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[インデックス 190] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラの初期段階におけるnil値のインターフェースへの代入に関する挙動を修正するものです。具体的には、nilがインターフェース型に代入される際のコード生成と、コンパイラのウォーク(AST変換)フェーズにおけるデバッグ出力の調整が含まれています。

コミット

commit c5bb50c9dcbcfe6bc9ecb178ec8fc5e71e55e04b
Author: Ken Thompson <ken@golang.org>
Date:   Tue Jun 17 18:07:40 2008 -0700

    assign nil to interface
    
    SVN=123256

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/c5bb50c9dcbcfe6bc9ecb178ec8fc5e71e55e04b

元コミット内容

assign nil to interface

SVN=123256

変更の背景

Go言語の初期設計において、nilの概念とインターフェースの内部表現は重要な要素でした。インターフェースは、型情報と値(データ)の2つのポインタから構成される「ファットポインタ」として実装されています。nilは、Goにおいて「ゼロ値」として扱われることが多く、ポインタ、スライス、マップ、チャネル、関数、インターフェースなど、様々な型に対して有効です。

このコミットが行われた2008年当時、Go言語はまだ開発の非常に初期段階にあり、コンパイラ(6ggcなど)の挙動は頻繁に調整されていました。特に、nilをインターフェースに代入する際のセマンティクスと、それがコンパイラのコード生成にどのように影響するかは、正確な動作を保証するために重要でした。

従来のGoコンパイラでは、nilをインターフェースに代入する際に、そのインターフェースが「ファットオブジェクト」(インターフェース、スライス、マップなど、複数の内部ポインタを持つ型)である場合に、適切にクリア(ゼロ初期化)されない、あるいはnilのチェックが不十分である可能性がありました。このコミットは、nilがインターフェースに代入される際に、コンパイラがその状況を正しく認識し、適切なコード(例えば、インターフェースの型ポインタとデータポインタの両方をnilにする)を生成するように修正することを目的としています。

また、src/cmd/gc/walk.cにおける変更は、コンパイラのデバッグ出力に関するもので、特定の条件下での冗長な出力や、nilノードに対するdump呼び出しを避けるための調整と考えられます。これは、コンパイラの開発・デバッグ効率を向上させるための一般的な改善の一部です。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、以下のGo言語およびコンパイラの基本的な概念を理解しておく必要があります。

  1. Go言語のnil:

    • Goにおけるnilは、特定の型の「ゼロ値」を表すキーワードです。C/C++のNULLポインタとは異なり、nilは型を持ちます。
    • ポインタ、スライス、マップ、チャネル、関数、インターフェースなど、参照型に対して使用されます。
    • インターフェースの場合、nilインターフェースは、その型と値の両方のコンポーネントがnilである状態を指します。
  2. Go言語のインターフェース:

    • Goのインターフェースは、メソッドの集合を定義する型です。
    • 内部的には、インターフェース値は2つの要素(ポインタ)で構成されます。
      • 型ポインタ (type pointer): インターフェースに格納されている具体的な値の型情報(_type構造体へのポインタ)。
      • データポインタ (data pointer): インターフェースに格納されている具体的な値そのものへのポインタ。
    • インターフェース変数がnilであるとは、この両方のポインタがnilであることを意味します。
  3. Goコンパイラの構造(初期段階):

    • 6g: 当時のGoコンパイラの一つで、主にAMD64アーキテクチャ向けのコード生成を担当していました。gはGoを意味し、6はPlan 9の命名規則に由来するAMD64アーキテクチャを指します。
    • gc: Goコンパイラのフロントエンド部分で、字句解析、構文解析、型チェック、AST(抽象構文木)の構築と変換(ウォークフェーズ)などを行います。
    • AST (Abstract Syntax Tree): ソースコードの構造を木構造で表現したものです。コンパイラはASTを様々なフェーズで変換・最適化します。
    • ウォークフェーズ (Walk Phase): gcコンパイラの一部で、ASTを走査し、型チェック、定数畳み込み、最適化、特定のノードの変換などを行う段階です。walk.cはこのフェーズの処理を記述しています。
    • コード生成 (Code Generation): ASTからターゲットマシンコードを生成する段階です。gen.cはこの処理の一部を担います。
  4. Node構造体:

    • コンパイラ内部でASTの各ノードを表す構造体です。n->opはノードの種類(演算子、変数、定数など)を示します。
    • Nnilノード、または無効なノードを表す定数(ポインタ)であると推測されます。
  5. isfat(tl):

