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[インデックス 1915] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラの初期段階におけるクリーンアップ作業の一環として、不要になったコードの削除を行っています。具体的には、src/cmd/6g ディレクトリ内の複数のC言語ソースファイルから、inarggengenpanicregret といった関数や関連するコードが削除されています。6g は、Go言語の初期のコンパイラであり、AMD64 (x86-64) アーキテクチャ向けのコード生成を担当していました。

コミット

commit e5ba266e938344c4e12ef601efa6d7376dbfd44e
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date:   Mon Mar 30 17:15:54 2009 -0700

    delete dregs: inarggen, genpanic, regret
    
    R=ken
    OCL=26916
    CL=26918

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/e5ba266e938344c4e12ef601efa6d7376dbfd44e

元コミット内容

delete dregs: inarggen, genpanic, regret

R=ken
OCL=26916
CL=26918

変更の背景

このコミットは、Go言語の初期開発フェーズ、特にコンパイラの成熟過程におけるコードベースの整理と最適化を目的としています。コミットメッセージにある "delete dregs" という表現は、「残り物」「カス」といった意味合いを持ち、これらの関数がもはや必要とされていない、あるいは開発の途中で設計変更により使われなくなったコードであることを示唆しています。

Goコンパイラは、その歴史の初期において、Plan 9 Cコンパイラツールチェーンをベースにしていました。6g は、このツールチェーンの一部として、GoソースコードをAMD64アーキテクチャの機械語に変換する役割を担っていました。開発が進むにつれて、初期の設計や実験的な機能が不要になったり、より洗練された実装に置き換えられたりすることはよくあります。このコミットは、まさにそのような「技術的負債」の解消、あるいは単に未使用コードの削除によるコードベースの健全性維持のための作業であったと考えられます。

特に、inarggenregret の実装が fatal エラーを発生させるだけの状態であったこと、fieldoffset が常に 0 を返す状態であったことは、これらの関数が完全に機能していなかったか、あるいは一時的なプレースホルダーとして存在していたことを強く示唆しています。genpanic の削除は、パニック処理のコード生成ロジックが変更されたか、あるいはより上位の抽象化レイヤーで処理されるようになった可能性を示しています。

前提知識の解説

このコミットの理解には、以下の知識が役立ちます。

  • Goコンパイラ (6g): Go言語の初期のコンパイラは、gc (Go Compiler) と呼ばれるもので、各アーキテクチャ(例: 6g for amd64, 8g for 386, 5g for arm)ごとに存在しました。これらはPlan 9 Cコンパイラを基盤としており、Goソースコードを中間表現に変換し、最終的にターゲットアーキテクチャの機械語にコンパイルする役割を担っていました。
  • コンパイラのフェーズ: 一般的なコンパイラは、字句解析、構文解析、意味解析、中間コード生成、最適化、コード生成といった複数のフェーズに分かれています。このコミットで変更されているファイル (cgen.c, gen.c, gsubr.c) は、主に中間コード生成からコード生成、およびランタイムサポートに関連する部分です。
  • 中間表現 (IR): コンパイラがソースコードを直接機械語に変換するのではなく、途中で抽象的な中間表現に変換することが一般的です。これにより、最適化や異なるアーキテクチャへの対応が容易になります。Goコンパイラも独自のIRを持っていました。
  • レジスタ割り当て (Register Allocation): コード生成フェーズにおいて、プログラムの変数をCPUのレジスタに効率的に割り当てるプロセスです。レジスタはメモリよりも高速なため、レジスタを最大限に活用することでパフォーマンスが向上します。regret 関数名から、レジスタ管理に関連する機能であった可能性が示唆されます。
  • パニック (Panic) とリカバリ (Recover): Go言語の例外処理メカニズムです。パニックが発生すると、通常のプログラムフローが中断され、スタックがアンワインドされます。genpanic は、このパニック処理に関連する機械語コードを生成する部分であったと考えられます。
  • fatal 関数: Goコンパイラのソースコード内で頻繁に見られる関数で、回復不能なエラーが発生した場合にプログラムを終了させるために使用されます。開発中のデバッグや、到達してはならないコードパスの検出によく用いられます。

技術的詳細

削除された各関数について、その役割と削除の理由を推測します。

  1. fieldoffset(Type *t, Node *n) (src/cmd/6g/cgen.c)

    • 役割の推測: 関数名から、構造体 (TSTRUCT) のフィールドのオフセットを計算するための関数であったと考えられます。構造体内の各フィールドがメモリ上でどこに配置されるかを決定する際に必要となる情報です。
    • 削除の理由: コードを見ると、この関数は常に 0 を返し、TSTRUCT でない型や ONAME でないノードが渡された場合には fatal エラーを発生させていました。これは、この関数が完全に実装されていなかったか、あるいはその機能が他のより汎用的なメカニズムに吸収されたことを示唆しています。初期のGoコンパイラでは、構造体のメモリレイアウトに関するアプローチが変更された可能性があります。
  2. inarggen(void) (src/cmd/6g/gen.c, src/cmd/6g/gg.h)

