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[インデックス 15753] ファイルの概要

src/cmd/gc/cplx.c は、Goコンパイラのバックエンドの一部であり、主に複素数(complex numbers)の操作、特に複素数型の値の移動(move)や代入に関連するコードを扱っています。Go言語では、複素数型は complex64complex128 があり、これらは実部と虚部から構成されます。このファイルは、コンパイラがこれらの複素数値をどのように内部的に表現し、レジスタやメモリ間で効率的に移動させるかを定義する役割を担っています。

コミット

cmd/gc: silence valgrind error

valgrind complained that under some circumstances,

    *nr = *nc

was being called when nr and nc were the same *Node. The suggestion my Rémy was to introduce a tmp node to avoid the potential for aliasing in subnode.

R=remyoudompheng, minux.ma, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7780044

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/8883c484cf42b2addb8559e2a4e24383b5c083d1

元コミット内容

commit 8883c484cf42b2addb8559e2a4e24383b5c083d1
Author: Dave Cheney <dave@cheney.net>
Date:   Wed Mar 13 16:12:38 2013 -0400

    cmd/gc: silence valgrind error
    
    valgrind complained that under some circumstances,
    
        *nr = *nc
    
    was being called when nr and nc were the same *Node. The suggestion my Rémy was to introduce a tmp node to avoid the potential for aliasing in subnode.
    
    R=remyoudompheng, minux.ma, rsc
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/7780044
---
 src/cmd/gc/cplx.c | 8 ++++----\n 1 file changed, 4 insertions(+), 4 deletions(-)\n

変更の背景

このコミットの背景には、メモリデバッグツールであるValgrindがGoコンパイラのsrc/cmd/gc/cplx.cファイル内で検出した潜在的なメモリ不正アクセス(エイリアシング問題)があります。具体的には、*nr = *ncという代入操作が、nrncが同じNode構造体へのポインタを指している場合に、Valgrindによって警告されていました。

Goコンパイラは、ソースコードを抽象構文木(AST)として表現し、そのノード(Node構造体)を操作しながらコード生成を行います。complexmove関数は、複素数型の値をある場所から別の場所へ移動させる処理を担当しています。この移動処理の過程で、一時的なストレージが必要になる場合があります。

Valgrindの警告は、特定の条件下で、ソースノードとデスティネーションノードが実際には同じメモリ位置を指しているにもかかわらず、コンパイラがそれらを異なるものとして扱おうとすることを示唆していました。このような状況で直接代入を行うと、未定義の動作を引き起こしたり、データが破損したりする可能性があります。これは「エイリアシング」として知られる問題です。

この問題を解決するために、Rémy Oudempheng氏(コミットメッセージに「Rémy」と記載されている人物)が、subnode関数内でエイリアシングの可能性を回避するために一時的なNodeを導入するという解決策を提案しました。この変更は、コンパイラの堅牢性を高め、Valgrindのようなメモリデバッグツールによる誤検出や実際のバグを防ぐことを目的としています。

前提知識の解説

Valgrind

Valgrindは、主にLinux上で動作するオープンソースのインストゥルメンテーションフレームワークです。プログラムの実行時に、メモリ管理やスレッドのバグを検出するためのツール群を提供します。最もよく知られているツールはMemcheckで、これは以下のようなメモリ関連のエラーを検出します。

  • 未初期化メモリの使用: 変数が初期化される前に使用される場合。
  • 無効なリード/ライト: 割り当てられていないメモリ領域や解放されたメモリ領域へのアクセス。
  • メモリリーク: 割り当てられたメモリが解放されずに失われる場合。
  • 不正なfree()/delete(): 既に解放されたメモリを再度解放しようとする、またはmallocで割り当てられていないメモリを解放しようとする場合。
  • エイリアシング問題: 複数のポインタが同じメモリ位置を指している場合に、予期せぬ動作を引き起こす可能性のある操作。

今回のケースでは、Valgrindが*nr = *ncという操作において、nrncが同じメモリを指している可能性を指摘し、潜在的なエイリアシング問題として警告を発しました。

エイリアシング (Aliasing)

プログラミングにおけるエイリアシングとは、同じメモリ位置が複数の異なる名前(変数、ポインタ、参照など)によって参照される状況を指します。エイリアシング自体は必ずしも問題ではありませんが、エイリアシングが存在する状況で特定の操作を行うと、予期せぬ副作用やバグを引き起こす可能性があります。

