[インデックス 16232] ファイルの概要
このドキュメントは、Go言語の標準ライブラリtime
パッケージにおけるテストコードの改善に関するコミット489addd2250eca20608588197acc730cef23f9e9e
について、その技術的な詳細と背景を包括的に解説します。
コミット
- コミットハッシュ:
489addd250eca20608588197acc730cef23f9e9e
- 作者: Dmitriy Vyukov dvyukov@google.com
- コミット日時: 2013年4月26日 金曜日 11:08:50 +0400
- 変更ファイル:
src/pkg/time/sleep_test.go
- 変更概要:
time
パッケージのテストにおいて、1ナノ秒タイマーを停止するように修正。
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/489addd250eca20608588197acc730cef23f9e9e
元コミット内容
time: stop 1ns timer in test
R=golang-dev, adg, r
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/8819046
変更の背景
このコミットは、Go言語のtime
パッケージ内のsleep_test.go
ファイルにあるTestAfterStress
関数におけるテストの改善を目的としています。元のコードでは、time.Tick(1)
を使用して1ナノ秒間隔のタイマーを作成し、そのチャネルから100回読み取っていました。しかし、time.Tick
関数は内部的にtime.NewTicker
を使用していますが、Tick
が返すチャネルは明示的に停止(Stop()
)する手段を提供しません。これにより、テストが終了した後もタイマーがバックグラウンドで動作し続け、リソースを消費したり、テストの実行環境に予期せぬ影響を与えたりする可能性がありました。
特に、非常に短い間隔(1ナノ秒)でタイマーを動作させる場合、そのタイマーが適切にクリーンアップされないと、システムリソースの無駄遣いや、場合によってはテストの不安定性(例えば、テストスイート全体の実行時間に影響を与えるなど)につながる可能性があります。このコミットは、テストのクリーンアップを確実に行い、リソースリークを防ぐことを目的としています。
前提知識の解説
Go言語のtime
パッケージ
Go言語のtime
パッケージは、時間の測定、表示、およびタイマーやスケジューリング機能を提供します。主要な機能には以下のようなものがあります。
time.Duration
: 時間の長さを表す型。ナノ秒単位で表現されます。time.Sleep(d Duration)
: 指定された期間だけ現在のゴルーチンをスリープさせます。time.Tick(d Duration)
: 指定された期間d
ごとにイベントを送信するチャネルを返します。この関数はNewTicker
のラッパーですが、返されるチャネルは停止する手段を提供しません。time.NewTicker(d Duration)
: 指定された期間d
ごとにイベントを送信する*Ticker
オブジェクトを返します。Ticker
オブジェクトは、イベントを送信するチャネルC
と、タイマーを停止するためのStop()
メソッドを持ちます。Ticker.C
:NewTicker
が返す*Ticker
オブジェクトのフィールドで、イベントが送信されるチャネルです。Ticker.Stop()
:Ticker
によって開始されたタイマーを停止し、関連するリソースを解放します。Stop
が呼び出された後、チャネルC
は閉じられません。
ゴルーチンとチャネル
Go言語の並行処理の根幹をなすのがゴルーチンとチャネルです。
- ゴルーチン (Goroutine): Goランタイムによって管理される軽量なスレッドです。
go
キーワードを使って関数呼び出しの前に置くことで、新しいゴルーチンとして実行されます。 - チャネル (Channel): ゴルーチン間で値を安全に送受信するための通信メカニズムです。チャネルは型付けされており、特定の型の値のみを送受信できます。チャネルへの送信(
ch <- value
)と受信(<-ch
)は、デフォルトで同期的な操作であり、これによりゴルーチン間の同期が容易になります。
atomic
パッケージ
sync/atomic
パッケージは、低レベルのアトミックな操作を提供します。これにより、ミューテックスなどのより高レベルな同期プリミティブを使用せずに、共有変数へのアクセスを安全に行うことができます。
atomic.StoreUint32(&addr, val uint32)
:addr
が指すuint32
型の変数にval
をアトミックに書き込みます。この操作は、他のゴルーチンからの読み書きと競合することなく安全に行われます。
技術的詳細
このコミットの核心は、time.Tick
からtime.NewTicker
への変更と、それに伴うTicker.Stop()
の明示的な呼び出しです。
time.Tick
とtime.NewTicker
の違い
-
time.Tick(d Duration)
: これは利便性のための関数であり、内部的にはNewTicker
を呼び出してTicker.C
チャネルを返します。しかし、この関数はTicker
オブジェクト自体を返さないため、作成されたタイマーを後から停止する手段がありません。これは、プログラムのライフサイクル全体でタイマーが必要な場合や、タイマーが自動的にガベージコレクションされることが期待される場合に便利ですが、短期間のタイマーや、明示的なリソース管理が必要な場合には不適切です。Tick
によって作成されたタイマーは、参照されなくなるとガベージコレクションされますが、そのタイミングは保証されません。 -
