[インデックス 17811] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリ encoding/xml
パッケージにおけるXMLマーシャリングの挙動を改善するものです。具体的には、インターフェースやポインタが多重にネストされた(チェーン状になった)構造体フィールドをXMLにマーシャリングする際に、それらを適切に解決できるように修正が加えられました。これにより、より複雑なデータ構造も正確にXML表現に変換できるようになります。
コミット
commit 4dce7f85751e42fd1149fa46938edb8a046d4c3a
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date: Thu Oct 17 12:13:33 2013 -0400
encoding/xml: accept chains of interfaces and pointers
Fixes #6556.
R=golang-dev, iant, adg
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/14747043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/4dce7f85751e42fd1149fa46938edb8a046d4c3a
元コミット内容
encoding/xml: accept chains of interfaces and pointers
Fixes #6556.
変更の背景
このコミットは、Goの encoding/xml
パッケージが、構造体内のフィールドがインターフェースやポインタを介して多重に間接参照されている場合に、その最終的な実体値に到達できないという問題(Fixes #6556
)を解決するために導入されました。
encoding/xml
パッケージは、Goのデータ構造(主に構造体)をXML形式に変換(マーシャリング)したり、XMLをGoのデータ構造に変換(アンマーシャリング)したりする機能を提供します。このプロセスにおいて、Goの reflect
パッケージが利用され、実行時に型の情報や値の操作が行われます。
以前の実装では、reflect.Ptr
(ポインタ)や reflect.Interface
(インターフェース)型のフィールドを処理する際に、一度だけ Elem()
メソッドを呼び出してその実体値を取得していました。しかし、もしその実体値がさらにポインタやインターフェースであった場合、つまり **T
や interface{interface{T}}
のように多重に間接参照されている場合、encoding/xml
は最終的な基底型に到達できず、正しくマーシャリングできないという問題がありました。
この問題は、特に動的な型を持つデータや、インターフェースを多用する設計において顕在化し、開発者が意図したXML出力が得られない原因となっていました。このコミットは、このような多重間接参照のケースを適切に処理し、encoding/xml
パッケージの堅牢性と柔軟性を向上させることを目的としています。
golang.org/issue/6556
は、Goの公式イシュートラッカーにおける内部的な参照、または非常に古いイシューである可能性があり、現在の公開イシュートラッカーでは直接参照できない場合があります。しかし、コミットメッセージに明記されていることから、この問題が実際に存在し、このコミットによって解決されたことは確かです。
前提知識の解説
Go言語の encoding/xml
パッケージ
encoding/xml
パッケージは、Goの構造体とXMLドキュメントの間でデータを変換するための機能を提供します。
- マーシャリング (Marshalling): Goの構造体をXMLバイト列に変換するプロセス。
xml.Marshal()
関数がこれを行います。構造体のフィールドタグ(例:xml:"element_name,attr"
)を使用して、XML要素名、属性、その他のマーシャリングルールを定義できます。 - アンマーシャリング (Unmarshalling): XMLバイト列をGoの構造体に変換するプロセス。
xml.Unmarshal()
関数がこれを行います。
Go言語の reflect
パッケージ
reflect
パッケージは、Goプログラムが実行時に自身の構造を検査し、操作するための機能を提供します。これは、静的型付け言語であるGoにおいて、動的な型操作を可能にする強力なツールです。
reflect.Value
: 実行時のGoの値を表します。このコミットでは、構造体のフィールドの値をreflect.Value
として取得し、その型や内容を検査しています。reflect.Kind()
:reflect.Value
が表す値の具体的な種類(例:reflect.Int
,reflect.String
,reflect.Struct
,reflect.Ptr
,reflect.Interface
など)を返します。reflect.Value.Elem()
: ポインタまたはインターフェースが保持する「実体」のreflect.Value
を返します。例えば、*int
型のreflect.Value
に対してElem()
を呼び出すと、int
型のreflect.Value
が得られます。インターフェースの場合も同様に、インターフェースがラップしている具体的な型のreflect.Value
を返します。reflect.Value.IsNil()
:reflect.Value
が表す値がnil
