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[インデックス 16633] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の標準ライブラリ crypto/sha1 パッケージ内の block 関数に対して、//go:noescape ディレクティブを追加するものです。これにより、コンパイラに対してこの関数がヒープエスケープを引き起こさないことを明示的に伝えます。

コミット

commit 793bb6cce763c8181a25190e41206b1786e849bd
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date:   Mon Jun 24 17:48:31 2013 -0700

    crypto/sha1: mark block as non-escaping
    The compiler still gets the escape analysis wrong, but the annotation here is correct.
    
    R=golang-dev, dave, bradfitz
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/10514046

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/793bb6cce763c8181a25190e41206b1786e849bd

元コミット内容

crypto/sha1: mark block as non-escaping The compiler still gets the escape analysis wrong, but the annotation here is correct.

このコミットメッセージは、crypto/sha1 パッケージの block 関数がヒープエスケープしないことを示すために、//go:noescape ディレクティブが追加されたことを示しています。また、当時のGoコンパイラの「エスケープ解析」がまだ完璧ではなく、このアノテーション(注釈)が必要であったことを示唆しています。

変更の背景

Go言語では、ガベージコレクションの効率を最大化するために、コンパイラが「エスケープ解析 (Escape Analysis)」と呼ばれる最適化を行います。エスケープ解析とは、変数がスタックに割り当てられるべきか、それともヒープに割り当てられるべきかを決定するプロセスです。

  • スタック割り当て: 関数内で宣言され、その関数の実行が終了すると不要になる変数は、通常スタックに割り当てられます。スタック割り当ては非常に高速で、ガベージコレクションのオーバーヘッドがありません。
  • ヒープ割り当て: 変数が関数のスコープを超えて参照され続ける可能性がある場合(例えば、ポインタが返される場合や、グローバル変数に代入される場合など)、その変数はヒープに割り当てられます。ヒープに割り当てられたオブジェクトはガベージコレクタによって管理され、不要になった時点で回収されます。

crypto/sha1 パッケージの block 関数は、SHA-1ハッシュ計算の内部処理を行う関数であり、通常、その引数や内部で一時的に使用されるデータは関数の実行中にのみ有効であり、外部にエスケープすることはありません。しかし、当時のGoコンパイラのエスケープ解析はまだ成熟しておらず、このようなケースでも誤ってヒープ割り当てを決定してしまうことがありました。

ヒープ割り当てはスタック割り当てに比べてパフォーマンスコストが高く、ガベージコレクションの頻度を増加させる可能性があります。特に、暗号化処理のようなパフォーマンスが重視されるコードでは、このようなオーバーヘッドは避けたいものです。

そこで、//go:noescape ディレクティブを導入することで、開発者がコンパイラに対して「この関数は引数や戻り値を通じてヒープエスケープを引き起こさない」というヒントを明示的に与え、コンパイラがより正確なエスケープ解析を行い、可能な限りスタック割り当てを選択するように促すことが目的でした。

前提知識の解説

Go言語のエスケープ解析 (Escape Analysis)

Goコンパイラは、プログラムの実行時に変数がどこにメモリ割り当てされるべきかを自動的に決定します。これがエスケープ解析です。

  • スタック (Stack): 関数呼び出しごとに確保されるメモリ領域で、ローカル変数や関数の引数などが一時的に格納されます。関数の終了とともに解放されるため、非常に高速です。
  • ヒープ (Heap): プログラム全体で共有されるメモリ領域で、動的に確保されます。ガベージコレクタによって管理され、不要になったメモリは自動的に解放されます。スタックに比べてアクセスが遅く、ガベージコレクションのオーバーヘッドが発生します。

エスケープ解析の目的は、可能な限り多くの変数をスタックに割り当てることで、ガベージコレクションの負荷を減らし、プログラムのパフォーマンスを向上させることです。

例えば、以下のコードを考えます。

func createLocal() int {
    x := 10
    return x
}

func createPointer() *int {
    y := 20
    return &y // yは関数のスコープ外にエスケープする可能性がある
}

createLocal 関数では、x はスタックに割り当てられます。関数の終了とともに x は不要になるためです。 一方、createPointer 関数では、y のアドレスが返されるため、y は関数のスコープを超えて参照される可能性があります。この場合、コンパイラは y をヒープに割り当てることを決定します。

//go:noescape ディレクティブ

//go:noescape は、Goコンパイラに対する特別な「プラグマ (pragma)」または「ディレクティブ (directive)」です。これは、特定の関数がその引数や戻り値を通じて、いかなる値もヒープにエスケープさせないことをコンパイラに保証するために使用されます。