    • 役割の推測: 関数名から「in argument generation」、つまり関数の引数に関するコード生成に関連する機能であったと考えられます。関数の呼び出し規約(引数がどのようにスタックやレジスタに渡されるか)は、コンパイラにとって非常に重要な部分です。
    • 削除の理由: gen.c 内の compile 関数でコメントアウトされており、inarggen 関数自体も fatal("inarggen"); と実装されていました。これは、この機能が完全に実装されることなく、あるいは別の方法で引数処理が行われるようになったため、不要になったことを明確に示しています。
  3. genpanic(void) (src/cmd/6g/gen.c, src/cmd/6g/gg.h)

    • 役割の推測: OPANIC オペレーションに対応するコードを生成する関数であったと考えられます。Goの panic は、プログラムの実行を中断し、スタックを巻き戻す特殊な制御フローです。この関数は、パニック発生時に必要な機械語命令(例: レジスタへの値のロード、特定のメモリ位置への書き込みなど)を生成する役割を担っていたでしょう。
    • 削除の理由: gen.cgen 関数内の OPANIC ケースが削除され、genpanic 関数自体も削除されています。これは、パニック処理の低レベルなコード生成ロジックが変更されたか、あるいはより高レベルなランタイム関数呼び出しに置き換えられたことを示唆しています。初期のGoでは、パニックのハンドリングメカニズムが進化する過程で、その実装が変更された可能性があります。
  4. regret(Node *n, Type *t) (src/cmd/6g/gg.h, src/cmd/6g/gsubr.c)

    • 役割の推測: 関数名から「register get/return」あるいは「register regret」といった意味合いが考えられます。gsubr.c は「Go Subroutines」の略で、コンパイラのバックエンドにおける共通のユーティリティ関数やレジスタ管理関数が含まれることが多いです。レジスタ割り当ての文脈で、レジスタを解放したり、特定のレジスタの状態を元に戻したりする機能であった可能性があります。
    • 削除の理由: gsubr.c 内の regret 関数は fatal("regret"); と実装されており、tnil の場合にも fatal エラーを発生させていました。これは、この関数が未使用であったか、あるいはレジスタ管理の戦略が変更され、この関数が不要になったことを示しています。

これらの削除は、Goコンパイラの開発が進行する中で、初期の実験的なコードや、より洗練された設計に置き換えられた古いコードが整理された結果であると結論付けられます。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットでは、以下のファイルからコードが削除されています。

  • src/cmd/6g/cgen.c:
    • fieldoffset 関数が完全に削除されました。
  • src/cmd/6g/gen.c:
    • compile 関数内の inarggen() の呼び出しがコメントアウトから削除されました。
    • gen 関数内の OPANIC ケースが削除され、それに伴い genpanic() の呼び出しも削除されました。
    • inarggen 関数が完全に削除されました。
    • genpanic 関数が完全に削除されました。
  • src/cmd/6g/gg.h:
    • inarggen 関数のプロトタイプ宣言が削除されました。
    • genpanic 関数のプロトタイプ宣言が削除されました。
    • regret 関数のプロトタイプ宣言が削除されました。
  • src/cmd/6g/gsubr.c:
    • regret 関数が完全に削除されました。

全体で47行のコードが削除されており、追加されたコードはありません。

コアとなるコードの解説

削除されたコードは、Goコンパイラのバックエンド、特にAMD64アーキテクチャ向けのコード生成部分に属していました。

  • fieldoffset の削除: 構造体のフィールドオフセット計算は、コンパイラが構造体のメモリレイアウトを決定し、フィールドへのアクセスコードを生成する上で不可欠です。この関数の削除は、その機能がより汎用的なユーティリティ関数や、コンパイラのフロントエンド/中間表現の段階で処理されるようになったことを示唆しています。
  • inarggen の削除: 関数の引数処理は、呼び出し規約に厳密に従う必要があります。inarggen が削除されたということは、引数のスタックへのプッシュやレジスタへのロードといった処理が、別のより統合されたコード生成パスで行われるようになったことを意味します。
  • genpanic の削除: パニック処理は、Goのランタイムと密接に連携しています。genpanic の削除は、パニック発生時の低レベルな機械語生成が、Goランタイムの特定の関数呼び出しに置き換えられたか、あるいはコンパイラが生成するコードが、より高レベルなランタイムサポート関数を呼び出す形になったことを示しています。これにより、コンパイラ側のパニック処理ロジックが簡素化された可能性があります。
  • regret の削除: レジスタ管理は、コードの効率性に直結します。regret が削除されたことは、レジスタ割り当てアルゴリズムやレジスタの解放戦略が変更され、この特定の関数が不要になったことを示唆しています。

これらの変更は、Goコンパイラの設計が初期段階から成熟していく過程で、よりクリーンで効率的、かつ保守しやすいコードベースへと進化していった証拠と言えます。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語のソースコード (特に src/cmd/6g ディレクトリの初期のコミット履歴)
  • Go言語の公式ドキュメント
  • コンパイラ設計に関する一般的な知識
  • Plan 9 Cコンパイラに関する情報 (Goコンパイラのルーツ)
  • Goのパニックとリカバリに関するドキュメント: https://go.dev/blog/defer-panic-and-recover