[インデックス 17824] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のcmd/yacc
ツールにおけるWindows環境での標準エラー出力(stderr)の挙動を修正するものです。具体的には、stderr
への書き込みがWindowsで正しく機能しない問題を解決しています。
コミット
commit be1a94b401112cab46a60c8bb9c42e16e1b70647
Author: Shenghou Ma <minux.ma@gmail.com>
Date: Sat Oct 19 23:07:20 2013 -0400
cmd/yacc: fix stderr on Windows.
Fixes #6620.
R=golang-dev, dave, r
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/15330043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/be1a94b401112cab46a60c8bb9c42e16e1b70647
元コミット内容
cmd/yacc: fix stderr on Windows.
Fixes #6620.
このコミットは、cmd/yacc
ツールがWindows上で標準エラー出力にメッセージを正しく出力できない問題を修正します。関連するイシューは #6620 です。
変更の背景
Go言語のcmd/yacc
ツールは、Yacc(Yet Another Compiler Compiler)のGo実装であり、構文解析器(パーサー)を生成するために使用されます。このツールは、コンパイル時や実行時にエラーメッセージや警告を標準エラー出力(stderr)に書き出すことが一般的です。
しかし、Windows環境において、cmd/yacc
がstderr
にメッセージを出力しようとした際に、その出力が正しく表示されない、あるいは全く出力されないという問題が発生していました。これは、stderr
を扱うための内部的な実装が、Windowsのファイルディスクリプタの扱いに適していなかったためと考えられます。
具体的には、Goの標準ライブラリで提供されるos.NewFile(fd, name)
関数を使用してファイルディスクリプタ2(stderrに対応)を直接開く方法が、Windowsのコンソールアプリケーションのstderr
の挙動と完全に互換性がなかったことが原因です。Unix系システムではファイルディスクリプタがより直接的に扱えるのに対し、WindowsではコンソールI/Oの扱いが異なるため、このような問題が発生することがあります。
この問題は、ツールのデバッグやエラー診断を困難にし、ユーザーエクスペリエンスを低下させるものでした。そのため、Windows環境でのstderr
の正しい動作を保証するための修正が必要とされました。
前提知識の解説
Yacc (Yet Another Compiler Compiler)
Yaccは、プログラミング言語のコンパイラやインタプリタの構文解析部分(パーサー)を自動生成するためのツールです。BNF(Backus-Naur Form)に似た文法定義ファイルを受け取り、その文法に従って入力ストリームを解析するC言語(または他の言語)のコードを生成します。Go言語のcmd/yacc
は、このYaccの概念をGo言語で実装したものです。
標準ストリーム (Standard Streams)
オペレーティングシステムにおいて、プログラムは通常、以下の3つの標準ストリームを通じて入出力を行います。
- 標準入力 (stdin): プログラムがデータを読み込むための入力ストリーム。通常はキーボードに接続されています。ファイルディスクリプタは0。
- 標準出力 (stdout): プログラムが通常の出力データを書き込むための出力ストリーム。通常はコンソール(画面)に接続されています。ファイルディスクリプタは1。
- 標準エラー出力 (stderr): プログラムがエラーメッセージや診断情報を書き込むための出力ストリーム。通常はコンソール(画面)に接続されていますが、
stdout
とは独立しており、リダイレクトなどによってstdout
とは異なる場所に送ることができます。ファイルディスクリプタは2。
ファイルディスクリプタ (File Descriptor)
ファイルディスクリプタは、Unix系オペレーティングシステムにおいて、開かれたファイルやI/Oデバイス(ソケット、パイプなどを含む)を参照するために使用される抽象的なインデックス(整数値)です。各プロセスは、開いているファイルディスクリプタのテーブルを保持しています。標準ストリーム(stdin, stdout, stderr)は、それぞれ0, 1, 2という特定のファイルディスクリプタ番号に割り当てられています。
Windowsでは、ファイルディスクリプタの概念はUnix系システムとは異なりますが、Cランタイムライブラリなどを通じて同様の抽象化が提供されることがあります。しかし、Go言語のような高レベルな言語で直接ファイルディスクリプタを扱う場合、OSごとの違いを考慮する必要があります。
os.NewFile
と os.Stderr
os.NewFile(fd uintptr, name string) *File
: この関数は、指定されたファイルディスクリプタfd
と名前name
を持つ新しいos.File
オブジェクトを作成します。これは、既存のOSレベルのファイルディスクリプタをGoの*os.File
オブジェクトにラップするために使用されます。os.Stderr *File
: これはGoのos
パッケージで定義されているグローバル変数で、プログラムの標準エラー出力に対応する*os.File
オブジェクトを指します。Goランタイムが起動する際に、OSの標準エラー出力に適切に接続されるように初期化されます。
問題は、os.NewFile(2, "stderr")
のようにファイルディスクリプタ2を直接指定してstderr