このディレクティブは、主にアセンブリ言語で書かれた関数や、コンパイラがエスケープ解析を正確に行うのが難しい低レベルの関数に対して使用されます。開発者がこのディレクティブを付与することで、コンパイラはより積極的な最適化(例えば、引数をレジスタに保持するなど)を行うことができ、パフォーマンスの向上が期待できます。

ただし、このディレクティブは開発者による「保証」であり、もし実際にエスケープが発生する関数に //go:noescape を付与してしまうと、プログラムの動作が不安定になったり、メモリリークが発生したりする可能性があります。そのため、使用には細心の注意が必要です。

技術的詳細

このコミットは、crypto/sha1 パッケージ内の block 関数に //go:noescape ディレクティブを追加することで、コンパイラのエスケープ解析を補助し、パフォーマンスを向上させることを目的としています。

crypto/sha1 パッケージは、SHA-1ハッシュアルゴリズムを実装しており、データのハッシュ値を計算するために使用されます。ハッシュ計算は、大量のデータを処理することが多く、そのパフォーマンスは非常に重要です。

block 関数は、SHA-1アルゴリズムのコア部分であり、入力データを固定サイズのブロックに分割して処理します。この関数は、内部で一時的なバッファや変数を多用しますが、これらのデータは通常、関数の実行が終了すると不要になります。したがって、これらのデータがヒープに割り当てられるのではなく、高速なスタックに割り当てられることが望ましいです。

当時のGoコンパイラのエスケープ解析は、まだ発展途上であり、block 関数のような複雑なポインタ操作や配列スライスを扱う関数に対して、誤ってヒープエスケープを検出してしまうことがありました。これにより、本来スタックに割り当てられるべきデータがヒープに割り当てられ、ガベージコレクションのオーバーヘッドが増加し、SHA-1計算のパフォーマンスが低下する可能性がありました。

//go:noescape ディレクティブを block 関数に付与することで、開発者はコンパイラに対して「この関数は、引数 digp、あるいは関数内で生成されるいかなるデータも、ヒープにエスケープさせない」という明確な指示を与えます。これにより、コンパイラは block 関数内で使用される一時的なデータに対して、より積極的にスタック割り当てを適用できるようになります。

この最適化は、特に大量のデータをハッシュ化する場合や、SHA-1計算が頻繁に呼び出されるアプリケーションにおいて、顕著なパフォーマンス改善をもたらす可能性があります。

コアとなるコードの変更箇所

変更は src/pkg/crypto/sha1/sha1block_decl.go ファイルに対して行われました。

--- a/src/pkg/crypto/sha1/sha1block_decl.go
+++ b/src/pkg/crypto/sha1/sha1block_decl.go
@@ -6,4 +6,6 @@
 
 package sha1
 
+//go:noescape
+
 func block(dig *digest, p []byte)

具体的には、func block(dig *digest, p []byte) の関数宣言の直前に、//go:noescape という行が追加されています。

コアとなるコードの解説

sha1block_decl.go ファイルは、crypto/sha1 パッケージの一部であり、block 関数の宣言を含んでいます。このファイルは、通常、アセンブリ言語で実装された block 関数のGo言語側のインターフェースを提供するために存在します。

追加された //go:noescape ディレクティブは、Goコンパイラに対する指示であり、block 関数が呼び出された際に、その引数である dig (SHA-1ハッシュの状態を保持する digest 構造体へのポインタ) や p (処理対象のバイトスライス) が、関数の実行後にヒープにエスケープしないことを保証します。

このディレクティブは、コンパイラが block 関数内のメモリ割り当てを最適化する上で非常に重要です。例えば、p スライスが関数内で一時的に使用される場合、コンパイラは通常、その内容をスタックにコピーしたり、レジスタに保持したりするなどの最適化を検討します。//go:noescape が存在することで、コンパイラはこれらの最適化をより積極的に、かつ安全に行うことができると判断します。

これにより、SHA-1ハッシュ計算のパフォーマンスが向上し、特に大量のデータを処理する際のガベージコレクションの負荷が軽減されます。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語の公式ドキュメント
  • Go言語のソースコードリポジトリ (GitHub)
  • Go言語のエスケープ解析に関する技術記事
  • SHA-1ハッシュアルゴリズムに関する一般的な知識
  • コミットメッセージと関連するコードレビュー (Go Gerrit)
  • Go言語のコンパイラ最適化に関する一般的な知識
  • スタックとヒープメモリ割り当てに関する一般的なコンピュータサイエンスの知識
  • ガベージコレクションに関する一般的な知識
  • crypto/sha1 パッケージのGoソースコード
  • Go言語のプラグマ/ディレクティブに関する情報