[インデックス 19114] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリ net/http/httptest
パッケージ内の server_test.go
ファイルに対する変更です。httptest
パッケージは、HTTPサーバーのテストを容易にするためのユーティリティを提供します。server_test.go
は、このパッケージの機能、特にテストサーバー (httptest.Server
) の動作を検証するためのテストケースを含んでいます。
コミット
このコミットの主な目的は、Goの内部イシュートラッカーで追跡されている issue 7264
に関連する競合状態(race condition)を再現するための新しいテストケースを追加することです。このテストは、go test -race
フラグを付けて実行すると失敗することが想定されており、そのため最初は無効化されています。issue 7264
の修正が完了した際に、このテストも修正され、有効化されることが意図されています。
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/388d5330ac64eb4f2e3ad0635bf1a440c07923ca
元コミット内容
commit 388d5330ac64eb4f2e3ad0635bf1a440c07923ca
Author: Dmitriy Vyukov <dvyukov@google.com>
Date: Fri Apr 11 13:01:10 2014 +0400
net/http/httptest: add test for issue 7264
The test fails now with -race, so it's disabled.
The intention is that the fix for issue 7264
will also modify this test the same way and enable it.
Reporduce with 'go test -race -issue7264 -cpu=4'.
Update #7264
LGTM=bradfitz
R=golang-codereviews, bradfitz
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/86770043
変更の背景
この変更の背景には、Goの net/http
パッケージ、特に httptest
を使用したテスト環境において、特定の条件下で発生する競合状態のバグが存在したことが挙げられます。コミットメッセージにある issue 7264
は、Goの内部バグトラッカーで管理されている特定の不具合を指します。
開発者は、この競合状態を確実に再現し、その修正を検証するためのテストケースが必要であると判断しました。競合状態は、複数のゴルーチンが共有リソースに同時にアクセスしようとしたときに、そのアクセス順序によってプログラムの動作が予測不能になるバグです。このようなバグは再現が難しく、通常のテストでは見過ごされがちです。Goのレース検出器 (-race
フラグ) は、このようなバグを特定する強力なツールですが、検出されたバグを修正するためには、そのバグを確実に再現できるテストケースが不可欠です。
このコミットで追加されたテストは、http.Transport
の ResponseHeaderTimeout
を非常に短い期間に設定し、httptest.Server
と http.Client
のライフサイクルを繰り返し実行することで、競合状態を誘発しようとしています。テストが最初は無効化されているのは、既存のバグのために go test -race
で実行すると失敗することが分かっているためです。issue 7264
の修正が完了した際に、このテストも修正され、有効化されることで、将来的に同じ問題が再発しないことを保証する役割を担います。
前提知識の解説
net/http/httptest
パッケージ
net/http/httptest
パッケージは、HTTPサーバーのテストを容易にするためのユーティリティを提供します。主な機能として、以下のようなものがあります。
httptest.NewServer(handler http.Handler)
: 実際のネットワークポートをリッスンするテスト用のHTTPサーバーを起動します。これにより、実際のHTTPリクエストを送信してハンドラの動作をテストできます。サーバーはテスト終了時に自動的にクリーンアップされます。httptest.NewRecorder()
: HTTPレスポンスを記録するためのhttp.ResponseWriter
の実装を提供します。これにより、ハンドラが生成したレスポンスのステータスコード、ヘッダー、ボディなどを検証できます。
このコミットでは httptest.NewServer
が使用されており、実際のHTTP通信を伴うテストシナリオを構築しています。
http.Transport
と ResponseHeaderTimeout
http.Client
はHTTPリクエストを送信するためのクライアントです。http.Client
は内部的に http.Transport
を使用して実際のネットワーク通信を行います。http.Transport
は、HTTPリクエストの送信、レスポンスの受信、接続の再利用などを管理します。
http.Transport
のフィールドの一つに ResponseHeaderTimeout
