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[インデックス 1968] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のコンパイラにおける定数と変数の型変換の挙動に関するテストケースtest/bugs/bug138.goとその関連エントリtest/golden.outを削除するものです。以前はバグと考えられていた挙動が、当時のGo言語の理解において「バグではない」と判断されたため、このテストファイルが不要になったことが変更の主旨です。具体的には、符号付き定数-1uint型に変換しようとするとコンパイルエラーになる挙動が、Goの仕様に則った正しい動作であると結論付けられました。

コミット

commit a888d4d233d98c009aabf0dacaca5f364fcbc56c
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date:   Tue Apr 7 00:15:49 2009 -0700

    not a bug by current understanding, so delete this file.
    6g says: bug138.go:8: constant -1 overflows uint
    gccgo says: bug138.go:8:16: error: integer constant overflow
    
    R=rsc
    DELTA=19  (0 added, 19 deleted, 0 changed)
    OCL=27099
    CL=27149

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/a888d4d233d98c009aabf0dacaca5f364fcbc56c

元コミット内容

not a bug by current understanding, so delete this file.
6g says: bug138.go:8: constant -1 overflows uint
gccgo says: bug138.go:8:16: error: integer constant overflow

R=rsc
DELTA=19  (0 added, 19 deleted, 0 changed)
OCL=27099
CL=27149

変更の背景

このコミットの背景には、Go言語のコンパイラが定数と変数の型変換をどのように扱うかについての理解の深化があります。test/bugs/bug138.goは、int型の定数-1uint型に変換しようとするとコンパイルエラーが発生し、一方でint型の変数-1uint型に変換するとエラーが発生しないという挙動をテストしていました。

当初、この定数変換時のエラーはコンパイラのバグであると認識されていた可能性があります。しかし、その後のGo言語の設計およびコンパイラのセマンティクスに関する議論と理解の進展により、この挙動はGo言語の仕様に合致しており、コンパイラの意図された動作であると判断されました。すなわち、定数に対するコンパイル時チェックの厳密さと、変数に対する実行時セマンティクスの違いが、この挙動の根源であり、これは「バグではない」という結論に至ったため、このテストケースは削除されることになりました。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、以下のGo言語の基本的な概念とコンパイラの挙動に関する知識が必要です。

  • Go言語の型システム: Goは静的型付け言語であり、すべての変数と定数は特定の型を持ちます。intは符号付き整数型(例: -1, 0, 1)、uintは符号なし整数型(例: 0, 1, 2)を表します。uint型は負の値を表現できません。
  • 定数(const)と変数(var:
    • 定数: constキーワードで宣言され、コンパイル時に値が確定します。Goの定数は、特定の型が明示的に指定されない限り、「型付けされていない数値」として扱われることがあります。これにより、定数はその値が適合する様々な数値型に柔軟に適用できます。しかし、明示的な型変換が行われる場合、コンパイラはその変換が有効であるかを厳密にチェックします。
    • 変数: varキーワードで宣言され、実行時に値を保持します。変数は常に特定の型を持ち、その型のルールに従います。
  • 型変換: Goでは、異なる型の間の代入や演算を行う場合、通常は明示的な型変換が必要です。T(v)という構文で、値vを型Tに変換します。
  • 符号付き整数から符号なし整数への変換: 符号付き整数を符号なし整数に変換する場合、Goの仕様では、値のビットパターンがそのまま解釈されます(ラップアラウンド)。例えば、32ビットシステムでint(-1)はすべてのビットが1のバイナリ表現(0xFFFFFFFF)になります。これをuintに変換すると、そのビットパターンが符号なし整数として解釈され、uintの最大値(2^32 - 1)になります。
  • コンパイル時と実行時の挙動: Goコンパイラは、定数に対してはより厳密なコンパイル時チェックを行います。定数がターゲットの型の範囲に収まるかどうかを静的に検証し、範囲外であればコンパイルエラーを発生させます。一方、変数に対する操作は、通常、実行時のセマンティクスに従い、コンパイル時にはそこまで厳密な範囲チェックは行われません(ただし、型の一致はチェックされます)。
  • 6ggccgo: 6gは、Go言語の初期の公式コンパイラ(gcツールチェーンの一部)です。gccgoは、GCC(GNU Compiler Collection)をベースにしたGo言語のフロントエンドです。どちらもGoコードをコンパイルしますが、実装の詳細やエラーメッセージの表現が異なる場合があります。

技術的詳細

このコミットが削除したtest/bugs/bug138.goファイルは、Go言語における定数と変数の型変換の挙動の違い、特に符号付き整数から符号なし整数への変換におけるコンパイル時と実行時のセマンティクスの違いを浮き彫りにするテストケースでした。

削除されたbug138.goの主要なコードスニペットは以下の通りです。

package main

func main() {
	const c int = -1;
	var i int = -1;
	var xc uint = uint(c);  // this does not work (6g says: constant -1 overflows uint)
	var xi uint = uint(i);  // this works
}

