinfo exist - use cinfo if info
\t\t// contains only subdirectory information
\t\tif info.PAst == nil && info.PDoc == nil {\n@@ -403,9 +403,13 @@ func main() {\n \t\t}\n \t}\n \n+\tif info == nil {\n+\t\tlog.Fatalf("%s: no such directory or package", flag.Arg(0))\n+\t}\n \tif info.Err != nil {\n \t\tlog.Fatalf("%v", info.Err)\n \t}\n+\n \tif info.PDoc != nil && info.PDoc.ImportPath == target {\n \t\t// Replace virtual /target with actual argument from command line.\n \t\tinfo.PDoc.ImportPath = flag.Arg(0)\n```
## コアとなるコードの解説
1. **`if info == nil || info.IsEmpty()`**:
* 変更前: `if info.IsEmpty() {`
* 変更後: `if info == nil || info.IsEmpty() {`
* この変更は、`info` が `nil` である可能性を考慮に入れています。`info` が `nil` の場合、`info.IsEmpty()` を呼び出すとパニックが発生します。`info == nil` を先にチェックすることで、`nil` ポインタデリファレンスを防ぎます。`||` (論理OR) 演算子の短絡評価により、`info` が `nil` であれば `info.IsEmpty()` は評価されません。
2. **`if cinfo != nil && !cinfo.IsEmpty()`**:
* 変更前: `if !cinfo.IsEmpty() {` (内側の `if` 文)
* 変更後: `if cinfo != nil && !cinfo.IsEmpty() {`
* これも同様に、`cinfo` が `nil` である可能性を考慮しています。`cinfo != nil` を先にチェックすることで、`nil` ポインタデリファレンスを防ぎます。`&&` (論理AND) 演算子の短絡評価により、`cinfo` が `nil` であれば `!cinfo.IsEmpty()` は評価されません。
3. **`else if cinfo != nil && !cinfo.IsEmpty()`**:
* 変更前: `} else if !cinfo.IsEmpty() {`
* 変更後: `} else if cinfo != nil && !cinfo.IsEmpty() {`
* ここでも、`cinfo` が `nil` である可能性に対するチェックが追加されています。
4. **`if info == nil { log.Fatalf(...) }` の追加**:
* この新しいブロックは、すべてのドキュメント情報取得ロジックが完了した後で、最終的に `info` がまだ `nil` である場合に実行されます。
* これは、指定されたディレクトリやパッケージが見つからなかったことを意味します。
* `log.Fatalf("%s: no such directory or package", flag.Arg(0))` を呼び出すことで、適切なエラーメッセージを出力し、プログラムを終了させます。これにより、`godoc` がドキュメントを見つけられなかった場合に、よりユーザーフレンドリーなエラーハンドリングが提供されます。
これらの変更により、`godoc` はドキュメント情報が `nil` である可能性のある状況でもクラッシュすることなく、適切にエラーを処理できるようになりました。
## 関連リンク
* Go言語の `godoc` コマンドに関する公式ドキュメント: [https://pkg.go.dev/cmd/godoc](https://pkg.go.dev/cmd/godoc)
* Go言語の `log` パッケージ: [https://pkg.go.dev/log](https://pkg.go.dev/log)
* Go言語の `nil` について: [https://go.dev/blog/nil](https://go.dev/blog/nil)
## 参考にした情報源リンク
* [https://github.com/golang/go/commit/1a427a697e9fce8bd3a12ae233bc6f751a406b9d](https://github.com/golang/go/commit/1a427a697e9fce8bd3a12ae233bc6f751a406b9d)
* Go言語の公式ドキュメントおよびパッケージリファレンス
* 一般的なGo言語のプログラミング知識
* Gerrit Code Review (Goプロジェクトが使用) に関する一般的な情報