    • tlは型を表す変数(Type *tlのようなもの)。
    • isfat関数は、与えられた型が「ファットオブジェクト」であるかどうかを判定するものです。Goにおけるファットオブジェクトとは、インターフェース、スライス、マップ、チャネルなど、単一のポインタでは表現できない、複数の内部ポインタやデータ構造を持つ型を指します。これらの型は、nilを代入する際に、その内部構造全体を適切にゼロクリアする必要があります。
  6. isnil(nr):

    • nrはノードを表す変数(Node *nrのようなもの)。
    • isnil関数は、与えられたノードがnil定数を表すかどうかを判定するものです。

技術的詳細

このコミットは、Goコンパイラの2つの主要なファイル、src/cmd/6g/gen.csrc/cmd/gc/walk.cに影響を与えています。

src/cmd/6g/gen.c の変更

このファイルは、Goコンパイラのバックエンド、特にAMD64アーキテクチャ向けのコード生成に関連しています。変更箇所はcgen_as関数内にあります。

cgen_as関数は、代入(=)操作のコード生成を担当していると考えられます。nlは左辺(代入先)、nrは右辺(代入元)のASTノードを表します。

変更前:

	if(nr == N) {
		if(isfat(tl)) {
			/* clear a fat object */
			if(debug['g'])

変更後:

	if(nr == N || isnil(nr)) {
		if(isfat(tl)) {
			/* clear a fat object */
			if(debug['g'])

この変更の核心は、右辺のノードnrN(おそらくコンパイラ内部でnilを表す特殊なノードまたは無効なノード)である場合に加えて、isnil(nr)、つまりnrが明示的にnil定数を表すノードである場合も考慮に入れるようになった点です。

Go言語では、nilは単なるアドレス0のポインタではなく、型を持つ概念です。特にインターフェースのようなファットオブジェクトにnilを代入する場合、そのインターフェースの型ポインタとデータポインタの両方をnilに設定する必要があります。

この修正により、コンパイラは、ソースコードで明示的にnilがインターフェースに代入されるケース(例: var i interface{} = nil)をより正確に検出し、isfat(tl)(代入先がインターフェースのようなファットオブジェクトである場合)の条件と組み合わせて、そのファットオブジェクトを適切にクリア(ゼロ初期化)するコードを生成できるようになります。これにより、nilインターフェースのセマンティクスが正しく実装され、ランタイムでの予期せぬ挙動を防ぎます。

src/cmd/gc/walk.c の変更

このファイルは、Goコンパイラのフロントエンドの一部である「ウォーク」フェーズに関連しています。ウォークフェーズでは、ASTの走査と変換が行われます。変更は主にデバッグ出力の条件と、コードの整形に関するものです。

  1. デバッグ出力の条件変更 (1): 変更前:

    	if(debug['w'] > 1 && top == Etop)
    		if(n->op != OLIST)
    			dump("walk-before", n);
    

    変更後:

    	if(debug['w'] > 1 && top == Etop && n->op != OLIST)
    		dump("walk-before", n);
    

    これは、ネストされたif文を単一のif文に結合したもので、機能的な変更はありませんが、コードの可読性を向上させています。debug['w'] > 1はウォークフェーズのデバッグレベルが2以上の場合、top == Etopはトップレベルの式を処理している場合、n->op != OLISTはノードがリストではない場合、にdump関数でASTノードnをダンプ(表示)するという意味です。

  2. 不要な空行の削除: 変更前:

    		walktype(l, Elv);
    		walktype(r, Erv);
    -
     		if(l == N || l->type == T)
     			goto ret;
    

    変更後:

    		walktype(l, Elv);
    		walktype(r, Erv);
     		if(l == N || l->type == T)
     			goto ret;
    

    これは単なるコードの整形であり、機能的な変更はありません。

  3. 不要な空行の追加: 変更前:

    			}
    			goto ret;
    		}
     		l = ascompatee(n->op, &n->left, &n->right);
    

    変更後:

    			}
    			goto ret;
    		}
    +
     		l = ascompatee(n->op, &n->left, &n->right);
    

    これも単なるコードの整形であり、機能的な変更はありません。

  4. デバッグ出力の条件変更 (2) とメッセージ変更: 変更前:

    ret:
    	if(debug['w'] && top == Etop)
    		dump("walk-after", n);
    

    変更後:

    ret:
    	if(debug['w'] && top == Etop && n != N)
    		dump("walk", n);
    

    この変更は2つの側面があります。

    • dumpメッセージが"walk-after"から"walk"に変更されました。これは、ウォークフェーズのデバッグ出力の命名規則を統一するためか、あるいは特定の処理の前後ではなく、ウォーク処理中の状態を示すためかもしれません。
    • n != Nという条件が追加されました。これは、nnilノード(または無効なノード)である場合にはdump関数を呼び出さないようにするためのものです。nilノードをダンプしようとすると、クラッシュしたり、意味のない出力が生成されたりする可能性があるため、これは堅牢性向上のための修正と考えられます。