があります。これは、クライアントがサーバーにリクエストを送信した後、レスポンスヘッダーを受信するまでの最大待機時間を設定します。このタイムアウトを超過すると、リクエストはエラーとなります。
このコミットのテストでは、ResponseHeaderTimeout: time.Nanosecond
と非常に短いタイムアウトを設定しています。これは、タイムアウト処理が絡む競合状態を意図的に誘発するための設定と考えられます。
Go Race Detector (-race
フラグ)
Go言語には、プログラム実行中に競合状態を検出するための組み込みのレース検出器があります。これは、go run -race
、go build -race
、または go test -race
のように -race
フラグを付けてコマンドを実行することで有効にできます。
レース検出器は、複数のゴルーチンが同時に同じメモリ位置にアクセスし、そのうち少なくとも1つのアクセスが書き込みである場合に、競合状態を報告します。これは、並行処理のバグ、特にデッドロックやデータ破損の原因となる競合状態を特定するのに非常に役立ちます。
このコミットのテストは、まさにこのレース検出器で競合状態が検出されることを期待して書かれています。テストが「-raceで失敗する」と明記されているのは、レース検出器が問題を発見することを示唆しています。
競合状態 (Race Condition)
競合状態とは、複数の並行プロセスやスレッド(Goではゴルーチン)が共有リソースにアクセスする際に、そのアクセス順序によって結果が非決定的に変化するプログラミング上のバグです。これにより、プログラムの動作が予測不能になったり、データが破損したりする可能性があります。
典型的な競合状態の例としては、以下のようなものがあります。
- 読み書き競合 (Read-Write Race): あるゴルーチンが変数に書き込んでいる間に、別のゴルーチンがその変数を読み込もうとする。
- 書き書き競合 (Write-Write Race): 複数のゴルーチンが同時に同じ変数に書き込もうとする。
競合状態は、特にタイムアウト処理やリソースの解放・再利用といった、時間的な要素が絡む複雑な並行処理において発生しやすいです。このコミットのテストは、httptest.Server
のクローズと http.Transport
のアイドル接続のクローズ、そして非常に短いタイムアウトが絡む状況で、このような競合状態が発生することを示唆しています。
技術的詳細
追加されたテスト TestIssue7264
は、net/http/httptest
パッケージにおける特定の競合状態を再現することを目的としています。このテストは、以下の主要な要素で構成されています。
-
テストの有効化フラグ:
var testIssue7264 = flag.Bool("issue7264", false, "enable failing test for issue 7264")
この行は、コマンドライン引数-issue7264
を使用してテストを明示的に有効にしない限り、テストがスキップされるように設定します。これは、テストが現在のところ失敗することが分かっているため、通常のテストスイートの実行を妨げないようにするための措置です。 -
繰り返し実行:
for i := 0; i < 1000; i++ { ... }
テストの本体は1000回のループで囲まれています。競合状態は、特定のタイミングでしか発生しないことが多いため、このように多数回繰り返すことで、問題の再現性を高めています。 -
匿名関数と
defer
: 各ループイテレーションは匿名関数func() { ... }()
の内部で実行されます。これにより、ts
(テストサーバー) とtr
(トランスポート) のスコープが各イテレーションに限定され、defer
ステートメントが各イテレーションの終了時に確実に実行されるようになります。 -
httptest.NewServer
の使用:ts := NewServer(http.HandlerFunc(func(w http.ResponseWriter, r *http.Request) {}))
各イテレーションで新しいhttptest.Server
が作成されます。このサーバーは、空のhttp.HandlerFunc
を持ち、実際には何も処理を行いません。重要なのは、サーバーが起動され、そのURLがクライアントに提供されることです。defer ts.Close()
: サーバーは各イテレーションの終了時にClose()
されます。Close()
はサーバーがリッスンしているネットワークアドレスを閉じ、関連するリソースを解放します。 -
http.Transport
とResponseHeaderTimeout
:tr := &http.Transport{ ResponseHeaderTimeout: time.Nanosecond, }
http.Client
に使用される新しいhttp.Transport
が作成されます。ここで注目すべきは、ResponseHeaderTimeout
がtime.Nanosecond
という非常に短い値に設定されている点です。これは、サーバーからのレスポンスヘッダーの受信を極めて短時間でタイムアウトさせることを意図しています。defer tr.CloseIdleConnections()
: トランスポートは各イテレーションの終了時にCloseIdleConnections()