であるかどうかを判定します。ポインタ、インターフェース、マップ、スライス、チャネル、関数などの参照型に対して有効です。
Goにおけるインターフェースとポインタ
- ポインタ (
*T
): 変数のメモリアドレスを保持します。ポインタを介して、そのアドレスに格納されている値にアクセスしたり、変更したりできます。 - インターフェース (
interface{}
): 任意の型の値を保持できる型です。インターフェースは、そのインターフェースが定義するメソッドセットを実装する任意の具象型の値を「ラップ」できます。インターフェース自体は値ではなく、値とメソッドセットのペアを保持する「箱」のようなものです。
これらの型は、Goのプログラムにおいて柔軟なデータ構造やポリモーフィズムを実現するために不可欠ですが、reflect
パッケージを使ってこれらの内部を深く掘り下げる際には、多重の間接参照に注意が必要です。
技術的詳細
このコミットの核心は、encoding/xml
パッケージの marshal.go
ファイルにある printer.marshalValue
関数内のロジック変更です。この関数は、Goの構造体の個々のフィールド値をXML要素としてマーシャリングする役割を担っています。
変更前の実装では、val.Kind() == reflect.Ptr || val.Kind() == reflect.Interface
という条件でポインタまたはインターフェースを検出し、val.IsNil()
で nil
チェックを行った後、val = val.Elem()
を一度だけ実行して実体値を取得していました。このアプローチは、*T
や interface{T}
のような単一の間接参照には対応できますが、**T
や interface{interface{T}}
のようにポインタやインターフェースが複数回ネストされている場合には、最終的な基底型に到達できませんでした。
例えば、var x ***int
のような変数をマーシャリングしようとした場合、最初の Elem()
で **int
には到達できますが、そこからさらに *int
、そして int
へと掘り下げる処理が不足していました。
新しい実装では、この単一の if
文を for
ループに置き換えることで、この問題を解決しています。
// Drill into interfaces and pointers.
// This can turn into an infinite loop given a cyclic chain,
// but it matches the Go 1 behavior.
for val.Kind() == reflect.Interface || val.Kind() == reflect.Ptr {
if val.IsNil() {
return nil
}
val = val.Elem()
}
この for
ループは、val
が reflect.Interface
または reflect.Ptr
である限り、繰り返し val.Elem()
を呼び出します。これにより、ポインタやインターフェースが何重にもネストされていても、最終的にその実体値(基底型)に到達するまで「ドリルダウン」することが可能になります。
ループの冒頭にある if val.IsNil()
チェックは非常に重要です。これは、各間接参照の段階で値が nil
でないことを確認します。もし途中で nil
ポインタや nil
インターフェースに遭遇した場合、それ以上掘り進めることはできないため、関数は nil
を返してマーシャリングを中断します。これにより、nil
ポインタのデリファレンスによるパニックを防ぎます。
コメントにある This can turn into an infinite loop given a cyclic chain, but it matches the Go 1 behavior.
という記述は、この変更がGo 1の既存の挙動(例えば、reflect
パッケージの他の部分での挙動)と整合性を持たせていることを示唆しています。循環参照(例: type Node struct { Next *Node }
のような構造で、Next
が自分自身を指す場合)が存在する場合、このループは無限に続く可能性がありますが、これは reflect
パッケージの一般的な制約であり、このコミットが新たに導入した問題ではないことを示しています。encoding/xml
の文脈では、通常、循環参照を持つデータ構造をXMLにマーシャリングすることは稀であり、もし発生したとしても、それはデータ構造自体の問題として扱われるべきです。
この変更により、encoding/xml
パッケージは、より複雑で動的なGoのデータ構造を、開発者が期待する形でXMLに正確に変換できるようになりました。
コアとなるコードの変更箇所
src/pkg/encoding/xml/marshal.go
--- a/src/pkg/encoding/xml/marshal.go
+++ b/src/pkg/encoding/xml/marshal.go
@@ -354,18 +354,19 @@ func (p *printer) marshalValue(val reflect.Value, finfo *fieldInfo, startTemplat
return nil
}
- kind := val.Kind()
- typ := val.Type()
-
- // Drill into pointers/interfaces
- if kind == reflect.Ptr || kind == reflect.Interface {
+ // Drill into interfaces and pointers.