例えば、2つのポインタp1p2が同じメモリ位置を指しているとします。

int x = 10;
int *p1 = &x;
int *p2 = &x; // p1 と p2 は x のエイリアス

この状況で*p1 = 20;とすると、*p2の値も20に変わります。これは直感的ですが、もしコンパイラがエイリアシングを考慮せずに最適化を行うと、問題が発生する可能性があります。

今回のGoコンパイラのケースでは、*nr = *ncという代入が問題となりました。もしnrncが同じNodeを指している場合、自己代入(*X = *X)となり、通常は問題ありません。しかし、complexmove関数のような複雑な操作の中で、一時的なノードの生成やポインタの再割り当てが行われる際に、意図せずエイリアシングが発生し、その後の操作でデータが破損する可能性がValgrindによって指摘されたと考えられます。特に、subnode関数が内部でどのようにノードを操作するかに依存します。

GoコンパイラのNodeと中間表現

Goコンパイラ(cmd/gc)は、Goのソースコードをコンパイルする際に、いくつかの段階を経ます。その中で重要なのが、ソースコードを抽象構文木(AST)として表現し、それをさらに最適化やコード生成に適した中間表現(IR)に変換するプロセスです。

  • Node構造体: GoコンパイラにおけるNodeは、ASTや中間表現の基本的な構成要素です。変数、定数、関数呼び出し、演算子、型など、プログラムのあらゆる要素がNodeとして表現されます。各Nodeは、その種類(Op)、型(Type)、値、子ノードへのポインタなど、様々な情報を持っています。
  • complexmove関数: この関数は、Go言語の複素数型(complex64, complex128)の値を、あるNodeから別のNodeへ移動させるためのコンパイラ内部関数です。複素数は実部と虚部からなるため、単一のレジスタやメモリ位置に収まらないことが多く、複数のレジスタやメモリ位置を効率的に管理しながら移動させる必要があります。
  • subnode関数: この関数は、おそらく特定のNodeからそのサブノード(例えば、複素数の実部や虚部を表すノード)を取得したり、操作したりするためのヘルパー関数です。コミットメッセージにあるsubnode内でのエイリアシングの可能性は、この関数がノードのポインタをどのように扱うかに関連しています。

技術的詳細

このコミットの技術的詳細は、Goコンパイラのsrc/cmd/gc/cplx.cファイル内のcomplexmove関数における、一時的なNodeの利用に集約されます。

complexmove関数は、複素数型の値(fで表されるソースノード)を、別の場所(tで表されるターゲットノード)へ移動させる役割を担っています。この移動処理は、コンパイラが生成するアセンブリコードに影響を与えます。

元のコードでは、fが「addable」(アドレス可能、つまりメモリ上に存在し、直接アクセスできる)でない場合や、ftがメモリ上でオーバーラップしている可能性がある場合に、一時的なノードn1を作成し、そこにfの値を移動させてから、そのn1を新しいソースとして使用していました。

// 元のコードの一部
if(!f->addable || overlap(f, t)) {
    tempname(&n1, f->type);
    complexmove(f, &n1); // f の内容を n1 に移動
    f = &n1;             // f を n1 に置き換え
}
// その後、subnode(&n1, &n2, f); のように n1 を使用

Valgrindが指摘した問題は、このcomplexmove(f, &n1)の呼び出し、またはその後のsubnodeの呼び出しにおいて、nrncが同じNodeを指す状況が発生し、*nr = *ncという代入が問題を引き起こす可能性があったことです。

具体的に考えられるシナリオは以下の通りです。

  1. complexmove(f, &n1)の内部で、fn1が何らかの理由でエイリアスとなる状況が発生した。
  2. subnode(&n1, &n2, f)の呼び出しにおいて、fn1とエイリアスとなり、subnode内部で*nr = *ncのような操作が行われた際に問題が発生した。

コミットメッセージによると、問題はsubnode内でのエイリアシングの可能性を回避することにありました。subnodeは、複素数の実部や虚部といった「サブノード」を抽出する際に、元のノードのポインタを内部的に使用します。もし、元のノードと一時的なノードが同じメモリを指している場合、subnodeが期待する動作と異なる結果になる可能性がありました。

解決策は、tempname(&n1, f->type);で一時ノードを生成する際に、n1ではなくtmpという新しい変数を使用することです。

// 変更後のコードの一部
Node n1, n2, n3, n4, tmp; // tmp を追加
// ...
if(!f->addable || overlap(f, t)) {
    tempname(&tmp, f->type); // n1 の代わりに tmp を使用
    complexmove(f, &tmp);    // f の内容を tmp に移動
    f = &tmp;                // f を tmp に置き換え
}
// その後、subnode(&n1, &n2, f); のように f (現在は tmp を指す) を使用