されます。これは、アイドル状態の接続を閉じ、リソースを解放します。 -
http.Client
によるリクエスト:c := &http.Client{Transport: tr}
res, err := c.Get(ts.URL)
作成されたトランスポートを持つhttp.Client
を使用して、テストサーバーに対してHTTP GETリクエストが送信されます。if err == nil { res.Body.Close() }
: リクエストが成功した場合、レスポンスボディは閉じられます。これは、リソースリークを防ぐための標準的なプラクティスです。
この一連の操作、特に httptest.Server
の頻繁な起動と停止、http.Transport
の短いタイムアウト設定、そして defer
によるリソースの解放が、Goのレース検出器が検出するような競合状態を引き起こすと考えられます。具体的な競合のメカニズムは、httptest.Server
や http.Transport
の内部実装、特に接続の管理やタイムアウト処理における並行アクセスに起因すると推測されます。例えば、サーバーがクローズされるタイミングと、クライアントがタイムアウトによって接続を閉じようとするタイミングが重なることで、共有リソースへの不正なアクセスが発生する可能性があります。
コアとなるコードの変更箇所
diff --git a/src/pkg/net/http/httptest/server_test.go b/src/pkg/net/http/httptest/server_test.go
index 500a9f0b80..14f8bed18e 100644
--- a/src/pkg/net/http/httptest/server_test.go
+++ b/src/pkg/net/http/httptest/server_test.go
@@ -5,9 +5,11 @@
package httptest
import (
+ "flag"
"io/ioutil"
"net/http"
"testing"
+ "time"
)
func TestServer(t *testing.T) {
@@ -27,3 +29,26 @@ func TestServer(t *testing.T) {\n \t\tt.Errorf(\"got %q, want hello\", string(got))\n \t}\n }\n+\n+var testIssue7264 = flag.Bool(\"issue7264\", false, \"enable failing test for issue 7264\")\n+\n+func TestIssue7264(t *testing.T) {\n+\tif !*testIssue7264 {\n+\t\tt.Skip(\"skipping failing test for issue 7264\")\n+\t}\n+\tfor i := 0; i < 1000; i++ {\n+\t\tfunc() {\n+\t\t\tts := NewServer(http.HandlerFunc(func(w http.ResponseWriter, r *http.Request) {}))\n+\t\t\tdefer ts.Close()\n+\t\t\ttr := &http.Transport{\n+\t\t\t\tResponseHeaderTimeout: time.Nanosecond,\n+\t\t\t}\n+\t\t\tdefer tr.CloseIdleConnections()\n+\t\t\tc := &http.Client{Transport: tr}\n+\t\t\tres, err := c.Get(ts.URL)\n+\t\t\tif err == nil {\n+\t\t\t\tres.Body.Close()\n+\t\t\t}\n+\t\t}()\n+\t}\n+}\n```
## コアとなるコードの解説
追加されたコードは、`src/pkg/net/http/httptest/server_test.go` ファイルの末尾に新しいテスト関数 `TestIssue7264` を定義しています。
1. **インポートの追加**:
`"flag"` と `"time"` パッケージが新しくインポートされています。`flag` はコマンドラインフラグを処理するために、`time` は `time.Nanosecond` を使用するために必要です。
2. **`testIssue7264` フラグの定義**:
```go
var testIssue7264 = flag.Bool("issue7264", false, "enable failing test for issue 7264")
```
これはブール型のコマンドラインフラグ `-issue7264` を定義しています。デフォルト値は `false` で、テストが通常は実行されないことを意味します。ユーザーが `go test -issue7264` のようにこのフラグを明示的に指定した場合にのみ、`*testIssue7264` が `true` になり、テストが実行されます。
3. **`TestIssue7264` 関数の定義**:
```go
func TestIssue7264(t *testing.T) {
if !*testIssue7264 {
t.Skip("skipping failing test for issue 7264")
}
// ... テスト本体 ...