+ // This can turn into an infinite loop given a cyclic chain,
+ // but it matches the Go 1 behavior.
+ for val.Kind() == reflect.Interface || val.Kind() == reflect.Ptr {
if val.IsNil() {
return nil
}
val = val.Elem()
- typ = val.Type()
}
+ kind := val.Kind()
+ typ := val.Type()
+
// Check for marshaler.
if val.CanInterface() && typ.Implements(marshalerType) {
return p.marshalInterface(val.Interface().(Marshaler), defaultStart(typ, finfo, startTemplate))
src/pkg/encoding/xml/marshal_test.go
--- a/src/pkg/encoding/xml/marshal_test.go
+++ b/src/pkg/encoding/xml/marshal_test.go
@@ -314,6 +314,10 @@ type MarshalerStruct struct {
Foo MyMarshalerAttrTest `xml:",attr"`
}
+func ifaceptr(x interface{}) interface{} {
+ return &x
+}
+
var (
nameAttr = "Sarah"
ageAttr = uint(12)
@@ -356,6 +360,7 @@ var marshalTests = []struct {
{Value: &Plain{NamedType("potato")}, ExpectXML: `<Plain><V>potato</V></Plain>`},
{Value: &Plain{[]int{1, 2, 3}}, ExpectXML: `<Plain><V>1</V><V>2</V><V>3</V></Plain>`},
{Value: &Plain{[3]int{1, 2, 3}}, ExpectXML: `<Plain><V>1</V><V>2</V><V>3</V></Plain>`},
+ {Value: ifaceptr(true), MarshalOnly: true, ExpectXML: `<bool>true</bool>`},
// Test time.
{
@@ -1113,3 +1118,34 @@ func BenchmarkUnmarshal(b *testing.B) {
Unmarshal(xml, &Feed{})
}
}\n
+// golang.org/issue/6556
+func TestStructPointerMarshal(t *testing.T) {
+ type A struct {
+ XMLName string `xml:"a"`
+ B []interface{}
+ }
+ type C struct {
+ XMLName Name
+ Value string `xml:"value"`
+ }
+
+ a := new(A)
+ a.B = append(a.B, &C{
+ XMLName: Name{Local: "c"},
+ Value: "x",
+ })
+
+ b, err := Marshal(a)
+ if err != nil {
+ t.Fatal(err)
+ }
+ if x := string(b); x != "<a><c><value>x</value></c></a>" {
+ t.Fatal(x)
+ }
+ var v A
+ err = Unmarshal(b, &v)
+ if err != nil {
+ t.Fatal(err)
+ }
+}
コアとなるコードの解説
marshal.go
の変更点
marshal.go
の printer.marshalValue
関数における主要な変更は、ポインタとインターフェースの「ドリルダウン」ロジックが if
文から for
ループに変更された点です。
-
変更前:
if kind == reflect.Ptr || kind == reflect.Interface { if val.IsNil() { return nil } val = val.Elem() typ = val.Type() // typもここで更新 }
このコードは、
val
がポインタまたはインターフェースである場合に一度だけElem()
を呼び出し、その実体値を取得します。しかし、実体値がさらにポインタやインターフェースである場合には対応できませんでした。また、typ
もループ内で更新されていましたが、新しいループではtyp
の更新はループの外で行われます。 -
変更後:
for val.Kind() == reflect.Interface || val.Kind() == reflect.Ptr { if val.IsNil() { return nil } val = val.Elem() } kind := val.Kind() // ループ終了後にkindとtypを再取得 typ := val.Type()
この
for
ループは、val
がポインタまたはインターフェースである限り、繰り返しval.Elem()
