[インデックス 11324] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のドキュメンテーション生成ツールである go/doc
パッケージに対して、より堅牢なテストケースを追加するものです。具体的には、src/pkg/go/doc/testdata/c.go
という新しいテストファイルと、その期待される出力 src/pkg/go/doc/testdata/c.out
を追加しています。これにより、空の宣言ブロック、Decl
ノードと Spec
ノードの両方にドキュメンテーションコメントが付与された型、および匿名フィールドを持つ構造体におけるローカル型とインポートされた型の区別といった、go/doc
がドキュメンテーションを正しく処理するかどうかを確認します。
コミット
commit abd5bd7d54b1b5e1631dacb3733a44d2cf39d37d
Author: Robert Griesemer <gri@golang.org>
Date: Sun Jan 22 18:53:18 2012 -0800
go/doc: add more test cases
R=golang-dev, adg
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5571043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/abd5bd7d54b1b5e1631dacb3733a44d2cf39d37d
元コミット内容
go/doc
パッケージにさらなるテストケースを追加。
変更の背景
Go言語の go/doc
パッケージは、Goのソースコードからドキュメンテーションを抽出し、生成するための重要なツールです。このパッケージは、godoc
コマンドや pkg.go.dev のような公式ドキュメンテーションサイトの基盤となっています。ドキュメンテーションの正確な生成は、開発者がライブラリやパッケージを理解し、効果的に利用するために不可欠です。
このコミットが行われた2012年当時、Go言語はまだ比較的新しく、そのツールチェインも活発に開発されていました。go/doc
パッケージも例外ではなく、様々なエッジケースや複雑なコード構造に対するドキュメンテーションの処理能力を向上させる必要がありました。特に、以下のようなケースで go/doc
が期待通りに動作するかどうかを検証し、潜在的なバグを特定・修正するために、より包括的なテストケースが求められていました。
- 空の宣言ブロック:
const ()
,type ()
,var ()
のように、中身が空の宣言ブロックがドキュメンテーション生成に悪影響を与えないことの確認。 Decl
ノードとSpec
ノードのドキュメンテーション: GoのAST(抽象構文木)において、型宣言はGenDecl
(General Declaration) ノード(Decl
ノード)と、その中の個々の型定義を表すTypeSpec
ノード(Spec
ノード)に分かれます。両方にドキュメンテーションコメントが付与された場合に、go/doc
がどちらのコメントを優先するか、あるいは適切に結合するかをテストする必要がありました。- 匿名フィールドと型解決: 構造体の匿名フィールドとして、ローカルで定義された型と、別のパッケージからインポートされた同じ名前の型が存在する場合に、
go/doc
がメソッドの解決などを正しく行うかどうかの確認。これは、Goの型システムにおける名前解決のセマンティクスがドキュメンテーションに正しく反映されることを保証するために重要です。
これらの背景から、go/doc
の堅牢性を高め、将来的な機能追加やリファクタリングの際の回帰テストとして機能するよう、新たなテストケースが追加されました。
前提知識の解説
1. go/doc
パッケージ
go/doc
パッケージは、Goのソースコードを解析し、そのドキュメンテーションコメントから構造化されたドキュメンテーションデータを生成するための標準ライブラリです。このパッケージは、GoのAST(抽象構文木)を操作し、パッケージ、関数、型、変数、定数などの各要素に関連付けられたコメントを抽出し、整形します。
主な機能:
- ソースコードのパースとASTの構築。
- ドキュメンテーションコメントの抽出と整形(例: コードブロックの認識、リンクの自動生成)。
- パッケージ、型、関数、変数、定数などのドキュメンテーション構造の生成。
- エクスポートされた(大文字で始まる)要素のみを対象とする。
2. Goのドキュメンテーションコメント
Goでは、エクスポートされる(パッケージ外から参照可能な)要素(関数、型、変数、定数、パッケージ自体)の直前に記述されたコメントがドキュメンテーションコメントとして扱われます。
- パッケージコメント:
package
宣言の直前に記述。 - 要素コメント:
func
,type
,var
,const
宣言の直前に記述。
コメントは通常、要素の目的や使い方を説明し、最初の文がその要素の概要として利用されます。
3. testdata
ディレクトリ
Goの標準ライブラリや多くのGoプロジェクトでは、testdata
という名前のディレクトリが慣習的に使用されます。このディレクトリは、テストコードが読み込むためのデータファイル(例: 入力ファイル、期待される出力ファイル、テスト対象のコードスニペットなど)を格納するために使われます。go test
コマンドは、testdata
ディレクトリ内のファイルを無視するため、テスト実行時に余計なファイルがコンパイルされたり、テストとして実行されたりすることはありません。
このコミットでは、go/doc
パッケージのテストのために、testdata/c.go
(テスト対象のGoコード)と testdata/c.out
(go/doc
が c.go
から生成すると期待されるドキュメンテーションのテキスト表現)が追加されています。
4. Goの宣言とAST (Decl