time.NewTicker(d Duration)
: この関数は*time.Ticker
オブジェクトを返します。このオブジェクトには、タイマーイベントを受信するチャネルC
と、タイマーを停止するためのStop()
メソッドが含まれています。Stop()
を呼び出すことで、タイマーが使用していた内部リソース(例えば、タイマーイベントを生成するためのゴルーチン)を明示的に解放できます。これにより、リソースリークを防ぎ、プログラムの終了時にクリーンな状態を保つことができます。
TestAfterStress
関数における問題点と解決策
TestAfterStress
関数では、time.Tick(1)
で1ナノ秒間隔のタイマーを作成し、そのチャネルから100回読み取っていました。このテストの目的は、非常に短い間隔でのタイマーの動作をストレス下で確認することです。しかし、100回の読み取りが完了した後も、Tick(1)
によって作成されたタイマーはバックグラウンドで動作し続け、Stop()
が呼び出されないため、関連するゴルーチンやリソースが解放されませんでした。
このコミットでは、以下の変更によってこの問題を解決しています。
c := Tick(1)
をticker := NewTicker(1)
に変更。これにより、*time.Ticker
オブジェクトが取得できるようになります。- チャネルからの読み取りを
<-c
から<-ticker.C
に変更。これは、NewTicker
が返すTicker
オブジェクトのチャネルを使用するためです。 - ループの終了後に
ticker.Stop()
を呼び出し。これにより、テストが完了した後にタイマーが明示的に停止され、関連するリソースが解放されることが保証されます。
この変更により、TestAfterStress
関数はより堅牢になり、テスト実行後のリソースリークの可能性が排除されます。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/pkg/time/sleep_test.go
+++ b/src/pkg/time/sleep_test.go
@@ -60,10 +60,11 @@ func TestAfterStress(t *testing.T) {
Sleep(Nanosecond)
}()
- c := Tick(1)
+ ticker := NewTicker(1)
for i := 0; i < 100; i++ {
-\t\t<-c
+\t\t<-ticker.C
}
+\tticker.Stop()\n atomic.StoreUint32(&stop, 1)
}
コアとなるコードの解説
-
- c := Tick(1)
: 元のコードでは、time.Tick(1)
を呼び出して、1ナノ秒間隔でイベントを送信するチャネルc
を取得していました。前述の通り、Tick
はTicker
オブジェクトを返さないため、タイマーを明示的に停止する手段がありませんでした。 -
+ ticker := NewTicker(1)
: 変更後のコードでは、time.NewTicker(1)
を呼び出して、*time.Ticker
オブジェクトをticker
変数に格納しています。これにより、タイマーのチャネル(ticker.C
)だけでなく、タイマーを制御するためのStop()
メソッドも利用可能になります。 -
- <-c
: 元のコードでは、Tick
が返したチャネルc
からイベントを受信していました。 -
+ <-ticker.C
: 変更後のコードでは、NewTicker
が返したticker
オブジェクトのチャネルC
からイベントを受信しています。機能的には同じですが、ticker
オブジェクトを介してアクセスすることで、後続のStop()
呼び出しが可能になります。 -
+ ticker.Stop()
: これが最も重要な変更点です。for
ループが終了し、100回のタイマーイベントの受信が完了した後、ticker.Stop()
が呼び出されます。この呼び出しにより、NewTicker
によって内部的に起動されていたタイマーゴルーチンが停止され、関連するシステムリソースが解放されます。これにより、テストが終了した後もタイマーが不必要に動作し続けることがなくなり、リソースリークが防止されます。
この一連の変更により、TestAfterStress
関数は、タイマーを適切に管理し、テストの実行後にクリーンアップを行う、より堅牢でリソース効率の良いテストになりました。
関連リンク
- Go CL 8819046: https://golang.org/cl/8819046
- Go
time
パッケージのドキュメント: https://pkg.go.dev/time
参考にした情報源リンク
- Go
time
パッケージ公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/time - Go
sync/atomic
パッケージ公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/sync/atomic - A Tour of Go - Concurrency: https://go.dev/tour/concurrency/1
- Go by Example: Tickers: https://gobyexample.com/tickers
- Stack Overflow: What is the difference between time.Tick and time.NewTicker in Go?: https://stackoverflow.com/questions/20970929/what-is-the-difference-between-time-tick-and-time-newticker-in-go