を呼び出します。これにより、***int
やinterface{interface{MyStruct}}
のように多重にネストされたポインタやインターフェースであっても、最終的な基底型(int
やMyStruct
)に到達するまで値を掘り下げることができます。 ループの各イテレーションでval.IsNil()
をチェックすることで、途中でnil
値に遭遇した場合に安全に処理を終了し、パニックを防ぎます。kind
とtyp
の取得はループの外に移動され、最終的にドリルダウンされた値のKind
とType
が取得されるようになりました。
marshal_test.go
の変更点
テストファイルには、この変更の正当性を検証するための新しいテストケースが追加されています。
-
ifaceptr
ヘルパー関数:func ifaceptr(x interface{}) interface{} { return &x }
このヘルパー関数は、任意の値を
interface{}
として受け取り、その値へのポインタをinterface{}
として返します。これにより、interface{}
の中にポインタがラップされ、さらにそれがinterface{}
として扱われるという、多重間接参照のシナリオを簡単に作成できます。 -
marshalTests
への追加:{Value: ifaceptr(true), MarshalOnly: true, ExpectXML: `<bool>true</bool>`},
このテストケースは、
ifaceptr(true)
の結果(interface{}
の中に*bool
がラップされている状態)が正しく<bool>true</bool>
としてマーシャリングされることを検証します。これは、インターフェースとポインタのチェーンが正しく処理されることを示すシンプルな例です。 -
TestStructPointerMarshal
関数:// golang.org/issue/6556 func TestStructPointerMarshal(t *testing.T) { type A struct { XMLName string `xml:"a"` B []interface{} } type C struct { XMLName Name Value string `xml:"value"` } a := new(A) a.B = append(a.B, &C{ XMLName: Name{Local: "c"}, Value: "x", }) b, err := Marshal(a) if err != nil { t.Fatal(err) } if x := string(b); x != "<a><c><value>x</value></c></a>" { t.Fatal(x) } var v A err = Unmarshal(b, &v) if err != nil { t.Fatal(err) } }
このテストは、より複雑なシナリオを検証します。
A
構造体は、B
という[]interface{}
型のフィールドを持ちます。C
構造体は、XML要素としてマーシャリングされるべきデータを含みます。a.B
には、&C{...}
(C
構造体へのポインタ)がinterface{}
として追加されます。 この設定により、A
のB
フィールドはinterface{}
のスライスであり、その要素は*C
型のポインタがinterface{}
としてラップされているという、多重間接参照の典型的なケースを再現しています。 テストは、この構造体が正しく<a><c><value>x</value></c></a>
というXMLにマーシャリングされること、そしてそのXMLが正しくアンマーシャリングされることを確認します。これは、encoding/xml
がインターフェースとポインタのチェーンを介してネストされた構造体を正確に処理できるようになったことを証明する重要なテストです。
これらの変更とテストの追加により、encoding/xml
パッケージは、Goの型システムが提供する柔軟性をより完全にサポートし、より幅広いデータ構造をXMLにマーシャリングできるようになりました。
関連リンク
- Go言語の
encoding/xml
パッケージに関する公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/encoding/xml - Go言語の
reflect
パッケージに関する公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/reflect - このコミットが解決したイシューの参照:
golang.org/issue/6556
(このイシューはGoの内部的な参照、または非常に古いイシューであり、現在の公開イシュートラッカーでは直接参照できない可能性があります。)
参考にした情報源リンク
- GitHub上のコミットページ: https://github.com/golang/go/commit/4dce7f85751e42fd1149fa46938edb8a046d4c3a
- Go言語のソースコード(
src/pkg/encoding/xml/marshal.go
およびsrc/pkg/encoding/xml/marshal_test.go
) - Go言語の
reflect
パッケージの動作に関する一般的な知識 - XMLマーシャリングの概念に関する一般的な知識
- Web検索結果 (golang.org/issue/6556に関する情報)