全体として、walk.cの変更は、コンパイラのデバッグ出力の改善と、コードの堅牢性および可読性の向上を目的としています。

コアとなるコードの変更箇所

src/cmd/6g/gen.c

--- a/src/cmd/6g/gen.c
+++ b/src/cmd/6g/gen.c
@@ -729,7 +729,7 @@ cgen_as(Node *nl, Node *nr, int op)
 		if(tl == T)
 			return;
 
-	if(nr == N) {
+	if(nr == N || isnil(nr)) {
 		if(isfat(tl)) {
 			/* clear a fat object */
 			if(debug['g'])

src/cmd/gc/walk.c

--- a/src/cmd/gc/walk.c
+++ b/src/cmd/gc/walk.c
@@ -43,9 +43,8 @@ loop:
 	if(n->op != ONAME)
 		dynlineno = n->lineno;	// for diagnostics
 
-	if(debug['w'] > 1 && top == Etop)
-		if(n->op != OLIST)
-			dump("walk-before", n);
+	if(debug['w'] > 1 && top == Etop && n->op != OLIST)
+		dump("walk-before", n);
 
 	t = T;
 	et = Txxx;
@@ -218,7 +217,6 @@ loop:
 
 		walktype(l, Elv);
 		walktype(r, Erv);
-
 		if(l == N || l->type == T)
 			goto ret;
 
@@ -233,6 +231,7 @@ loop:
 			}
 			goto ret;
 		}
+
 		l = ascompatee(n->op, &n->left, &n->right);
 		if(l != N)
 			*n = *reorder3(l);
@@ -662,8 +661,8 @@ badt:
 	goto ret;
 
 ret:
-	if(debug['w'] && top == Etop)
-		dump("walk-after", n);
+	if(debug['w'] && top == Etop && n != N)
+		dump("walk", n);
 
 	ullmancalc(n);
 	dynlineno = lno;

コアとなるコードの解説

src/cmd/6g/gen.c の変更点

  • if(nr == N || isnil(nr)): この行が最も重要な変更点です。
    • nr == N: これは、右辺のASTノードnrがコンパイラ内部でnilを表す特殊なノード(または無効なノード)であるかどうかをチェックします。
    • isnil(nr): これは、右辺のASTノードnrが、ソースコードで明示的に記述されたnil定数(例: nilリテラル)を表すかどうかをチェックします。
    • この||(論理OR)結合により、nilがインターフェースに代入されるあらゆるケース(内部的なnilノードと明示的なnilリテラル)を網羅し、その後のisfat(tl)(代入先がファットオブジェクトであるか)のチェックと組み合わせて、適切なゼロクリア処理が実行されるようにします。これにより、インターフェースの型ポインタとデータポインタの両方が確実にnilに設定され、Goのnilインターフェースのセマンティクスが正しく反映されます。

src/cmd/gc/walk.c の変更点

  • if(debug['w'] > 1 && top == Etop && n->op != OLIST):
    • これは、以前のネストされたif文を単一の条件式にまとめたものです。機能的な変更はなく、コードの簡潔性と可読性を向上させています。デバッグレベル、トップレベルの式であること、ノードがリストではないこと、という3つの条件がすべて満たされた場合にのみ、dump("walk-before", n)が実行されます。
  • 空行の削除と追加:
    • これらは純粋にコードの整形(フォーマット)に関する変更であり、コンパイラの動作には影響しません。コードベース全体のスタイルガイドラインに合わせるための調整と考えられます。
  • if(debug['w'] && top == Etop && n != N):
    • dumpメッセージが"walk-after"から"walk"に変更されました。これはデバッグ出力の命名規則の統一または意図の明確化のためです。
    • n != Nという条件が追加されました。これは、dump関数がnilノードに対して呼び出されることを防ぐための堅牢性向上です。nilノードをダンプしようとすると、コンパイラがクラッシュしたり、無意味な情報が出力されたりする可能性があるため、このチェックは重要です。

これらの変更は、Goコンパイラの初期段階におけるnilとインターフェースの扱いをより正確にし、デバッグプロセスを改善するための重要なステップでした。

関連リンク

参考にした情報源リンク

(注: 2008年当時のGo言語に関する詳細な技術文書やブログ記事は、現在では見つけにくい場合があります。上記の参考資料は、現代のGo言語の概念を理解する上で役立つものです。)