を再構築しようとすると、特にWindows環境において、Goランタイムが既に確立しているos.Stderr
の内部的な状態や、WindowsのコンソールI/Oの特性との間に不整合が生じる可能性があったことです。os.Stderr
はGoランタイムによってOSの特性を考慮して適切に初期化されているため、これを使用する方がクロスプラットフォームで安全かつ確実な方法です。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、Goプログラムが標準エラー出力にアクセスする方法の変更にあります。
変更前は、cmd/yacc
ツール内でstderr
を扱うために、以下のようなコードが使用されていました。
stderr = bufio.NewWriter(os.NewFile(2, "stderr"))
この行は、ファイルディスクリプタ2(Unix系システムではstderr
に対応)を直接指定して新しいos.File
オブジェクトを作成し、それをbufio.NewWriter
でラップしてバッファリングされたライターとしてstderr
変数に割り当てていました。
このアプローチは、Unix系システムでは一般的に機能しますが、Windowsでは問題がありました。WindowsのコンソールI/Oは、Unixのファイルディスクリプタモデルとは異なる内部的なメカニズムを持っています。os.NewFile(2, "stderr")
のように直接ファイルディスクリプタ番号を指定してstderr
を「再オープン」しようとすると、Windowsのコンソールハンドルの正しい取得や、Goランタイムが内部的に管理しているstderr
の状態との整合性が取れなくなる可能性がありました。結果として、stderr
への書き込みが正しくコンソールに表示されない、あるいはエラーになるという挙動を引き起こしていました。
変更後は、以下のコードに修正されました。
stderr = bufio.NewWriter(os.Stderr)
この変更により、os.NewFile(2, "stderr")
を介してstderr
を明示的に再構築する代わりに、Goのos
パッケージが提供するグローバル変数os.Stderr
を直接使用するようになりました。os.Stderr
は、Goランタイムが起動する際に、オペレーティングシステムの特性(WindowsのコンソールI/Oを含む)を考慮して適切に初期化され、標準エラー出力に接続された*os.File
オブジェクトを指します。
この修正の利点は以下の通りです。
- クロスプラットフォーム互換性:
os.Stderr
を使用することで、Goランタイムが各OSのstderr
の扱いの違いを吸収してくれるため、開発者はOS固有のファイルディスクリプタの挙動を意識する必要がなくなります。これにより、Windowsを含むすべてのサポート対象プラットフォームでstderr
が確実に機能するようになります。 - 堅牢性:
os.Stderr
はGoランタイムによって管理されており、そのライフサイクルや内部状態はGoのI/Oシステムと密接に統合されています。直接ファイルディスクリプタを操作するよりも、より堅牢でエラーが発生しにくいアプローチです。 - 簡潔性: コードがより簡潔になり、意図が明確になります。
この修正は、Goの標準ライブラリの設計思想、すなわち「OSの差異を吸収し、開発者に統一されたインターフェースを提供する」という原則に沿ったものです。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/cmd/yacc/yacc.go
ファイルの1箇所のみです。
--- a/src/cmd/yacc/yacc.go
+++ b/src/cmd/yacc/yacc.go
@@ -357,7 +357,7 @@ func main() {
func setup() {
var j, ty int
- stderr = bufio.NewWriter(os.NewFile(2, "stderr"))
+ stderr = bufio.NewWriter(os.Stderr)
foutput = nil
flag.Parse()
コアとなるコードの解説
src/cmd/yacc/yacc.go
内の setup()
関数は、cmd/yacc
ツールの初期設定を行う部分です。この関数内で、標準エラー出力にメッセージを書き込むためのstderr
変数が初期化されています。
変更前のコード stderr = bufio.NewWriter(os.NewFile(2, "stderr"))
は、ファイルディスクリプタ2(stderr
)を直接指定して新しいファイルオブジェクトを作成し、それをバッファリングされたライターとして使用していました。前述の通り、この方法はWindows環境で問題を引き起こしていました。
変更後のコード stderr = bufio.NewWriter(os.Stderr)
は、Goのos
パッケージが提供する組み込みのos.Stderr
オブジェクトを直接使用しています。os.Stderr
は、Goプログラムが起動した際に、オペレーティングシステムが提供する標準エラー出力ストリームに適切に接続されるようにGoランタイムによって初期化されます。これにより、Windowsを含むすべてのプラットフォームでstderr
への出力が確実に機能するようになります。
この修正は、cmd/yacc
がエラーメッセージや警告をユーザーに正しく伝えるために不可欠であり、特にWindowsユーザーにとってツールの使いやすさを向上させました。
関連リンク
- Go言語の
os
パッケージドキュメント: https://pkg.go.dev/os - Go言語の
bufio
パッケージドキュメント: https://pkg.go.dev/bufio
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式ドキュメント
- Go言語のGitHubリポジトリのコミット履歴
- 一般的なオペレーティングシステムの標準ストリームとファイルディスクリプタに関する知識