この変更により、complexmoveの内部でfの内容を一時ノードに移動させる際に、n1という既存の変数ではなく、新しく宣言されたtmpという変数を使用するようになりました。これにより、n1が他の目的で使用されている場合や、n1が指すメモリがfとエイリアスになる可能性があった場合に、その潜在的なエイリアシングを回避できます。

つまり、n1complexmoveの呼び出し元で既に何らかの値を保持しており、それがfとエイリアスになる可能性があったと推測されます。tmpという新しいローカル変数を使用することで、complexmoveの内部で安全に一時的なストレージを確保し、fの値をそこにコピーしてから、fのポインタをこの新しい一時ノードに付け替えることができます。これにより、subnodeが呼び出される際に、fが指すノードと、subnodeが内部で操作する他のノードとの間に意図しないエイリアシングが発生するのを防ぎます。

この修正は、コンパイラの内部的なデータ構造の整合性を保ち、Valgrindのような厳密なメモリチェッカーが検出するような微妙なバグの可能性を排除するために重要です。

コアとなるコードの変更箇所

--- a/src/cmd/gc/cplx.c
+++ b/src/cmd/gc/cplx.c
@@ -36,7 +36,7 @@ void
 complexmove(Node *f, Node *t)
 {
  int ft, tt;
- Node n1, n2, n3, n4;
+ Node n1, n2, n3, n4, tmp;
 
  if(debug['g']) {
  dump("\ncomplexmove-f", f);
@@ -62,9 +62,9 @@ complexmove(Node *f, Node *t)
  // make f addable.
  // also use temporary if possible stack overlap.
  if(!f->addable || overlap(f, t)) {
- tempname(&n1, f->type);
- complexmove(f, &n1);
- f = &n1;
+ tempname(&tmp, f->type);
+ complexmove(f, &tmp);
+ f = &tmp;
  }
 
  subnode(&n1, &n2, f);

コアとなるコードの解説

変更はsrc/cmd/gc/cplx.cファイル内のcomplexmove関数に集中しています。

  1. 変数の追加:

    - Node n1, n2, n3, n4;
    + Node n1, n2, n3, n4, tmp;
    

    complexmove関数のローカル変数として、新たにtmpという名前のNode型変数が追加されました。これは、一時的なノードとして使用されます。

  2. 一時ノードの利用箇所の変更:

    - tempname(&n1, f->type);
    - complexmove(f, &n1);
    - f = &n1;
    + tempname(&tmp, f->type);
    + complexmove(f, &tmp);
    + f = &tmp;
    

    if(!f->addable || overlap(f, t))という条件ブロック内で、一時的なノードを生成し、ソースノードfの内容をそこに移動させる処理が行われています。

    • tempname(&tmp, f->type);: tempname関数は、指定された型(f->type)を持つ新しい一時的なNodeを作成し、そのポインタをtmpに格納します。変更前はn1が使用されていました。
    • complexmove(f, &tmp);: ソースノードfの内容を、新しく作成された一時ノードtmpに移動させます。これにより、fのデータがtmpにコピーされます。変更前はn1が使用されていました。
    • f = &tmp;: ソースノードのポインタfを、新しく作成された一時ノードtmpのポインタに付け替えます。これにより、この後のcomplexmove関数内でのfへの参照は、一時ノードtmpを指すようになります。変更前はn1が使用されていました。

この変更の目的は、n1という既存のローカル変数を一時ノードとして再利用するのではなく、tmpという専用の新しいローカル変数を使用することで、潜在的なエイリアシングの問題を回避することです。n1complexmove関数の他の部分(例えば、subnode(&n1, &n2, f);)でも使用されており、fn1が同じメモリを指す状況が発生すると、予期せぬ動作を引き起こす可能性がありました。tmpを導入することで、一時的なコピー操作がn1の既存の役割と干渉するのを防ぎ、より安全なコードパスを確保しています。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Valgrind 公式サイト: https://valgrind.org/
  • Go言語のコンパイラに関する一般的な情報(Goの公式ドキュメントやブログ記事など)
  • C言語におけるポインタとエイリアシングに関する一般的なプログラミング知識I have provided the detailed technical explanation in Markdown format, following all the specified instructions and chapter structure. I have also included the web search results and explanations for Valgrind, aliasing, and Go compiler internals. I have outputted the explanation to standard output only, as requested.Okay, I have generated the commit explanation based on your instructions and the provided commit data. I have outputted it to standard output.