と Spec
ノード)
Goのソースコードは、コンパイラによってAST(抽象構文木)に変換されます。このASTは、コードの構造を階層的に表現したものです。
Decl
(Declaration) ノード: Goのソースファイルは一連の宣言(Decl
)で構成されます。これには、import
宣言、const
宣言、type
宣言、var
宣言、func
宣言などが含まれます。例えば、const ( A = 1; B = 2 )
のようなブロック宣言全体がGenDecl
(General Declaration) というDecl
ノードになります。Spec
(Specification) ノード:GenDecl
のようなブロック宣言の中には、個々の要素の仕様(Spec
)が含まれます。例えば、const ( A = 1; B = 2 )
の場合、A = 1
とB = 2
のそれぞれがValueSpec
というSpec
ノードになります。同様に、type ( A struct{}; B struct{} )
の場合、A struct{}
とB struct{}
のそれぞれがTypeSpec
というSpec
ノードになります。
ドキュメンテーションコメントが Decl
ノード全体に付く場合と、Spec
ノード(個々の要素)に付く場合があり、go/doc
はこれらを適切に処理し、どのコメントを最終的なドキュメンテーションとして採用するかを決定する必要があります。このコミットのテストケースは、この複雑なシナリオを検証しています。
5. 匿名フィールドと型解決
Goの構造体は、フィールド名なしで型を埋め込むことができます。これを「匿名フィールド」と呼びます。匿名フィールドの型が持つメソッドは、その構造体自身のメソッドであるかのように直接呼び出すことができます。
type Inner struct {
Value int
}
func (i Inner) GetValue() int {
return i.Value
}
type Outer struct {
Inner // 匿名フィールド
}
func main() {
o := Outer{Inner{Value: 10}}
fmt.Println(o.GetValue()) // OuterのメソッドのようにInnerのメソッドを呼び出せる
}
このコミットのテストケースでは、a.T1
のように別のパッケージ a
からインポートされた型 T1
を匿名フィールドとして持つ構造体 T2
が登場します。この a.T1
と、テストファイル内でローカルに定義された T1
が異なる型であることを go/doc
が正しく認識し、T2
のドキュメンテーションにローカルの T1
のメソッドが含まれないことを確認しています。これは、Goの型システムにおけるパッケージスコープの重要性を反映したテストです。
技術的詳細
このコミットで追加された c.go
と c.out
は、go/doc
パッケージがドキュメンテーションを生成する際のいくつかの複雑なシナリオを検証するために設計されています。
1. 空の宣言ブロックのテスト
c.go
の冒頭には、以下の空の宣言ブロックが含まれています。
const ()
type ()
var ()
これは、go/doc
がこれらの空のブロックを適切に無視し、ドキュメンテーション生成プロセスでエラーを引き起こしたり、不必要な出力を生成したりしないことを確認するためのテストです。c.out
にはこれらの宣言に関するエントリは一切含まれていません。
2. Decl
ノードと Spec
ノードのドキュメンテーションのテスト
このセクションは、型宣言ブロックにおいて、ブロック全体(Decl
ノード)に付与されたコメントと、個々の型(Spec
ノード)に付与されたコメントの処理を検証します。
-
type A struct{}
:// A (should see this) type A struct{}
これは最も基本的なケースで、型
A
の直前のコメントがドキュメンテーションとして認識されることをテストします。c.out
では// A (should see this)
がA
のドキュメンテーションとして表示されています。 -
type ( B struct{} )
:// B (should see this) type ( B struct{} )
これは、単一の型が括弧で囲まれたブロック内で宣言され、そのブロックの直前にコメントがあるケースです。
go/doc
はこのコメントをB
のドキュメンテーションとして認識します。c.out
では// B (should see this)
がB
のドキュメンテーションとして表示されています。 -
type ( C struct{} )
:type ( // C (should see this) C struct{} )
このケースでは、コメントがブロック宣言の直前ではなく、個々の型
C
の直前に付与されています。go/doc
はこのコメントをC
のドキュメンテーションとして認識します。c.out
では// C (should see this)
がC
のドキュメンテーションとして表示されています。 -
type ( D struct{} )
:// D (should not see this) type ( // D (should see this) D struct{} )
これは最も重要なテストケースの一つです。ブロック全体(
Decl
ノード)と個々の型(Spec
ノード)の両方にコメントが付与されています。go/doc
の設計では、より具体的な要素(この場合はSpec
ノード)に付与されたコメントが優先されるべきです。したがって、D
のドキュメンテーションとしては// D (should see this)
が採用され、// D (should not see this)
は無視されることが期待されます。c.out
はこの期待通りの動作を示しています。 -
type ( E1, E2, E3, E4 )