このコードの各行が示す挙動と、それがなぜ「バグではない」と判断されたのかを詳細に解説します。

  1. const c int = -1;:

    • ここでcint型の定数-1として宣言されています。Goの定数は、その値がターゲットの型に適合するかどうかをコンパイル時に厳密にチェックされます。
  2. var xc uint = uint(c);:

    • 定数c(値は-1)をuint型に変換しようとしています。
    • uint型は非負の整数のみを扱います。コンパイル時において、定数-1uintの有効な範囲(0からMaxUint)外であるため、Goコンパイラ(当時の6ggccgo)は「constant -1 overflows uint」というエラーを報告しました。
    • このエラーは、コンパイラが定数の値を静的に評価し、型変換がuintの範囲内で有効でないと判断したためです。Go言語の設計思想では、定数に対するこのような厳密なコンパイル時チェックは、プログラムの早期エラー検出と安全性向上に貢献すると考えられています。したがって、この挙動は「バグではない」と判断されました。
  3. var i int = -1;:

    • ここでiint型の変数-1として宣言されています。
  4. var xi uint = uint(i);:

    • 変数i(値は-1)をuint型に変換しようとしています。
    • 変数に対する型変換は、実行時のセマンティクスに従います。Goの仕様では、符号付き整数から符号なし整数への変換は、その値のビットパターンをそのまま解釈します(ラップアラウンド)。
    • 例えば、32ビットシステムでは、int(-1)のビット表現はすべてのビットが1の状態、すなわち0xFFFFFFFFです。これをuintに変換すると、このビットパターンが符号なし整数として解釈され、uintの最大値(2^32 - 1)になります。
    • この変換はGoの仕様に則ったものであり、コンパイルエラーにはなりません。コンパイラは変数の実行時の値を知らないため、静的にオーバーフローを検出することはできません。

このコミットは、bug138.goが示す定数変換時のコンパイルエラーがGo言語の仕様に合致しており、コンパイラのバグではないという理解に至ったため、このテストケースを削除しました。これは、Go言語が定数と変数に対して異なる厳密さの型チェックを適用するという設計上の決定を反映しています。定数はより安全なコンパイル時チェックの恩恵を受け、変数は実行時の柔軟なビットパターン解釈を可能にします。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットでは、以下の2つのファイルが削除されました。

  1. test/bugs/bug138.go:

    • このファイルは、上述の定数と変数の型変換の挙動をテストするために作成されたGoのソースコードファイルです。
    • ファイル全体が削除されました。
  2. test/golden.out:

    • このファイルは、Goのテストスイートにおいて、特定のテストケースの期待される出力を記録する「ゴールデンファイル」として機能します。
    • bug138.goに関連するエントリ(=========== bugs/bug138.goから始まるセクション)が削除されました。これは、bug138.goが削除されたため、そのテスト結果も不要になったためです。

変更のDELTAは19 (0 added, 19 deleted, 0 changed)と示されており、これはbug138.goファイルの全行が削除されたことを意味します。また、test/golden.outからの削除行も含まれています。

コアとなるコードの解説

削除されたtest/bugs/bug138.goは、Go言語の型システムにおける重要な側面、特に定数と変数の型変換のセマンティクスを検証するためのものでした。

ファイルの内容は、mainパッケージに属するmain関数で構成されており、以下の主要な処理を含んでいました。

  • const c int = -1;: int型の定数cを値-1で宣言。
  • var i int = -1;: int型の変数iを値-1で宣言。
  • var xc uint = uint(c);: 定数cuint型に明示的に変換し、xcに代入。この行が、当時の6gコンパイラで「constant -1 overflows uint」というコンパイルエラーを引き起こしていました。
  • var xi uint = uint(i);: 変数iuint型に明示的に変換し、xiに代入。この行はコンパイルエラーを引き起こしませんでした。

このテストファイルは、定数-1uintに変換するとエラーになる一方で、変数-1uintに変換するとエラーにならないという、一見すると矛盾しているように見える挙動を捉えていました。しかし、Go言語の設計思想では、定数に対してはコンパイル時に厳密な型チェックを行い、値がターゲットの型の範囲に収まるかを検証します。-1uintの範囲外であるため、コンパイルエラーは正しい挙動です。一方、変数に対する変換は実行時のビットパターン解釈に委ねられ、-1のビットパターンがuintとして解釈されると最大値になるため、エラーにはなりません。

このコミットによるファイルの削除は、この挙動がGo言語の仕様に合致しており、コンパイラのバグではないというGo開発チームの最終的な理解を反映しています。これにより、このテストケースはもはや「バグ」をテストするものではなくなり、削除されるに至りました。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語の公式ドキュメントおよび仕様書
  • Go言語のソースコードリポジトリ(コミット履歴)
  • Go言語に関する一般的なプログラミング知識と型システムの概念