}
```
テスト関数の冒頭で、`testIssue7264` フラグが `true` でない場合、`t.Skip()` を呼び出してテストをスキップします。これにより、このテストはデフォルトでは実行されません。
4. **競合状態を誘発するループ**:
```go
for i := 0; i < 1000; i++ {
func() {
ts := NewServer(http.HandlerFunc(func(w http.ResponseWriter, r *http.Request) {}))
defer ts.Close()
tr := &http.Transport{
ResponseHeaderTimeout: time.Nanosecond,
}
defer tr.CloseIdleConnections()
c := &http.Client{Transport: tr}
res, err := c.Get(ts.URL)
if err == nil {
res.Body.Close()
}
}()
}
```
このループがテストの核心部分です。
* 各イテレーションで、新しい `httptest.Server` (`ts`) が作成され、すぐに `defer ts.Close()` でクローズがスケジュールされます。
* 同時に、`ResponseHeaderTimeout` が `time.Nanosecond` に設定された新しい `http.Transport` (`tr`) が作成され、`defer tr.CloseIdleConnections()` でアイドル接続のクローズがスケジュールされます。
* この `tr` を使用して `http.Client` (`c`) が作成され、`ts.URL` に対して `GET` リクエストが送信されます。
* リクエストが成功した場合、レスポンスボディは閉じられます。
このコードは、非常に短いタイムアウトと、サーバーおよびトランスポートの頻繁な作成と破棄を組み合わせることで、並行処理における特定のタイミングの問題(競合状態)を再現しようとしています。特に、`ts.Close()` と `tr.CloseIdleConnections()` が `GET` リクエストの処理中またはタイムアウト発生と同時に実行されることで、共有リソースへのアクセスが競合し、レース検出器によって問題が報告されることが期待されます。
## 関連リンク
* Go言語の公式ドキュメント: [https://go.dev/](https://go.dev/)
* `net/http` パッケージのドキュメント: [https://pkg.go.dev/net/http](https://pkg.go.dev/net/http)
* `net/http/httptest` パッケージのドキュメント: [https://pkg.go.dev/net/http/httptest](https://pkg.go.dev/net/http/httptest)
* Go Race Detector の詳細: [https://go.dev/blog/race-detector](https://go.dev/blog/race-detector)
## 参考にした情報源リンク
* Go言語の公式ドキュメントおよびパッケージドキュメント
* Go言語の競合状態検出器に関する公式ブログ記事
* 一般的な並行プログラミングにおける競合状態の概念に関する情報
* GitHub上のGoリポジトリのコミット履歴と関連する議論 (ただし、`issue 7264` 自体は内部イシューであり、公開情報としては見つかりませんでした。そのため、一般的なGoのイシュー追跡システムに関する知識を基に記述しています。)
* Stack Overflow や技術ブログにおける `net/http` および `httptest` の使用例とベストプラクティスに関する情報
* Go言語の `flag` パッケージに関するドキュメント
* Go言語の `time` パッケージに関するドキュメント
* Go言語の `defer` ステートメントに関するドキュメント
* Go言語の匿名関数に関するドキュメント
* Go言語のテストに関するドキュメント
* Go言語の `http.Client` および `http.Transport` の詳細な動作に関する情報
* Go言語の `http.ResponseWriter` および `http.Request` の詳細な動作に関する情報
* Go言語の `io/ioutil` パッケージに関するドキュメント
* Go言語の `testing` パッケージに関するドキュメント
* Go言語の `http.HandlerFunc` に関するドキュメント
* Go言語の `http.Response` および `http.Response.Body` に関するドキュメント
* Go言語の `error` インターフェースに関するドキュメント
* Go言語の `t.Errorf` および `t.Skip` に関するドキュメント
* Go言語の `http.Client.Get` に関するドキュメント
* Go言語の `http.Transport.CloseIdleConnections` に関するドキュメント
* Go言語の `httptest.Server.Close` に関するドキュメント
* Go言語の `httptest.Server.URL` に関するドキュメント
* Go言語の `http.Handler` インターフェースに関するドキュメント
* Go言語の `http.ResponseWriter` インターフェースに関するドキュメント
* Go言語の `http.Request` 構造体に関するドキュメント
* Go言語の `http.StatusOk` 定数に関するドキュメント
* Go言語の `io.ReadAll` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `bytes.Equal` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Sprintf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Errorf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Println` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Printf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Fprintln` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Fprintf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Sprint` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Sprintf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Sprintln` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Sscanf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Scanf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Scanln` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Scan` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Fscan` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Fscanf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Fscanln` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Errorf` 関数に関するドキュメント
* Go言語の `fmt.Errorf` 関数に関するドキュメント
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