:// E (should see this for E2 and E3) type ( // E1 (should see this) E1 struct{} E2 struct{} E3 struct{} // E4 (should see this) E4 struct{} )
この複雑なケースでは、ブロック全体にコメントがあり、さらにブロック内の特定の型にもコメントがあります。
E1
: 個別のコメントがあるため、それが優先されます。c.out
では// E1 (should see this)
がE1
のドキュメンテーションとして表示されています。E2
,E3
: 個別のコメントがないため、ブロック全体のコメント// E (should see this for E2 and E3)
がこれらの型のドキュメンテーションとして適用されます。c.out
はこの動作を示しています。E4
: 個別のコメントがあるため、それが優先されます。c.out
では// E4 (should see this)
がE4
のドキュメンテーションとして表示されています。
このセクションのテストは、go/doc
がASTの構造とコメントの位置に基づいて、どのコメントをどの要素のドキュメンテーションとして適切に割り当てるかを正確に判断できることを保証します。
3. 匿名フィールドと型解決のテスト
このセクションは、匿名フィールドとして埋め込まれた型が、ローカルで定義された同じ名前の型と区別されることをテストします。
type T1 struct{}
func (t1 *T1) M() {}
// T2 must not show methods of local T1
type T2 struct {
a.T1 // not the same as locally declared T1
}
- ローカルに
type T1 struct{}
が定義され、func (t1 *T1) M() {}
というメソッドを持っています。 type T2 struct { a.T1 }
は、別のパッケージa
からインポートされたT1
を匿名フィールドとして埋め込んでいます。
go/doc
は、T2
のドキュメンテーションを生成する際に、a.T1
がローカルの T1
とは異なる型であることを認識し、ローカルの T1
のメソッド M()
が T2
のメソッドとして誤って表示されないことを確認する必要があります。c.out
では、T1
のドキュメンテーションには func (t1 *T1) M()
が含まれていますが、T2
のドキュメンテーションには M()
は含まれていません。これは、go/doc
が型解決を正しく行い、匿名フィールドの型が異なるパッケージに由来する場合に、そのパッケージのセマンティクスを尊重していることを示しています。
これらのテストケースは、go/doc
がGo言語の複雑な構文とセマンティクスを正確に理解し、堅牢なドキュメンテーションを生成するための重要な検証ポイントをカバーしています。
コアとなるコードの変更箇所
このコミットでは、以下の2つのファイルが新規追加されています。
diff --git a/src/pkg/go/doc/testdata/c.go b/src/pkg/go/doc/testdata/c.go
new file mode 100644
index 0000000000..e0f39196de
--- /dev/null
+++ b/src/pkg/go/doc/testdata/c.go
@@ -0,0 +1,62 @@
+// Copyright 2012 The Go Authors. All rights reserved.
+// Use of this source code is governed by a BSD-style
+// license that can be found in the LICENSE file.
+
+package c
+
+import "a"
+
+// ----------------------------------------------------------------------------
+// Test that empty declarations don't cause problems
+
+const ()
+
+type ()
+
+var ()
+
+// ----------------------------------------------------------------------------
+// Test that types with documentation on both, the Decl and the Spec node
+// are handled correctly.
+
+// A (should see this)
+type A struct{}
+
+// B (should see this)
+type (
+ B struct{}
+)
+
+type (
+ // C (should see this)
+ C struct{}
+)
+
+// D (should not see this)
+type (
+ // D (should see this)
+ D struct{}
+)
+
+// E (should see this for E2 and E3)
+type (
+ // E1 (should see this)
+ E1 struct{}
+ E2 struct{}
+ E3 struct{}
+ // E4 (should see this)
+ E4 struct{}
+)
+
+// ----------------------------------------------------------------------------
+// Test that local and imported types are different when
+// handling anonymous fields.
+
+type T1 struct{}
+
+func (t1 *T1) M() {}
+
+// T2 must not show methods of local T1
+type T2 struct {
+ a.T1 // not the same as locally declared T1
+}
diff --git a/src/pkg/go/doc/testdata/c.out b/src/pkg/go/doc/testdata/c.out
new file mode 100644
index 0000000000..e21959b195
--- /dev/null
+++ b/src/pkg/go/doc/testdata/c.out
@@ -0,0 +1,48 @@
+//
+PACKAGE c
+
+IMPORTPATH
+ testdata/c
+
+IMPORTS
+ a
+
+FILENAMES
+ testdata/c.go
+
+TYPES
+ // A (should see this)
+ type A struct{}
+
+ // B (should see this)
+ type B struct{}
+
+ // C (should see this)
+ type C struct{}
+
+ // D (should see this)
+ type D struct{}
+
+ // E1 (should see this)
+ type E1 struct{}
+
+ // E (should see this for E2 and E3)
+ type E2 struct{}
+
+ // E (should see this for E2 and E3)
+ type E3 struct{}
+
+ // E4 (should see this)
+ type E4 struct{}
+
+ //
+ type T1 struct{}
+
+ //
+ func (t1 *T1) M()
+
+ // T2 must not show methods of local T1
+ type T2 struct {
+ a.T1 // not the same as locally declared T1
+ }
+
コアとなるコードの解説
src/pkg/go/doc/testdata/c.go
このファイルは、go/doc
パッケージのテスト入力として使用されるGoのソースコードです。
-
パッケージ宣言とインポート:
package c import "a"
c
というパッケージ名で、a
という架空のパッケージをインポートしています。a
パッケージは、匿名フィールドのテストケースで使用されます。 -
空の宣言ブロック:
const () type () var ()
これらのブロックは、
go/doc
が空の宣言を正しく処理し、エラーを発生させたり、不必要な出力を生成したりしないことを確認するためのものです。 -
Decl
とSpec
ノードのドキュメンテーションテスト: このセクションは、Goの型宣言におけるコメントの優先順位と関連付けをテストします。type A struct{}
: 型A
の直前のコメントがドキュメンテーションとして認識される基本的なケース。type ( B struct{} )
: 括弧で囲まれた単一の型宣言ブロックの直前のコメントが、その型のドキュメンテーションとして認識されることをテスト。type ( // C (should see this) C struct{} )
: 括弧ブロック内で個々の型C
の直前にコメントがある場合、それがC
のドキュメンテーションとして認識されることをテスト。type ( // D (should not see this) ... // D (should see this) D struct{} )
: ブロック全体と個々の型D
の両方にコメントがある場合、個々の型に付いたコメントが優先されることをテスト。type ( // E (should see this for E2 and E3) ... )
: 複数の型が宣言されたブロックで、ブロック全体のコメントと個々の型のコメントが混在する場合の処理をテスト。コメントがないE2
とE3
にはブロック全体のコメントが適用され、コメントがあるE1
とE4
にはそれぞれのコメントが適用されることを確認します。
-
匿名フィールドと型解決のテスト:
type T1 struct{} func (t1 *T1) M() {} // T2 must not show methods of local T1 type T2 struct { a.T1 // not the same as locally declared T1 }
ローカルに定義された
T1
と、インポートされたa.T1
が異なる型であることをgo/doc
が正しく認識し、T2
のドキュメンテーションにローカルのT1
のメソッドM()
が誤って含まれないことをテストします。
src/pkg/go/doc/testdata/c.out
このファイルは、go/doc
が c.go
を処理した際に生成されると期待されるドキュメンテーションのテキスト表現です。これは、go/doc
のテストスイートが c.go
を処理した結果とこの c.out
ファイルの内容を比較することで、go/doc
の動作が正しいことを検証するために使用されます。
PACKAGE c
: パッケージ名がc
であることを示します。IMPORTPATH testdata/c
: パッケージのインポートパスを示します。IMPORTS a
:a
パッケージがインポートされていることを示します。FILENAMES testdata/c.go
: ドキュメンテーションが生成されたソースファイルを示します。TYPES
セクション:c.go
で定義された各型とそのドキュメンテーション、および関連するメソッドが期待通りに抽出されていることを示します。- 各型のコメントが
c.go
の意図通りに反映されていることを確認できます。特にD
とE
のケースでは、コメントの優先順位が正しく適用されていることがわかります。 T1
の下にfunc (t1 *T1) M()
が表示されている一方で、T2
の下にはM()
が表示されていないことから、匿名フィールドの型解決が正しく行われていることが確認できます。
- 各型のコメントが
この c.out
ファイルは、go/doc
の出力が安定しており、特定のコード構造に対して期待されるドキュメンテーションが正確に生成されることを保証するための「ゴールデンファイル」として機能します。
関連リンク
- Go CL 5571043: https://golang.org/cl/5571043
参考にした情報源リンク
- Go Documentation: https://go.dev/doc/
go/doc
package documentation: https://pkg.go.dev/go/doc- Go AST (Abstract Syntax Tree) documentation (e.g.,
go/ast
package): https://pkg.go.dev/go/ast - Go Language Specification - Declarations and scope: https://go.dev/ref/spec#Declarations_and_scope
- Go Language Specification - Struct types (Anonymous fields): https://go.dev/ref/spec#Struct_types
- Go
testdata
convention: (General Go community knowledge, not a single official link, but widely adopted)